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1 再会は甘いキスとともに

 ユナ・プリムロードは勇者に恋をしていた。


 先代魔王ヴァルザーガとの戦いで、初めて出会ったときから。


 十年間、ずっと。

 ヴァルザーガを倒した後、突然いなくなってしまった後も──ずっと。


 だが、その想いは踏みにじられることになる。

 恋焦がれてきた勇者は、新たな魔王となって降臨したのだ。


 ──私は、勇者を許さない。


 絶望が彼女の心を凍りつかせた。

 氷のように冷徹に、魔王を討つためだけに戦うことを決意した。


 魔王軍と戦うために新たな勇者を召還しても、その気持ちは変わらなかった。

 ユナにとって勇者とは打ち砕かれた恋心を思い起こさせる、忌わしい存在となり下がったのだ。


 だが、新たな勇者である冥と出会い、彼女の心は少しずつ雪解けていった。

 性能の劣る旧型で、この世界を守るために懸命に闘う姿に、胸を打たれた。


 凍てついた心は、冥によって溶け始めた。


 だが──それもわずかの間だけだった。


 ユナはふたたび踏みにじられることになる。

 冥こそが、先代の勇者であり、新たな魔王だったのだ。

 絶望に打ちひしがれながら、ユナは冥を討った。


 しかし、それは結局のところ誤解だった。


 冥は、やはり十年前に彼女が恋い焦がれた少年そのままだった。

 ひたむきで、純粋で、懸命で。


 なのにユナは誤解から彼を殺そうとした。


 消えた絶望の代わりに、彼女の胸には罪悪感が残された。


 ──こんな私が彼を好きでいていいのだろうか?

 ──こんな私に彼が振り向いてくれることはあるのだろうか?


 狂おしいほどの胸の痛みと、葛藤。


 それでもユナは、自分の気持ちを抑えることができなかった。

 半ば衝動的に、半ば気持ちのままに、生まれて初めてのキスを冥に捧げた。


 そのときのことを思い出すだけで、胸が甘く蕩ける。

 嬉しくて、切なくて、胸がいっぱいになる。


 なのに──。

 それなのに、なぜ。


「な、な、な、なんという破廉恥なっ!」


 ユナは眼前の光景に、怒りの声を上げる。


 恋しい少年の唇に、自分以外の女の唇が重なっている──。


        ※ ※ ※


(えっ? えっ? ど、どうして……!?)


 突然の出来事に頭の中が真っ白だった。


 冥の唇に甘く蕩けるような唇が重なっている。

 呆然と目の前の少女を見つめた。


 うっとりと上気した顔で冥にキスをしている少女を──。


 わけが分からなかった。

 この黒衣の少女は冥に出会うなり、いきなり唇を奪ってきたのだ。


 冥にとって人生二度目のキスだった。


 長い──だが、実際には十秒にも満たない時間、唇を合わせ、それから彼女はゆっくりと顔を離した。


「やっと──会えた」


 嬉しそうに微笑む。


 腰の辺りまで伸びた紫の髪が風になびいた。

 美しい真紅の瞳が、冥をまっすぐに見つめている。


 おそらく彼より二つほど年上だろう。

 年齢以上に大人びた、やけに艶めいた笑顔。


 単なる美しさだけではない、内側から漂う色っぽさにドキッとなってしまう。


「な、な、な、なんという破廉恥なっ!」


 怒りの声を上げたのはユナだった。


「冥に……いきなり、く、く、口づけをっ……」


「十年ぶりね、勇者さま」


 黒衣の少女はユナを無視して、冥に微笑みかける。


「えっ……?」


 この世界の時間軸での十年前といえば、冥が先代勇者として召喚されたときのことだ。


「私のこと……もう忘れちゃったの?」


 少女が悲しげな顔をした。


「私は忘れたことないよ。一度も。あのときはずっと仮面をしていたけど、素顔になっても私には分かる」


 その瞳からすうっと光が消える。


「勇者さまは私だけのもの。だから、私だけを見てくれるよね……?」


「君は──」


『勇者さま、私だけを見て……』


 先の大戦で聞いたセリフが脳裏に響く。


「コーデリア……?」


「もう。思い出すのが遅いよ」


 眉間をわずかに寄せるコーデリア。


「……ごめん。ちょっと雰囲気変わったね」


 あのときのコーデリアは八歳だった。

 白いドレスを好んで着る、いかにも深窓の令嬢といった趣きの少女だった。


 それが今は──あのときとは対照的に黒衣をまとった艶やかな十八歳の美少女へと成長している。


「ふふ、勇者さまはあまり変わらないね」


 流し目混じりに微笑むコーデリア。

 一つ一つの仕草がやけに艶っぽい。

 十八歳どころか、まるで一回りくらい年上の成熟した色香すら感じさせる。


「あなた、冥が先代の勇者と同じ人物だと知っているのですか……?」


 ユナが驚いたようにたずねた。


「もちろんですよ、ユナ殿下。恋する相手の姿を見間違うはずないでしょう」


 コーデリアが微笑む。


 先の大戦で、冥は勇者の装束としてゴーグル状の仮面を常に着けていた。

 だからコーデリアは彼の素顔を知らないはずだ。


「仮面があったって……私はあなたの素顔をずっと想像していた。大戦が終わったら、顔を見せてもらおうって、ずっと思ってた。なのに突然いなくなって──」


「……ごめん」


「でも、こうしてまた会えたから。嬉しい」


 コーデリアが冥に抱きつく。


「うわわっ」


「そういえば、ユナ殿下は勇者さまを名前で呼んでるのね? 私もそうしようかな」


 ぎゅうっと柔らかな体を押しつけながら、コーデリアが笑う。


「冥……っていうのね? じゃあ、これからは冥くんって呼ぶね」



「な、なんなのですか、あなたは。会って早々……」


「その様子だと、ユナ殿下も彼のことを──でも、負けませんよ、私。恋に関しては妥協しませんから」


 ユナをまっすぐに見据えるコーデリア。


 前の大戦のときの彼女は、芯は強いがおとなしい性格だった。

 それが今は、これほど積極的に変わるとは──。

 十年の月日を感じてしまう。


「勇者さま、大丈夫っ」


 地響きとともに、サラマンドラがやって来た。

 ハッチが開き、シエラが冥たちの前に降り立つ。


「あれ? この人は?」


 きょとんとした顔で冥、ユナ、コーデリアの順に見つめるシエラ。


「敵……じゃないみたいだね」


「彼女の名前はコーデリア・エフィル」


 ユナがコーデリアをにらみながら、言った。


「かつての大戦で勇者とともに戦った──四英雄の一人です」

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そのとき、クロムの中で『闇』が目覚める。それは絶望の中で手にした無敵のスキルだった。
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   ※   ※   ※

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