2 第二層、旅のはじまり
──時間は、少しさかのぼる。
「うわー、お菓子の国だ~」
はしゃぐシエラを冥は微笑ましい気持ちで見ていた。
第一層の外苑から亜空間通路である『レムリアの道』を通り、冥たちは第二層へやって来た。
冥にとっても先の大戦以来、久しぶりに足を踏み入れる場所だ。
「懐かしいな……」
ビスケットが敷き詰められた街道。
両サイドにはチョコレートでできた木々。
遠くにはキャラメル製の尖塔が見える。
まさしく、メルヘンの世界を体現したような場所だ。
──クレスティアの各階層は、そこに住む人々の『心』による干渉を受けている。
住民たちのイメージは各階層に存在する四つの紋章によって収束し、魔法効果となってそのエリアに影響を及ぼす。
第一層の東西南北エリアがそれぞれ極端な気候になっていたように。
この第二層ではメルヘンの世界が広がっている──。
「この道の先に、東エリアを支配する魔族の拠点があるはずです」
と、ユナ。
指差した先には、先ほどのキャラメル製の尖塔が見えた。
「基本的に第一層とやることは同じ。東西南北の各エリアを守る魔族から紋章を奪い返し、四つそろえて第二層の住民に『善の心』を取り戻します」
「まあ、勇者さまとあたしが魔族なんてバッタバッタ倒すから大丈夫だよ~」
シエラが明るく笑った。
第一層での激闘で傷ついたエルシオンとサラマンドラの修理はすでに終わっている。
戦う準備は万全だ。
「だよね、勇者さま」
万全な、はずだ。
だが──気になることが一つある。
第一層の最後の戦いを経て、ずっと胸の奥に引っかかっていることが。
「……勇者さま?」
「あ、ごめん。ちょっと考えごとを」
「疲れているのですか、冥? 今日は早めに休息しましょうか?」
ユナがそばに寄って、心配そうにたずねる。
桃色の髪からふわりと清潔感のある匂いが漂った。
「ありがとう、大丈夫だよ」
ドキッとしながら、冥はにっこりうなずいた。
「無理はしないでくださいね……私に、それを言う資格はないかもしれませんが」
「ユナ、僕は別に……」
「もー、そうやって暗くなるのは禁止!」
シエラがユナを背後から抱きしめた。
「最近の姫さま、ときどき暗くなるよねー。元気出しなよ」
「……そう、ですね」
うなずくユナの顔はやはり暗い。
冥を魔王だと糾弾し、魔法で殺そうとしたことを、今も気に病んでいるのだろう。
もっとも、その事実を知っているのは彼だけだ。
「ユナ」
冥はあらためて彼女に微笑む。
「本当に大丈夫だから。気にかけてくれて、ありがとう」
ひび割れた関係は、また一歩ずつ埋めていくしかない。
「……こちらこそ。気遣ってもらって、ありがとう」
ユナはようやく微笑んでくれた。
「シエラも、ごめんなさい。変なことを口走ってしまって」
「やっぱり姫さまは笑ってるほうがいいね。人間、元気が一番。元気があれば、なんでもできる~」
天真爛漫なシエラを見ていると、本当に元気が湧いてくるようだ。
「そうだ、シエラ」
先ほど考えていたことを、冥は口にした。
「僕と模擬戦、やってくれないかな?」
「ふう」
エルシオンの操縦席で冥はため息をついた。
「一休みしよっか、勇者さま」
前面モニターに映るサラマンドラからシエラの声がした。
模擬戦を始めてから、すでに三十分以上が経過しただろうか。
「……いや、もう一回だけ」
「あまり根を詰めるのはよくないよ」
心配そうなシエラ。
「今のままじゃ駄目なんだ」
冥は首を振った。
「あのエルナ・シファーに勝つためには」
第一層の最後のエリアで出会った、金髪の少女と金色の龍王機のことを思い出す。
エルシオンがボロボロだったとはいえ、冥は反応すらできなかった。
気を抜いていたわけではない。
敵機のわずかな挙動や気配を察知し、油断なく先読みをしていた。
どう動くか。
どう攻撃してくるか。
だがそれでも──反応すらできなかった。
龍心眼が通用しない相手に出会ったのは、初めてだった。
メリーベルのスピードが『反応を超えた速さ』ならエルナのそれは『反応そのものができない速さ』だった。
たとえ冥が覇王の領域と龍心眼を併用しても、対応できるかどうか。
(しかも、僕は覇王の領域を使いこなせるわけじゃない)
メリーベルとの戦いで彼が覇王の領域に入ったのは、半ば偶然だ。
自分の意志で、自由自在にあの領域へ入れるわけではない。
「もっと……強くならなきゃ」
「だからって、無理はよくないってば。エルシオンの機体もそろそろ限界近いでしょ」
シエラの冷静な指摘に、冥はハッとなった。
グォォォ……ン、と愛機から聞こえる駆動音も、心なしか弱々しい。
「……そうだね」
ため息をつく。
「そういうこと」
「ごめん、シエラ」
模擬戦に付き合ってくれた少女に謝り、それからエルシオンのコンソールをそっと撫でる。
「エルシオンも、無理させてごめん。ちょっと焦ってたみたいだ」
グォォン、とまた駆動音が鳴った。
まるで主に対して『気遣い無用』と答えるように。
「また、そのうち模擬戦に付き合ってくれるかな?」
「あたしでよければ。それに、あたしもいい練習になるしね」
シエラが笑う。
「もっと強くならなきゃ……あたしも。次は負けないように」
強い決意をにじませた声。
メリーベルに敗れたことを思い出しているのだろうか。
「うん、一緒に強くなろう。魔王軍に、勝つために──」
突然の爆撃が二機を襲ったのは、そのときだった。