11 コーデリア、恋の結論
──半年前、新たな魔王がクレスティアに侵攻し、コーデリアは四英雄の一人としてかつての仲間たちとともに戦った。
だが、魔王軍と最新鋭の龍王機軍団の力は圧倒的だった。
十年の平和ですっかり弱体化した彼女たちは、なすすべもなく敗れ去った。
ここで死ぬか、魔王軍に下って服従するか。
二者択一を迫られた彼女は──魔王に従うことを選んだのだ。
(そうしなければ、私は殺されていた)
たとえ魔族の手下に堕ちようとも、生き延びたかった。
生きて、もう一度彼に会いたかった。
十年前にともに戦い、そして突然姿を消した彼に。
やがて、クレスティアに新たな勇者が現れた。
彼こそが十年前に先の魔王を倒した勇者だと聞かされたときには、歓喜の涙を流したものだ。
やっと、会える──と。
だが、魔王は告げたのだ。
無邪気な、楽しそうな、笑顔で。
『残念だね、コーデリア。彼はすでに他の女と心を通わせているんだよ』
焦がれ続けてきた思いは絶望に変わり、絶望は憎しみとなって燃え上がった。
(私はずっとあなたを想ってきたのに)
コーデリアが冥に抱くのは愛情と憎悪だ。
彼は、別の女を想っている。
私の手に入らないくらいなら、いっそ殺す──。
それがコーデリアの歪んだ、そして一途な愛情だった。
──だが、実際に本人を前にするとそんな憎しみすらも吹き飛んだ。
再会できたときには、想いが爆発し、気が付けば彼の唇を奪っていた。
生まれて初めての、甘美な口づけだった。
さっき、シエラの糾弾に冥が見せた顔──自分への信頼が揺らいだ顔を見て、コーデリアはショックを受けた。
まだ諦めきれないのだ。
もしかしたら、自分に振り向いてくれるかもしれない。
望みを捨てきれない。
自分は冥を殺したいのか。
恋を貫き、冥を振り向かせたいのか。
(私は、冥くんをどうしたいんだろう)
そして、どうなりたいのだろう──。
「逆らえば死──分かっているな」
アッシュヴァルトの言葉に、コーデリアは意識を現実に戻した。
「この私がクレスティアの果てまでも追いかけて、必ずお前を殺す。戦えば私に勝てないことは──お前自身が一番知っているはずだ」
「……忘れるわけがないでしょう」
コーデリアは苦い声でうめいた。
脳裏に、あのときの光景がよぎる。
炎の照り返しを受けてたずむ、黄金と漆黒の巨体。
六本の腕に握られた六種の武具。
嵐のような猛攻と、破壊された愛機。
新たな魔王が侵攻した際、コーデリアを打ち倒したのが、アッシュヴァルトの操る『煉獄阿修羅』だった。
その強さは圧倒的の一言に尽きた。
「ならば、ここで誓え。必ず勇者を殺す、と」
「私は──」
言葉が喉に貼りついたように、出てこない。
「私……は……」
「どうした、コーデリア? それとも、やはり魔王陛下に翻意ありということか?」
コーデリアは黙りこんだ。
アッシュヴァルトが剣をゆっくりと振りかぶる。
数十キロはあろうかという超重武器を、軽々と。
「……コーデリア?」
背後から声がしたのは、そのときだった。
驚いて振り返る。
そこに立っていたのは──。
「冥くん……!?」
「コーデリア、その人は誰……?」
怪訝そうにこちらを見つめる冥に、コーデリアはかすかに表情を歪めた。
頭の中がめまぐるしく回転する。
怪しまれてはならない。
自分が魔族の側についたのだと、知られてはならない。
「──逃げて、魔族よ!」
言うなり、コーデリアはアッシュヴァルトを突き飛ばした。
「……ふん」
アッシュヴァルトは小さく鼻を鳴らして後退する。
聡明なこの男のことだ。
彼女の意図を察してくれたのだろう。
「我が名はアッシュヴァルト」
剣を構え直した巨漢剣士が冥に向き直った。
「魔王軍四天王の筆頭にして魔王陛下より将軍の地位を授かった者である。勇者よ、貴様の命、貰い受ける!」
言うなり、突進するアッシュヴァルト。
「させないっ」
コーデリアは冥の傍まで後退すると、スカートの裾をからげた。
白く艶めかしい太ももが露わになる。
左右の太ももに巻かれているのは、ガンベルトだ。
抜き放った二丁の銃を、左右の腕を交差させるようにして構える。
放たれた銃撃に、アッシュヴァルトが仰け反った。
「……ちいっ」
舌打ち混じりに右肩を押さえて、うめく。
もっとも、実際には銃撃は当たっていない。
そう見せかけただけだ。
あくまでも、これは冥に疑われないための演技なのだから。
実際に殺し合いをするわけにはいかない。
「──貴様らの命、いずれ貰いに来るぞ」
アッシュヴァルトは忌々しげにつぶやき──もちろん、これも演技だが──大剣を背中の鞘にしまった。
アッシュヴァルトが逃げ去り、その場にはコーデリアと冥だけが残された。
「冥くん、どうしてここに……?」
「コーデリアの帰りが遅いから、探しに来たんだ。襲われていたみたいだけど──大丈夫だったの?」
「ええ、なんとか」
コーデリアは言葉少なく答えた。
ともあれ、これで『コーデリアが魔族に襲われていたところを、冥が通りがかった』というシチュエーションにできたはずだ。
人の好い冥が、それを疑うことはないだろう。
ましてコーデリアが魔族に通じているなど、想像もしていないはず。
「でもよかった、君が無事で」
冥がにっこり笑った。
きっと心配してくれていたのだろう。
そんな彼に隠れて、自分は魔族と密談をしていたのだと思うと、暗い気持ちになった。
(……いえ、私は彼を殺す。そう決めたんだから)
冥を殺して、永遠に自分だけのものにする。
それが彼女の恋心が出した結論のはず。
ユナにも、シエラにも、他の誰にも冥を奪わせない。
彼への想いを貫き、そして彼を殺した後に自分も死ぬ──。
そうすることでコーデリアの恋は、美しく完結するはずだ。
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