10 ふたたびの笑顔
おおおおおおおおおおおっ!
兵士たちの鬨の声が城内にこだました。
メリーベルの敗北により、魔族軍は総崩れとなった。
西エリアの奪還はあっけなく完了した。
「魔族を撃退してくださったこと、礼を言います。ありがとう」
歓声の中、ユナが近づいてくる。
「少し、お話をさせてもらえませんか? 二人だけで」
「えっ?」
「まずは紋章を回収しに行きましょう。話もそこで」
促されて、冥はユナとともに城の最深部へと向かった。
謁見の間のさらに奥に小さな部屋がある。
西エリアの紋章はその部屋の中に安置されていた。
「これで四つの紋章をすべて取り返しました。連合の本部に戻って、私が紋章を作動させれば──」
ユナが小さく息をつく。
「この階層で魔族に変えられた人々は元に戻るはずです」
魔族には二種類いる。
魔界で生まれた生粋の闇の種族『純魔族』。
そしてもう一つが、本来はクレスティアに住む善良な人間が、魔王の魔力と紋章の力で悪の心に反転させられ、魔族へと堕ちた『堕心』。
そのうちの『堕心』は、もう一度紋章を作動させれば、元の人間に戻すことができる。
「長かった……クレスティアのほぼすべてが魔族の支配下に置かれてから、ようやく第一層を取り戻すことができました」
言って、ユナは冥の足元に跪く。
「ユ、ユナ!?」
「すべては私のひとりよがりな思い込みだったのですね。あなたは先代の勇者と同じ人間──だけど、魔王ではなかった」
まるで王様に傅く奴隷のように、ユナは深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした。あなたを攻撃し、命を奪おうとしたこと──謝って許されることではありません。あなたの気が済むように罰して下さい、私を」
「僕は、そんな──」
「ですが、一つだけお願いしたいことがあるのです」
ユナが顔を上げて、上目遣いに冥を見上げる。
「この世界を救ってください、冥」
「ユナ……」
「私のことはあなたの気が済むようになさってください。殺されても当然だと思っています。ただ他の人間は何も関与していません。ですから、どうかこの世界を──」
「ち、ちょっと待ってよ。話がエスカレートしすぎっ」
冥は慌てて彼女の話を止めた。
「ほら、立って」
跪いているユナを立ち上がらせる。
「冥……?」
驚いたように目を瞬かせるユナ。
「殺すとか……僕がユナにそんなひどいことするわけないでしょ。それに僕は自分がそうしたいから戦ってる。皆を守りたいと思ったから、この世界に帰ってきたんだ」
冥はにっこりと微笑んだ。
久しぶりに、心から笑えた気がする。
「誤解があって、すれ違いがあって……でも、またやり直せばいいんだよ」
きっと、すぐにわだかまりは解けないだろう。
ユナは、おそらく罪悪感にさいなまれるのだろう。
これから先、当分──あるいは、ずっと。
それでも、一歩ずつでも溝を埋めていきたかった。
「だから、また今まで通りに接してくれたら嬉しいな」
「許して……くれるのですか」
「許すも、許さないも……うわっ!?」
ユナがいきなり抱きついてきた。
「分かりました、冥……ありがとう」
慌てて両腕で受け止める。
柔らかくしなやかな感触にどきりとする。
すぐ傍で破裂しそうなほどの心音が聞こえた。
冥自身と、おそらくはユナの心音が。
「これから先、命をかけて罪を償います。あなたの傍で」
涙に濡れた顔が、冥を見上げていた。
三日後、連合本部に戻った冥はユナと祭壇の間にいた。
最初にクレスティアに召喚された場所だ。
「では、始めます」
祭壇の前に四つの紋章を安置するユナ。
「いよいよなんだね」
「ええ、長い道のりでした」
冥の言葉にユナがうなずく。
「すべて、あなたのおかげです。冥」
彼女の顔からは幾分、険が取れたように思えた。
そう、少しずつでも──。
すれ違っていた心をもう一度結び直せばいい。
「僕だけじゃないよ。シエラや皆や──もちろん、ユナだって。皆で勝ち取ったんだ」
「……そう、ですね」
うなずくユナの顔には満足感と、そして消えない罪悪感がにじむ。
「すみません。感傷に浸っている場合ではありませんね……始めます」
ユナは紋章に向かって手をかざし、呪文を唱え始めた。
「大いなる紋章、星天より来たりて第一の層を照らせ……我、ユナ・プリムロードの名において命ず……」
四つの紋章が淡く光り始める。
そのまま浮かび上がり、それぞれの角を合わせて組み合わさった。
ちょうど四葉のクローバーのような形だ。
「黒く染まりし心を清め、浄化し、健やかな魂を癒さんことを──」
ユナが呪文の締めくくりを唱えた。
次の瞬間、閃光が弾けた。
光は祭壇から屋根を打ち抜いて天空へと一直線に上る。
そして無数の光の粒となって四方へ散っていった。
第一層の、全土へ。
いよいよ──魔族に堕とされた人々の、心の浄化が始まる。
次で第一層編は終わりです。
そのあと第二層編に入ります。