9 疑惑と勝利と
「コーデリア……!?」
砲をこちらに向けるイカロスを、冥は驚いて見つめる。
先ほど愛機の背中を襲った衝撃は、彼女が放った火線だ。
「ごめんなさい、狙いが逸れてしまって」
コーデリアが謝罪する。
「冥くん、とどめを」
考えてみれば、彼女が冥を撃つはずもない。
なのに、なぜだろう?
一瞬、すさまじい敵意のようなものを感じたのは──。
(って、何考えてるんだ、僕は)
冥は目の前の戦いに集中し直す。
「おほほほほ、同士討ちとは未熟ですねえ~」
ルークタイタンがここぞとばかりに砲撃を放った。
エルシオンは先ほどのダメージでまだ体勢が整っていない。
敵に止めをさすどころか、逆にこちらが致命傷を負いかねない。
「ちいっ……」
冥は舌打ち混じりにフットペダルを踏みこんだ。
背部の翼型バインダーを開き、スラスターを全開にして、最大推力で横に跳ぶ。
まさに間一髪──。
エルシオンが一秒前までいた地点にミサイル群が着弾し、地面にクレーターができるほどの爆発で吹き飛ばした。
さすがに火力はエルシオンの比ではない。
「逃がしませんよお~、おほほほほ」
バームトトの粘っこい笑い声とともに、追撃の銃弾が、榴弾が、砲弾が、ミサイルが、次々とエルシオンに向かってばらまかれる。
いくら冥が相手の攻撃の先を読んでも、しょせんエルシオンの機動性は敵機に比べて大きく劣る。
避け続けるには限界があった。
迫る弾群をあるいは避け、あるいは剣で弾き落とし──。
防ぎきれない一発が、その防御をかいくぐってエルシオンに直撃する。
──否。
その寸前に横合いからの砲撃が、弾群をあさっての方向へ弾き飛ばした。
「──コーデリア!」
「ごめんなさい。砲弾の再装填に時間がかかって」
と、コーデリア。
「敵の弾幕は私に任せて! 冥くんはまっすぐ突っこんで」
かつての大戦でともに戦った少女は、あのときの頼もしさそのままに告げた。
「今度は間違ってあなたを撃ったりしない……信じて」
コーデリアの、真摯な声。
もちろん、冥の彼女への信頼は揺らがない。
一発の誤射で揺らぐほど、ぬるい信頼ではない。
「信じてるよ。いつだって」
短く答えて、冥はふたたびフットペダルを踏みこんだ。
今度は逃げるためではなく、敵との距離を詰めるためだ。
「ちいっ」
バームトトがふたたび数百の砲弾による弾幕を張った。
「させないっ」
背後からイカロスが砲撃を放ち、ルークタイタンの砲弾を片っ端から撃ち落とした。
とはいえ、イカロスの砲は二つ、対するルークタイタンの砲門は数十。
射出弾数が違いすぎる以上、さすがの『魔弾の射手』もすべてを撃ち落とし続けることは不可能だ。
イカロスの迎撃をかいくぐった弾群が、エルシオンへと迫った。
「これだけ数が減れば──いける」
冥は龍心眼で弾丸の軌道を先読みし、雨あられと降り注ぐ弾を避けていく。
ふいに、機体がかしいだ。
「!?」
片翼が傷つき、姿勢制御が満足に取れないのだ。
「バランスが、崩れる……!」
冥はスラスターを吹かして、バランスを戻しながらうめいた。
頬をぬるい汗がつたう。
必死の操縦にもかかわらず、エルシオンの挙動が乱れていく。
足がよろめき、体がふらつき、
「くっ……!」
とうとう避けきれない一発が、右肩を直撃した。
装甲があっけなく砕け、内部フレームや回線がむき出しになる。
火花が散らしながら、右腕が力なく垂れ下がった。
「右腕が死んでも──」
エルシオンは左腕で予備の剣を抜く。
彼我の距離は、およそ二十メートル。
もう一息、弾幕をかいくぐれば届く──。
冥はふたたびエルシオンを突進させた。
「甘い! こちらのほうが早いですよおおおっ!」
雄たけびを上げるバームトト。
至近距離から、みたび砲弾が雨となって降り注ぐ。
その砲弾のすべてが、無数の花火のようにひとつ残らず爆裂し、炎の花を咲かせる。
「えっ……!?」
驚愕する魔族と、
「させない、って言ったでしょ」
得意げなコーデリアの声が同時に響く。
「ああ、信じてるよ──コーデリア」
彼女の腕を。
その射撃能力を。
だからこそ躊躇なく、愛機を突進させたのだ。
「終わりだ!」
刹那、駆け抜けたエルシオンの剣がルークタイタンの胴体部を貫いた。
「さっき……わざと狙ったように見えたけど」
戦いを終え、龍王機を降りた冥とコーデリアの元に、シエラが怒りの形相で駆け寄ってきた。
「わざと?」
ざあっ、と吹き抜けた風が、コーデリアの紫の髪とゴシックドレスの裾をはためかせる。
「おかしな言いがかりはやめてよ」
「あたし、見てたのよ。イカロスの照準は直前まで敵の砲弾に向いていた。それがいきなり向きを変えて、エルシオンの背中に──」
「私のミスよ。それは謝るけど──わざと冥くんを狙うわけないじゃない」
シエラの糾弾を、コーデリアは淡々とした態度で受け止める。
(わざと──狙った?)
冥はシエラの言葉を心の中で反すうする。
確かに、魔弾の射手と呼ばれるほどの精密射撃を誇る彼女にしては、珍しいといえるミスだった。
(だけど、いくらなんでも──わざと狙うなんて)
前の大戦でも、そして今も、変わらず仲間として戦う少女が、万が一にもそんなことをするはずがない。
胸の奥がやけにざわつき、止まらなかった。