1 VS鉄球使い
三日後──。
東エリアの紋章を奪い返した冥たちは、続いて西エリアを攻めた。
お菓子の国だった東エリアと違い、西エリアは小人の街だ。
身長三十センチほどしかない住人たちを見ていると、まるでガリバー旅行記の世界にでも迷いこんだようだった。
支配する魔族や兵も当然のように小人サイズ。
「き、巨人だー! 巨人がきたー!」
冥たちを見たとたん、魔族の兵たちは恐れおののいたものだ。
その怯えぶりに、まるで自分たちのほうが悪の侵略者になったような気分だった。
「に、逃げろーっ」
魔族兵たちはたちまち要塞から逃げ出した。
生身の勝負なら冥たちにかなうはずもない。
とはいえ、そのまま紋章を渡してくれるほど、魔族は甘くない。
「人間どもの襲撃だと!? 俺たちがちっちゃいからって馬鹿にするなよっ!」
エリアを支配する魔族リーバルトが、専用機『鉄球使い』ですぐさま迎撃してきたのだ。
搭乗者が小人サイズとはいえ、その乗機は通常の龍王機と変わらないサイズである。
全体的にずんぐりとした体型を覆うメタルブルーの装甲。
緑のバイザーが精悍な印象を与える。
両腕にはワイヤー付きの巨大な鉄球を装備していた。
「俺様が三人まとめて叩きつぶすっ」
声質や口調からして、リーバルトは冥と同年代の少年のようだった。
「三対一でも降参する気はないみたいだね」
冥はモニターに映る敵機を見据えた。
メタルボーラ―が右腕につながれた鉄球を頭上で振り回している。
「当たり前だ。純魔族の俺様が人間ごときに負けてたまるかっ」
「悪いけど、こっちも負けられない」
すべてのエリアを魔族の支配から解放する──。
そのためには、確実に勝てる戦法を選ぶ必要がある。
一対一の戦いにこだわってはいられない。
「シエラ、コーデリア。僕の合図に合わせて」
冥がすぐ後ろで構える二機に告げた瞬間──。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーぞ!」
遠心力による加速のついた鉄球が、冥たちに放たれる。
まさしく弾丸の勢いで飛んできたそれを、
「まかせてっ」
コーデリアのイカロスが砲を放ち、迎撃する。
無数の砲弾が巨大な鉄球を打ち砕いた。
「『魔弾の射手』に飛び道具は通用しない」
凛と言い放つコーデリア。
「──後ろ!」
直後、冥が叫んだ。
いつのまにか左腕の鉄球が空中で大きく弧を描き、向かっている。
先ほどの鉄球とわずかな時間差をつけて、死角をついた一撃だ。
「へっ、油断してんじゃねーよ!」
リーバルトが勝ち誇ったように叫ぶ。
鉄球は三体の背後に着弾すると、大爆発を起こした。
「そっちは爆弾入りだっ。まともに食らいやがったなっ」
地面にクレーターができるほどの、大爆発。
「ちっちゃいからって馬鹿に……えっ!?」
爆炎の向こうから三体の龍王機が現れた。
「ダメージを受けていない……だと……!?」
「悪いけど、読めてるよ。全部」
冥があらかじめ攻撃を予測して、二人に合図していたのだ。
そして爆発の前にその場を離れたため、三体ともほぼ無傷だった。
装甲が脆いエルシオンだけは、爆風で多少の傷を負ってしまったが──。
「終わりだねっ」
シエラのサラマンドラが突進した。
機体の各部から刃のように飛び出たエネルギーパックが、次々に弾け飛ぶ。
予備のエネルギーまですべて注ぎこんで一息にトップスピードまで駆け上がる、爆発的な加速。
「く、くそおっ」
メタルボーラ―が苦しまぎれに右腕の鉄球を繰り出した。
大気を砕きながら、猛スピードで鉄球が迫る。
サラマンドラはさらに加速して、それをかいくぐり、
「貫け──」
シエラが裂帛の気合とともに叫んだ。
必殺の槍撃──烈炎槍破が敵の龍王機を貫いた。
──こうして西エリアの戦いはあっけなく終わった。
「さすがに三対一だと楽だね」
冥がにっこり笑う。
苦戦続きだった第一層と違い、第二層の戦いはここまで順調だ。
「皆さんのおかげで、二つ目の紋章も無事に取り戻すことができました。冥、シエラ、コーデリア、ありがとう」
ユナが冥たち三人に礼を言う。
「でも、機体のダメージが思ったより大きいかも……」
シエラがサラマンドラを見上げる。
先ほど必殺の槍撃を使った反動は、思ったより大きかったらしい。
四肢の関節部からスパークが散っていた。
「第一層の最後の戦いで大きなダメージを受けて、それから応急修理だけでここまで来たから……」
「エルシオンも同じだ。けっこう負担がかかってる……」
冥が愛機を見つめた。
エルシオンの装甲は全身傷だらけだ。
毎回、性能差のある相手と戦っているため、駆動系もかなり悲鳴を上げている。
「私のイカロスもけっこうガタが来てるのよね」
と、コーデリア。
おそらく冥たちと合流するまでに、魔族と何度も死闘を繰り広げていたのだろう。
「一度、きちんと整備したほうがいいかもしれないね」
冥が提案した。
「ダメージを負ったままの機体で戦うのは危険だと思う。バラックさんなら二、三日で完全に整備できるだろうし」
「じゃあ、その間──慰労も兼ねて海に行きましょ♪」
ぴんと人差し指を立てて笑うコーデリア。
「海……?」
「そうですね。激戦の疲れを癒すためにも、いいかもしれません」
ユナがうなずいた。
戦うべきときは戦い、休息すべきときは休息する──。
彼女の方針は第一層のときから一貫しているようだ。
「海といえば水着! 水着といえば海! 冥くんを私の水着姿で蕩かせてあげる……うふふふ」
「コーデリア、なんか目が怖いよ……」
冥はジト目になってつぶやく。
──まあ、ここまでは苦戦らしい苦戦もしていないし、思いっきりリフレッシュするのもいいか。
冥は、そんな気楽な気持ちだった。
第一層が苦戦続きだった反動もあったのかもしれない。
あるいは油断していたのかもしれない。
その心の隙を突いて──。
暗雲が、迫っていた。