11 旅立ち ~第一層編エピローグ~
天空から無数の光が雨となって降り注いだ。
大いなる紋章による浄化の光だ。
黒い鎧をまとった魔界の兵士たちは、その光に包まれ──。
「あ、あれ……?」
「俺、今まで何を……?」
「ど、どうなってるんだ、これ……?」
元の、善良な人間の姿へと戻っていく。
森林地帯の西エリアも。
砂漠地帯の南エリアも。
氷雪地帯の北エリアも。
海洋地帯の東エリアも。
第一層に住まう人々は魔王の侵略により魔族へと堕とされ、今また元の人間の姿と心を取り戻した。
魔族から人間に戻ることができた人々の歓喜の声は、大きなうねりとなって第一層全土へ広がっていく──。
※ ※ ※
「ふうっ」
ユナが大きく息を吐き出す。
「大丈夫、ユナ?」
ふらついた体を、冥が横から支えた。
「さすがに第一層全体に紋章の力を行き渡らせるのは、疲れました」
心なしか、青ざめた顔だ。
かなりの魔力を消耗したのだろう。
「魔族に変えられた人たちは、これで元に戻るのかな……」
「手ごたえはありました。だから、きっと」
ユナが微笑む。
ふいに、声が聞こえた。
笑い声のような。
うなり声のような。
泣き声のような。
それらが混じり合った──これらは歓喜の声だ。
「……上手くいったみたいだね」
「やっと一歩前進です」
冥の言葉にユナがにっこりとうなずいた。
それから冥の胸に顔を埋めて、ギュッと抱きつく。
「ユナ……?」
「あのときみたいですね」
思い出したように笑うユナ。
「十年前、先代の魔王ヴァルザーガと対峙したときも……こうして冥にしがみついていました。魔王が怖くて、恐ろしくて、でもこうしていると安心できました」
「エルシオンの操縦席に一緒に乗って戦ったよね」
冥がにっこりとうなずく。
あのときは彼の半分ほどの背丈しかなかった幼女が、今は胸に顔を埋めるくらいの身長にまで成長していた。
「私、あのときからずっと勇者さまを待っていました。再会できたら絶対に花嫁にしてもらうんだ、って」
ユナが顔を上げてこちらを見上げていた。
潤んだ瞳がまっすぐに冥を見つめている。
熱っぽい吐息は、背筋がぞくりとするほど甘い。
「よかった……あなたが、魔王でなくて。十年間ずっと恋していた人と、またこうして旅ができるなんて──」
震える桜色の唇はかすかに濡れて、やけに色っぽい。
「ユナ──」
吸い寄せられるように、冥とユナは唇を触れあわせた。
頭上には紋章の光がきらめき、二人を祝福するように照らしている。
冥たちは第一層の辺縁にいた。
眼前には巨大な大陸が浮いている。
この第一層の上層に位置する第二層。
全部で八つあるクレスティアの階層大陸の一つ。
そう、冥たちはまだ八つの層の内の最下層を取り戻したに過ぎないのだ。
(あと七つ──必ず魔王の手から世界を取り戻す)
冥は決意を新たにする。
背後から大歓声が上がった。
大勢の民衆が見送りに来ている。
紋章の力によって、魔族から人間に戻った人たちだ。
──今日は出立の日だった。
第一層を魔王軍の支配から解放した冥たちは、いよいよ次の第二層へと向かう。
「準備はいいですか、冥」
ユナが歩み寄った。
その頬が、少し赤い。
昨日のキスを思い出し、冥も頬を熱くした。
生まれて初めて触れた女の子の唇は、蕩けるように甘く、脳髄が痺れるようだった。
今もその鮮烈な感触は唇に残っていた。
「……いつでも」
照れくささを押し殺し、冥はうなずいた。
はにかんだ顔でユナがうなずく。
「では、『レムリアの道』を作動させます」
手にした杖を振ると、大地からまっすぐに虹色にきらめく光の柱が伸びていく。
レムリアの道。
階層の間をつなぐ亜空間通路──魔力によって作動する軌道エレベーターだ。
「第二層までは一刻ほどで到着するはずです。さあ、参りましょう」
ユナが促す。
「ねーねー、勇者さま。あたしにも操縦のテクニックとか教えてよ。第二層に着くまで暇だと思うし」
と、シエラが駆け寄ってきた。
連合の貴重な戦力である彼女も、もちろん第二層に同行する。
他にもルイーズたち精鋭兵士が。
バラックを始めとする整備班が。
そして、もちろん──。
「また頼むよ、エルシオン」
背後にたたずむ巨大な白騎士を見上げる。
「メリーベルとの戦いもすごかったよね。あたし、ますます憧れちゃう♪」
シエラが嬉しそうに冥の腕にしがみついてくる。
「わわっ」
豊かな胸が二の腕に押しつけられ、極上の弾力が伝わってきた。
「……何をデレデレしているのですか」
不機嫌そうなユナの声。
「あれ、姫さま、ひょっとしてヤキモチ?」
「っ……! 私は、別に……」
たじろいだユナは、顔を真っ赤にしながら、
「い、いけませんか? ヤキモチを焼いては」
シエラとは反対側から冥の腕にしがみついた。
「あ、やっと素直になったんだ?」
悪戯っぽく笑いながら、シエラもなぜか顔を赤くした。
「……でも、あたしだって負けないからね」
ますます冥に胸を押しつける。
「ふ、二人とも、胸、当たってるからっ……」
両サイドから柔らかな感触を押し当てられて、冥は嬉しいやらドギマギするやら。
新たな戦いが始まるとは思えない、緊張感のなさだった。
だけど、そんな平和なひとときがずっと続いてほしいと思うから。
冥は、その日が来るまで戦い続ける。
「行こう、次は第二層だ」
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