9 金翼の邂逅
「なんだ……!?」
冥はまぶしさに目を細めた。
割れた壁の向こうから、黄金に輝く龍王機が大広間に入ってくる。
スラリとした四肢。
背から伸びる美しい四枚の翼。
巨大な角と牙。
右手には穂先に斧を備えた長大な槍──斧槍を構えている。
悪魔の凶悪さと天使の優美さを併せ持った龍王機だ。
胸部ハッチが開き、そこから一人の少女が顔を見せた。
見る者を凍りつかせるような怜悧な美貌。
長い金色の髪が風になびく。
「ボクの大切な妹をこれ以上傷つけさせはしない」
少女が言い放った。
「姉さま……!」
メリーベルが呆然とつぶやく。
「今度はボクが相手をするよ。このエルナ・シファーと龍王機『金翼の魔姫』が」
言うなり、彼女──エルナはふたたび操縦席に座る。
ハッチがゆっくりと閉じた。
「エルナ・シファー!? 魔族最強の騎士……!」
ユナが叫んだ。
ヴン……とカメラアイを鈍く光らせるアプサラス。
強い──。
冥の全身に鳥肌が立った。
直感で分かる。
この機体は、そして乗り手は──『覇王の領域』を使いこなすメリーベルと改修されたセイレーンの組み合わせよりも。
さらにもう一段も二段も、強い。
全身にじわりと汗がにじんだ。
(勝てるのか……今の、消耗したエルシオンと僕で)
冥は横目で愛機を見やった。
先ほどの死闘ですでにエルシオンの機体は限界を超えている。
「丸腰の相手を攻めるつもりはないよ。エルシオンに乗って」
アプサラスからエルナの声が響いた。
「勝負よ、勇者さま」
斧槍を構える。
(まずい……!)
冥は全身をこわばらせた。
「……下がっていて、ユナ、シエラ」
「ですが、あなたの機体はもう限界を──」
「無茶だよ、勇者さま」
「それでも、戦えるのは僕だけだ」
冥は覚悟を決めて、ユナとシエラに言い放つ。
「最悪でも時間をなんとか稼ぐから。その間に君とシエラだけでも逃げて」
と、二人に耳打ちした。
「自分を犠牲にするつもりですか! そんなの、だめ」
ユナが悲痛な顔をする。
「それに、私はあなたを殺そうとして──」
「その話はいい。とにかくシエラを連れて、できるだけ離れて」
言って、冥は駆けだした。
エルシオンの元へ。
勝ち目など、ほとんどないに等しい。
それでも、やれるだけのことをやるしかない。
「頼む、エルシオン」
操縦席に座り、愛機に呼びかけた。
グォォォォン……!
主の意志に応えるように機関部が竜の咆哮に似た音を上げる。
白い騎士と金翼の騎士が対峙した。
「──と言いたいところだけど」
ふいにエルナの口調が和らいだ。
「今の君とエルシオンは消耗しきってる。そんな戦いはフェアじゃない」
「えっ……?」
「でも、ちょっと安心したよ。ここで怖気づくようじゃ、ボクの獲物にはふさわしくない」
悪戯っぽく笑うエルナ。
まるで無邪気な子どものように。
「女の子をかばって戦うナイトさまに、恥はかかせられない」
アプサラスが斧槍を下ろした。
「また今度、仕切り直しだね」
「…………」
だが冥は、その無邪気さに不気味なものを感じていた。
得体の知れない威圧感があった。
「この場はボクらの負け。メルを連れて、おとなしく帰るよ」
「姉さま……」
「さあ、おいで。愛する妹」
アプサラスが屈んで片手を差し出す。
「……無様な姿を見せてしまい、申し訳ありません」
「メルが無事なら、それでいいよ」
エルナは操縦席で微笑んだようだ。
「ああ、姉さまぁ……」
たちまちメリーベルの表情がトロンと蕩けた。
(な、なんだ……?)
先ほどまでの凛々しくも厳しい表情とは、まるで別人だ。
というか、デレている。
ひたすら姉にデレている──そんな感じだった。
「最後に一つ。メルに手を出さないでくれたお礼に、いいものを見せてあげるね。メルも、見ていて」
言うなり、アプサラスが一歩踏み出した。
刹那、その姿が消える。
「──!?」
冥は、反応することができなかった。
見えない。
予測すらできない。
気が付いたときには、エルシオンの背中に刃が突きつけられている。
一瞬で背後に回りこんだアプサラスの斧槍が。
「今……のは……」
呆然とうめく。
たとえエルシオンが万全の状態でも、対応できなかっただろう。
もし、お互いに万全の状態で立ち会ったとしても、冥は敗れていたかもしれない。
全身が震えて止まらない。
こんな感覚は初めてだった。
無敵を誇った、現世のゲームでも。
無敗を誇る、この世界の龍王機戦でも。
(速いとか、そういう次元じゃない)
ごくりと喉を鳴らす。
エルナ・シファーという少女は。
そして彼女が操るアプサラスは。
もっと根本的に、何かが違う──。
「勝負はお預けだね、勇者さま。君がもっと上の階層までやって来たときに、あらためて相手をさせてもらうよ」
エルナの声が響く。
魔族最強──そのプライドをにじませて。
「エルナ・シファーとアプサラスの名にかけて」