7 新たな仲間
コーデリアを加えた冥たち一行は、魔族の要塞へと向かっていた。
冥、ユナ、シエラ、コーデリアの四人が先行して歩き、そのすぐ後ろにはエルシオンやサラマンドラを乗せた輸送トレーラーと連合の兵士や整備班が続く。
「どうしたの、シエラ? きょろきょろして」
「ねーねー、さっきから気になってたんだけど」
冥の問いに答えるシエラ。
「このお菓子って食べられるのかな?」
「確か、成分は本物のお菓子と同じだったはずだよ」
「へえ、食べられるんだ……じゅるる」
「シエラ、よだれよだれ」
「あはは、つい」
本当、子どもみたいな子だな、と冥はほっこりする。
実際には彼女のほうが年上なのだが。
「私はお菓子より冥くんを食べちゃいたいな」
コーデリアが冥の左腕にしがみついてきた。
黒いドレスの布地を通して、豊かで弾力のある胸が二の腕に押しつけられる。
「……さっきから冥にくっつきすぎではありませんか、コーデリア」
ユナが眉を寄せた。
「むー」
その横でシエラも同じく険しい表情だ。
先ほどまでの朗らかな表情は完全に消えていた。
「まったく……四英雄だか何だか知らないけど勇者さまにベタベタしすぎっ」
「あら、戦いは戦い、恋愛は恋愛でしょ」
ぷんぷんと怒るシエラに、コーデリアが悪戯っぽく笑って返す。
「大丈夫、戦いのときはちゃんと自分の役目を果たすから。私だって打倒魔王の思いは冥くんたちと同じよ」
言って、冥の腕にしがみつくコーデリア。
ゴシックドレスの布地越しに豊かで柔らかい胸の弾力が伝わり、ドキッとなった。
「あー、また押しつけてるっ」
「あら、悔しかったら、シエラちゃんもする?」
「うっ……」
「ふふふ、恋には消極的なタイプね」
コーデリアはさらに体を寄せてきた。
花のような香りが彼女の唇や首筋の辺りから漂ってくる。
頭の芯が痺れそうなほど香しい、乙女の香り。
「それに、私は十年ぶりに旧交を温めているだけよ」
コーデリアがユナとシエラに向かって微笑む。
「こうして旅の仲間になれたことだし、スキンシップじゃない♪」
旅の仲間──か。
冥は心の中で一人ごちる。
──四英雄の一人、コーデリア・エフィルは魔王討伐の旅に加わることになった。
話によれば、彼女は魔王軍の侵攻の際に立ち向かったものの、力及ばず敗れてしまったという。
この第二層に逃げ延び、愛機の『空王の翼』を大幅に改修した『天翔ける空神』を完成させて、反撃の機会をうかがっていたのだ。
そこへ冥たちが第一層の魔族たちを打ち倒し、人間の手に取り戻したという噂が入ってきた。
彼女はその仲間に加わろうと、この階層で待っていたということだった。
ちなみに、いきなり龍王機で襲いかかってきたのは、冥たちの実力を確かめるためだとか。
「スキンシップにしては少し過剰です」
ユナが眉を寄せた。
「シエラちゃんだけじゃなく、ユナ殿下もヤキモチ焼きなんですね」
コーデリアがくすりと笑った。
「昔から一途でしたものね。だけど私だって、この恋は譲りませんから」
「こちらの台詞です」
ユナはそう言うと、コーデリアとは反対側から冥の腕にしがみついた。
負けず劣らず弾力豊かな胸が、冥の右腕に押しつけられる。
「誰にも負けません」
「ふふ、シエラちゃんと違って、ユナ殿下は意外と情熱的ですね。そうでなくては面白くないです」
ばちばちっ、と美少女二人の間で視線の火花が散った。
「……二人ともすごいなぁ」
シエラがぽつりとつぶやく。
それからジト目で冥を見て、
「よかったね、勇者さま。モテモテで」
「……なんかシエラも怒ってない?」
「怒ってないっ」
ぷいっとそっぽを向いてしまうシエラ。
「いや、怒ってるでしょ。どう見ても……」
──やがて、ビスケットやチョコレート、生クリームなどで飾り付けられたいかにもメルヘンチックな城が見えてきた。
だが、可愛らしい外観にだまされてはいけない。
冥は気を引き締める。
あれは魔族の要塞なのだ。
「行くよ、シエラ、コーデリア。三人で総力戦だ」
「手はず通りにね、ユナ殿下、シエラちゃん」
コーデリアが意味ありげに笑う。
「私は冥くんとの最強ラブラブコンビで要塞を攻略してみせるから」
「ラ、ラブラブコンビですって!?」
「ラ、ラブラブコンビ!?」
ユナとシエラが異口同音に叫ぶ。
「……また火に油注いでる」
戦いの前の緊迫感よりも、修羅場じみた少女たちのぶつかりあいのほうが、よほど緊張してしまう。
冥はひそかにため息をついた。
※ ※ ※
向かってくる魔王軍の量産機『魔龍の牙』を相手に、シエラの気持ちは乱れていた。
「むー。どうして、あたしだけ除け者なのよ」
三機のファングが縦一列になって突進してくる。
「シエラ、これは作戦なのですから」
後方から攻撃魔法で援護するユナが言った。
「分かってるけど……」
唇を噛みしめる。
今回の作戦はシエラが陽動をかけて、量産機をおびき出し、その間に冥とコーデリアが手薄になった要塞を急襲するという手はずだ。
「ああ、もうっ」
苛立ちをぶつけるように、眼前に迫ったファングを槍で叩き斬った。
一機が火花を散らして倒れ、残りの二機が慌てたように後退する。
自分でもなぜこれほど苛立っているのか、分からない。
ただシエラが一人で戦い、冥がコーデリアと一緒に戦うという図式に、嫌な気持ちが込み上げてしまう。
作戦上、これが妥当なのだと頭では分かっていても、感情がどうしても乱れてしまう。
「シエラ!」
ユナの叫び声が聞こえ、反射的にサラマンドラを後退させた。
ファングたちの放った銃弾が、ビスケットの敷き詰められた大地をえぐる。
甘い匂いのする破片がまき散らされた。
(勇者さまはコーデリアのことをどう思ってるんだろう)
二人がキスをしている情景が目に浮かんだ。
胸の芯がチリチリと炙られるように痛む。
冥の唇が他の女と触れ合ったのだと思うと、どうしようもなく苦しく、切なくなる。
(あたしは、どうしてこんなに──)
そのとき操縦席を重々しい衝撃が揺るがした。
ファングの銃弾がサラマンドラの胸部を直撃したのだ。
「きゃぁっ……」
油断、だった。
体勢が崩れたサラマンドラに敵機が迫る。
(何やってるのよ、あたしは!)
不甲斐ない戦いぶりに腹が立つ。
シエラは自分を奮い立たせるように、操縦レバーを強く握り直した。