3 襲来の翼
轟音とともに、ビスケットが敷き詰められた街道が吹き飛ぶ。
「なんだ!?」
爆撃は上空からだ。
見上げれば、空に浮かぶ一体の龍王機の姿。
赤いブレードアンテナを備えた、鳥を模した頭部。
先端に刃がついた長大な翼。
細い脚には巨大な三本の鉤爪。
鳥型の龍王機は、上空で円を描くようにして旋回していた。
「飛行タイプの敵機……!?」
鳥型のクチバシが開いた。
口中に小さな砲が見える。
「くっ」
エルシオンとサラマンドラは同時に跳びさがった。
ほぼ同時に、砲撃が地面をえぐる。
爆風によろめくエルシオンとサラマンドラ。
「これじゃ一方的に狙撃されるだけだ……」
冥が歯噛みした。
エルシオンに飛行能力はない。
背の翼は滑空用のバインダーと四刀流モードのための隠し腕を兼ねているが、空を飛翔できるような機能は備えていなかった。
そして、飛行できないのはサラマンドラも同じ。
冥たちに上空の敵を攻撃する手段はないのだ。
と──。
上空を旋回していた鳥型の龍王機が、突然頭を下に向けると急降下してきた。
爆撃から体当たりに切り替えたのか。
こちらの攻撃が届く距離まで降りてくれれば、反撃のチャンスはある。
「迎え撃つよ、シエラ」
冥が声をかけると、サラマンドラは槍を構え直した。
考えてみれば、彼女と連携して戦うのは初めてだ。
「僕は右、シエラは左から──一瞬だけ、ずらせる?」
「任せて」
最小限の短い言葉で、意志を交わす。
シエラは一流の乗り手だ。
今の台詞だけで意図は伝わったはず。
鳥型が衝撃波をまき散らしながら、さらに加速する。
まさしく機体を一本の矢と化して。
「狙いは──僕か」
エルシオンが剣を構えた。
音速に匹敵するスピードで迫る敵機に、反射神経で対応することは困難だ。
だが、冥には敵が攻撃する方向も、挙動も、見えていた。
未来予知に等しい予測能力『龍心眼』によって。
(右に、少しだけずらす──)
操縦桿を握り、エルシオンの動きを微調整する。
直後、急降下してきた鳥型のクチバシが迫った。
「く……ううっ」
すさまじい衝撃を剣でいなすエルシオン。
正面からぶつかれば、加速のついた敵機の攻撃に吹き飛ばされるだけだ。
だから、ほんの少しだけ衝突の角度をずらし、攻撃のパワーを受け流す。
「重いっ……!」
それでも、しょせんエルシオンは旧型。
性能差によるパワーの違いは埋めようがない。
エルシオンの両腕がきしみ、剣を弾き飛ばされた。
「今だ、シエラ!」
だけど、それで十分だった。
最初から冥の役目は敵機の動きを止めること。
一瞬だけ止めることができれば、あとは頼もしい相棒の少女騎士が仕留めてくれる。
「まかせてっ」
シエラが叫びながら、赤い愛機を突進させた。
打ち合わせ通り、エルシオンと敵機が激突するタイミングと一瞬だけずらした動きだしで──。
得意の加速力を活かして、敵機に肉薄する。
「もらったっ」
突き出した槍が、鳥の形をした敵機の頭部を狙った。
風を切り、大気との摩擦で赤熱化した穂先がまっすぐに突き出される。
急降下中の敵機に回避する余裕はないはずだった。
「──えっ!?」
驚きの声を上げるシエラ。
敵機の翼の付け根から何かが飛び出した。
収納されていたキャノン砲だ。
砲は付け根のところで回転できる仕組みらしく、そのまま九十度横を向く。
サラマンドラの方向に──。
「しまっ……」
ごうんっ!
放たれた火線がサラマンドラを直撃した。
その反動を利用し、敵機はふたたび舞い上がり、槍を避ける。
攻撃が、そのまま防御につながっている──戦い慣れた動きだった。
「こいつ──」
冥は険しい表情で、ふたたび上空を旋回している敵機を見上げた。
上空から地上のエルシオンを正確にとらえる体当たり。
サラマンドラの動きにとっさに対応する反応と機転。
そのいずれもが手練の操縦技術を感じさせた。
今のやり取りだけではっきりと分かる。
強敵、だ。
「また来るよ、勇者さまっ」
シエラが叫ぶ。
ふたたび急降下してくる鳥型の龍王機。
「シエラ、もう一回同じパターンで対応するよ。やれる?」
「まかせてっ」
一瞬で打ち合わせを終えると、冥はエルシオンに剣を拾わせた。
その両腕から火花が散っている。
先ほどの攻撃でダメージが残っているようだ。
(次は、受け切れるか)
レバーを握る手にじわりと汗がにじむ。
大気を切り裂き、迫る鳥型を見据えた。
とにかく相手のスピードは速い。
攻撃の軌道をわずかに読み違えたり、あるいは読み遅れれば、直撃は避けられない。
そして、もしも直撃を受ければ、装甲の貧弱なエルシオンには致命傷だ。
だから──確実に防御し、サラマンドラが攻撃するための隙を作る。
(──来るっ)
刹那、鳥型がふたたびクチバシを叩きつけてきた。
龍心眼で先読みした通りの角度で。速度で。
エルシオンが剣を振り上げ、それを迎え撃つ。
黄金の剣と黄金のクチバシがぶつかりあい、スパークが散った。
衝撃で弾かれ、距離を取る両者。
そのとき、敵機の胴体部にあるハッチが突然開いた。
「えっ……!?」
冥の動きが止まった。
戦いの最中に操縦席のハッチを開けるなど自殺行為だ。
剥き出しになった操縦席に一人の少女の姿があった。
風になびく紫の髪。
凛々しい美貌。
(この子は……!?)
どこか──見覚えのある姿。
胸の奥に、懐かしさが込み上げる。
(誰だ……?)
記憶を探ろうとしたそのとき、敵機が反転してエルシオンに両足を叩きつけた。
「ぐっ……」
鉤爪でエルシオンの両肩をつかむと急上昇する。
パワーでは相手が上だ。
おまけに空では自由に身動きが取れない。
鳥型に捕獲されたまま、エルシオンは上空へ連れ去られていった。