4 黒衣の英雄乙女
「そんな……!」
シエラは呆然とモニターを見つめていた。
鳥型の敵機が、エルシオンを捕まえたまま飛び去っていく。
サラマンドラに飛行機能はない。
追いかけたくても、追いかけることができない。
「私は冥を追います!」
ユナが風の魔法を利用した高速移動で上空へ飛び上がった。
グングン遠ざかる敵機を見据えている。
険しい表情には、冥を案じる気持ちがにじんでいた。
第一層での最終戦以来、明らかにユナの冥に対する態度は変わった。
今まではどこか一線を引いているような態度だった。
それはきっと、勇者という存在に対する不信感がそうさせていたのだろう。
だが、今は違う。
冥に心を許し、強固な信頼を築き始めているように思う。
いや、あるいはそれは信頼を超えた恋心や愛情のような──。
胸の芯がチクリと痛んだ。
親友と呼べる少女が、勇者に対して想いを抱いているかもしれない。
そう考えると、焦りとも不安ともつかない不思議な感情が湧きあがる。
(──って、そんなこと考えてる場合じゃない。今は、勇者さまを追いかけることを考えなきゃ)
シエラはふうっと息を吐き出し、乱れそうになる気持ちを引き締めた。
「逃がしませんからっ……!」
風をまとったユナが、弾丸のような勢いで飛んでいく。
「待って、姫さま。あたしも──」
シエラは慌ててサラマンドラを走らせた。
捕獲されたエルシオンを、ユナとシエラが追っていく──。
※ ※ ※
「くっ、動けないっ」
冥は操縦席に座ったまま、なすすべがなかった。
鳥型の龍王機がエルシオンを捕まえたまま飛んでいく。
鉤爪にがっちりと両肩をつかまれ、身動きが取れない。
空を飛べないエルシオンにはどうしようもない状況だった。
まさしく、まな板の上の鯉だ。
ただ、敵が攻撃してくる気配はない。
振り落とす気配もない。
もしもこの高さから落とされれば、機体は無事でも乗っている冥はひとたまりもなく衝撃で死ぬだろう。
いわば、相手の勝利が確定したような状況だ。
だが、敵機はそれをしない。
(何が目的なんだ……?)
敵の狙いが読めず、冥は戸惑うばかりだった。
やがて十数分ほど飛行したところで、鳥型はゆっくりと降下した。
チョコスティックが針葉樹林のようになったお菓子の森に着陸する。
敵機が鉤爪を離し、エルシオンは拘束から解かれた。
数メートルの距離で対峙する二体の龍王機。
「一対一で戦おう、っていうこと……?」
冥は油断なく敵の動きを注視する。
「いいえ、戦うつもりはないわ」
ふいに、敵機から声が聞こえた。
「あなたと二人っきりで、ゆっくり話がしたかったから。邪魔者がいない場所まで連れてきただけ」
鳥型の龍王機のハッチが開く。
現れたのは黒いゴシックドレスを着た少女だ。
神秘的な紫のロングヘアは、前髪をまっすぐに切りそろえたいわゆる姫カットだ。
紅の瞳はどこまでも深い色をたたえ、こちらを見つめている。
「顔を見せてくれる? 勇者さま」
冥もハッチを開き、顔を出した。
「やっぱり……」
とたんに少女の顔が嬉しそうにほころぶ。
瞳と同じ紅の唇が笑みを形作った。
「君は……?」
どうも様子がおかしい。
見たところ、魔族ではなさそうだ。
魔族に特有の闇の気配がない。
「人間──?」
少女は答えず、開いたハッチから外に出た。
釣られるように、冥も外に出る。
「冥っ!」
と、そのとき風をまとったユナが飛んできた。
冥の傍に着地する。
「無事でしたか?」
「うん、連れてこられただけだから──」
「あら、ユナ殿下」
黒衣の少女がにっこりと会釈をする。
(ユナのことも知ってる? 誰なんだ、この子……?)
「お久しぶりですね。だけど、まずは勇者さまに再会の挨拶を──」
少女は冥のもとまで歩み寄った。
「ずっと探してたのよ。十年間」
ざあっ……っと風が彼女の長い髪をなびかせる。
「えっ……?」
「あなたが消えてから、ずっと」
切なげなため息混じりに告げると、彼女は冥に顔を寄せてきた。
妖しく艶めいた美貌が近づいてくる。
優しい吐息が冥の顔をくすぐった。
甘い香りが漂ってきて、頭がくらくらとする。
そして次の瞬間、
「んっ……」
唇にふわりと柔らかな感触が訪れた。
(えっ……!?)
一瞬、何をされたのか分からなかった。
それほど唐突で、突然の出来事だった。
甘く蕩けるような何かを口に含んでいるような、心地よい愉悦。
すぐ目の前には、うっとりと上気した少女の顔があった。
(キ、キスされてる……!?)
黒衣の少女と人生二度目のキスを交わしながら、冥は目を白黒とさせる。
これが──かつての大戦でともに戦った四英雄の少女、コーデリア・エフィルとの再会だった。