6 魔王城の策動
空を覆う一面の黒雲。
絶え間なく降り注ぐ無数の稲妻。
かつて壮麗な魔法王国として栄えた第八層は、今や決して太陽が顔を出すことのない暗黒の世界と化していた。
その中心部に、人の顔を模したようなデザインの巨大な城がそびえたつ。
魔王城。
文字通り、クレスティアを支配する魔王の居城であり、魔王軍の要となる要塞だ。
城の深奥にある謁見の間で、魔王は腹心の部下を迎えていた。
「魔王陛下、なぜあのような者を勇者のもとへ……?」
玉座に座る魔王の前で、巨漢の剣士が跪いている。
野生の獅子を思わせる獰猛で精悍な顔立ち。
重厚な鉄の鎧に覆われた鍛え上げられた体躯。
その背には、まるで鉄板のように幅広い刀身を備えた大剣を背負っていた。
「不満かい、アッシュヴァルト」
「僭越ながら、この私にお命じくだされば」
アッシュヴァルトと呼ばれた巨漢の剣士が顔を上げた。
「勇者の首級、必ずや陛下に捧げてみせましょう」
「そうだね、四天王筆頭の君と『煉獄阿修羅』なら──勇者も敵じゃないかもしれない」
「無論です」
アッシュヴァルトが傲然と胸を張って宣言する。
いかにも武人らしい剛直な顔には、揺るぎのない自信の表情が浮かんでいた。
だが、決して過信ではない。
魔族最強と称されるエルナ・シファーと唯一互角に戦えるこの男ならば。
そして、魔界にたった一機しかない最新最強の第八世代型龍王機『煉獄阿修羅』ならば。
さすがの冥も──歯が立たないかもしれない。
「でもね」
魔王は微笑む。
冥そっくりの顔で。
「でもね、僕はただ勇者を倒したいんじゃない。彼の力を引き出したうえで、それを完全に乗り越えたいのさ。君をいきなり送りこんだら、勇者が成長する間もなく倒しちゃうだろ。それじゃつまらない」
「乗り越える、ですか?」
「そのためには試練が必要だ」
黒いゴーグルに覆われた瞳がまっすぐに武人魔族を見据えた。
「試練……」
「彼がもっと強くなるための試練を」
故郷である星天世界に送り込んだ際の試練は無事にクリアしたが、果たして今度は乗り越えられるだろうか。
ゲームでも楽しむように、魔王は微笑む。
「もちろん、乗り越えられないようなら、それまでのこと。僕が倒すべき価値もない」
「では、彼女は捨て石に過ぎないと……?」
たずねるアッシュヴァルト。
「勇者の力をさらに磨くためだけに、あの女を向かわせたのですか?」
「いや、捨て石のつもりはないよ。彼女だって一流の乗り手だ。なにせ四英雄の一人だからね」
魔王の笑みがさらに濃くなった。
「かつての仲間と敵対したとき──それを容赦なく斬れるのか。それとも甘さをさらけ出すのか。見ものだね、竜ヶ崎冥」
※ ※ ※
冥は木陰でコーデリアと話していた。
「で、話って?」
「その……僕が先代勇者と同じ人間だってことは、今のところユナしか知らない。しばらくは他の誰にも言わないでほしいんだ」
「……そうね。先代勇者が今の魔王だって、ほとんどの人が信じてるものね」
コーデリアが軽くため息をついた。
「もちろん、それは分かってる。私は、冥くんの不利になるようなことは絶対にしない」
艶然とした微笑みを消し、真顔になるコーデリア。
言いながら、たおやかな手が冥の胸元を這い回る。
妖しい手つきに思わず背筋がぞくりとなった。
「ふふ、話が終わったんなら、次は淫らなことをしましょうか?」
「しないってば!」
「照れなくてもいいのよ。冥くんも最初からそのつもりだったんでしょう?」
「ち、違うから」
「初めてだから、優しくしてね?」
ささやきながら、いきなりコーデリアが冥に抱きついてきた。
「う、うわっ……」
不安定な体勢で受け止めた冥はバランスを崩し、そのまま彼女に押し倒される。
「コーデリア……」
柔らかくて女の子らしい体の感触が、全身に押しつけられていた。
どくん、どくん、と心臓の音が聞こえそうだ。
柔らかな胸は肉感にあふれている。
初心な冥にはあまりにも刺激的だった。
「触ってもいいのよ、冥くんなら」
コーデリアがわずかに上体を起こして、妖しくささやいた。
下着に覆われた胸が、ぷるん、と揺れる。
ほとんど反射的に指先がコーデリアの胸元に伸びた。
(……って、駄目だ駄目だ。何考えてるんだ、僕っ)
すんでのところで指先を引っこめる冥。
「いつまでも帰ってこないと思ったら──」
怒気を含んだ声が背後から聞こえた。
「何をやっているのですか、あなたたちは」
「勇者さまって、けっこうエッチだよね……」
慌てて振り返ると、そこにはユナとシエラの姿。
二人とも怒ったように口を尖らせていた。
「ち、違うんだ、これは──」
「何が違うのですか」
「勇者さま、デレデレじゃない」
ますます怒りの表情を見せるユナとシエラ。
「あらあら、修羅場の予感ってやつね」
なぜかコーデリアは嬉しそうだった。
「冥くんは誰にも渡さないから」
「コーデリアも火に油を注がないで!?」
冥の声はほとんど悲鳴だった。