4 VS死の嵐
「私はあなたを手に入れる……どんな手段を使ってでも……」
細い指先が冥の首筋に食いこんでくる。
気道が詰まり、息が苦しい。
「コーデ……ごほっ……リア……ぐ、うぅっ……?」
こちらを見つめるコーデリアの瞳は焦点が定まっていなかった。
狂気じみたものさえ感じるその瞳に、冥は戦慄する。
「今日が期限なの……私、決めなくちゃ……冥くんをどうしたいのか……冥くんとどうなりたいのか……だから……」
「や、やめる、んだ……コーデ……が、あはぁ……ぁぁ……」
「冥くん……ずっと好きだったの……ずっと私だけのものに……渡したくない……誰にも……渡したくない渡したくない渡したくない……」
何かに憑りつかれたようなコーデリアには、冥の声も届いていないようだ。
彼女の両腕をなんとか引きはがそうとするが、細身の腕はビクともしない。
まるで万力のように冥の首を絞め続ける。
このままでは絞め殺される──。
恐怖で全身が粟立つ。
「コー……デ……」
もはや声すら出ない。
呼吸ができず、意識がすうっと薄れていく。
グゴォォォォォンッ!
そのとき、突然爆音が響いた。
「っ……!?」
コーデリアがびくっとしたように両手を離す。
「ごほっ、ごほっ……」
ようやく気道を確保し、冥は何度も咳きこんだ。
「──見て、冥くん」
彼女の言葉に、背後を振り返る。
イチゴチョコの森から火の手が上がっていた。
冥たちの龍王機を整備している場所だ。
「敵襲か──」
「戻りましょう」
告げたコーデリアは、すでにいつもの表情に戻っていた。
(さっきは、どうしてあんなことを……?)
冥の疑問から逃げるように、コーデリアは背を向けて駆けだした。
イチゴチョコの森の上空を、一機の龍王機が飛んでいた。
紫と黄色の二色に塗り分けられた装甲をまとった、細身の機体。
サーフボード状のホバーマシンに乗り、その推進力で空を飛んでいる。
まるで空を駆けるサーファーといった様相だ。
空中の龍王機が放つ銃撃で、可愛らしいイチゴチョコの木々が次々と吹き飛び、破壊される。
周囲に無数のチョコレートの欠片が舞い散り、甘い匂いを振りまいた。
「整備中の龍王機を狙ってくるなんて」
水着姿のユナやシエラたちが駆け寄ってくる。
「私のイカロスもシエラちゃんのサラマンドラも整備中。戦えるのは冥くんのエルシオンだけね」
と、コーデリア。
「行きましょう、冥。機体の場所までは、私が魔法で守りますから」
ユナが進み出た。
森の最深部に整備用のトレーラーが待機してあるのだ。
龍王機の爆撃をかいくぐるようにして、冥たちは駆けだした。
「むう、エルシオンを起動させマシたか」
龍王機『死の嵐』のコクピットで魔族マシウスがうなった。
シルクハットにカイゼル髭をたくわえた中年男だ。
身に着けているのは、タキシードの正装だった。
胸元の蝶ネクタイを片手でいじりながら、モニターに映るエルシオンを見据える。
彼はもともと北エリアを守る幹部魔族である。
勇者たちの機体が現在整備中だという報告を受け、持ち場を離れてここまで襲撃をかけたのだった。
「できれば乗り手がいないうちに三体とも破壊したかったのデスが──」
鼻の下にたっぷりと蓄えたカイゼル髭を指でくるくると弄びながら、笑う。
「まあいいデショ。いくら勇者の機体とはいえ、しょせんは旧型。このワタクシの敵ではありまセン」
とはいえ、相手を侮るつもりはなかった。
あくまでも冷静に、確実に。
勝つための一手を打つ──。
「まずはワタクシが勇者に確実に勝利するという論拠を打ち立てマショウか」
──龍王機の乗り手の能力は、大きく三つに分類される。
1.反射神経や動体視力といった身体能力。要するに直接的な操縦能力。
2.龍王機と同調するための魔力=イメージする力。これが高ければ高いほど、機体の能力が百パーセントに近づく。
3.相手の動きを予測するための分析能力や経験則。
この三点の総合が、すなわち乗り手の実力である。
ただし、単純な足し算で乗り手の能力を図ることはできない。
戦いには能力による相性というものが存在するからだ。
たとえば2や3が不得手でも1が秀でていれば、そのままゴリ押しして勝つパターンもあるだろう。
逆に1が不得手でも、2や3によって非力さを補うことだってあるだろう。
「ワタクシと人間の勇者を比べた場合、少なくとも1で劣ることはないデショウ。魔族と人間には絶対的な運動能力の差がありマスからね」
カイゼル髭を弄りながら、マシウス。
まれに魔族に匹敵するほどの超人的な運動能力を持つ者もいる。
だが、第一層における勇者がガンマンの魔族ドルトンと戦った記録を見る限り、彼の運動能力はごく平凡なものだと推測できた。
また、いかに勇者の魔力が高く、龍王機の性能を限りなく百パーセントに近い数値まで引き出せたとしても、しょせんは旧型だ。
大した性能にはなるまい。
「にもかかわらず、勇者は旧型の機体で魔族の最新鋭機をことごとく打ち倒してきマシた。つまり勇者が勝ち続けてきたのは、主に3に秀でているからだ、と考えられマス。ならば、こちらが取るべき戦法は一択──」
マシウスは愛機を一気に加速させた。
「1による力押しデス。エルシオンには飛行能力がありまセン。こうして空中にとどまり、相手の間合いに入らず、遠距離からなぶり殺す──これならワタクシの攻撃を予測できても、どうにもなりまセンよ」
マシウスはコクピットでほくそ笑んだ。
本来なら砲撃タイプであるバスターイカロス──勇者の仲間が乗る龍王機──が、迎撃してくるはずだが、情報通りまだ修理が終わっていないらしい。
勇者に、こちらの砲撃に対抗する手立てはない。
愛機に銃を構えさせる。
サーフボードを模したホバーマシンの前面からも機銃がせり出し、エルシオンに狙いを付けた。
「さあ、砕け散りなサイ! アナタの不敗伝説は、このワタクシが破ってみせマショウ!」
テンペストの全砲門がいっせいに火を噴く。
「……って、なぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
次の瞬間、マシウスは驚きの声を上げた。