8 決着の雷閃
「逃げられない……!」
冥は必死でレバーを動かす。
片腕とはいえ、敵機のほうがパワーは上だ。
がっしりとつかまれて身動きが取れない。
「吹き飛べ!」
密着状態からセイレーンが赤い光弾を放った。
装甲が薄いエルシオンが食らえば、内部フレームごと蒸発しかねない一撃だ。
すさまじい爆光が弾けた。
衝撃波が吹き荒れる。
爆炎が周囲を覆う。
「冥……」
ユナが悲痛な声でうめいた。
がくりとその場に崩れ落ちる。
だが、爆光と爆炎が晴れたとき、そこにエルシオンの無残な姿はなかった。
いや、姿そのものがなかった。
「いない──バカな!?」
メリーベルが驚愕の声を上げる。
直後、
「終わりだ、メリーベル」
剣がセイレーンの首筋に押し当てられた。
すでに冥は、エルシオンを敵機の背後に移動させていたのだ。
「いつの間に……なぜ私の攻撃が……」
メリーベルが呆然とした声でうめく。
「……これは!?」
エルシオンがゆっくりと背中の翼をたたむ。
展開状態にしていた翼を。
その動きで、メリーベルも気づいたのだろう。
先ほど、エルシオンがどうやってセイレーンの拘束から脱出したのか。
「ぎりぎりのタイミングだったけどね」
冥が小さくため息をつく。
エルシオンの背から生えている優美な翼は、ただの装飾品ではない。
羽毛に当たる部分は予備の剣として、骨格に当たる部分は隠し腕として、それぞれ利用できるのだ。
『祝福の雷閃』。
かつて先代の魔王を討ったエルシオンの切り札だ。
四刀流モードともいうべきその機能で、ゼロ距離からセイレーンの右手首と右肩を同時に切断。
砲を食らう一瞬前に拘束から脱出したのだった。
「四本の腕を同時に扱う──その技は先の勇者と同じ……」
言いかけたメリーベルは、ハッとしたように、
「いや、あるいはお前こそが先の勇者──」
冥は答えない。
「……ふん、まあいい。殺せ」
メリーベルの声には静かな諦念があった。
「悔しいが私の負けだ。この期に及んで生き延びる気はない」
「勝負はついたんだ。命まで取るつもりはない」
「ふざけるな! 私は騎士だ! 敵に情けをかけてもらうわけにはいかない」
城内に重苦しい沈黙が流れる。
冥は動かない。
「自分の手を汚したくないというなら、それも構わん。自分でケリをつけるだけだ」
言うなり、セイレーンの機体が震えだした。
同時に、虹色の発光がさらに強烈になる。
セイレーンの全身から虹の輝きがあふれていた。
「これは、まさか──」
冥がうめく。
前の大戦で見たことがあった。
龍王機の異様な発光。そして震動。
魔王城での決戦の際、魔王の腹心が取った戦法だ。
「自爆するつもりか……!?」
「巻き込まれたくないなら離れるんだな、勇者」
メリーベルが笑う。
「逃げて、ユナ!」
冥は慌てて叫ぶ。
「でも、あなたは──」
「いいから早く!」
冥が重ねて叫んだ。
「……あなたも、逃げてくださいね」
ユナは逡巡したような顔をしながらも、うなずく。
サラマンドラから降りたシエラを連れ、高速移動用の風の魔法を発動させてその場から去っていく。
場に残されたのはエルシオンとセイレーンのみとなった。
「最後に褒めてやる。強かったよ、貴様は」
メリーベルがつぶやく。
その声には強敵をたたえる、素直な賞賛の響きがあった。
「だが、姉さまには勝てん! 貴様が無残に破れる様を、あの世から楽しみに見ていてやるぞ──!」
哄笑とともに、銀の機体が爆発した。
床に転がっている球体状の操縦席は半ば焼け焦げていた。
圧縮した空気が漏れるプシュッという音とともに、ハッチが開く。
そこから現れたのは一人の少女だ。
割れた壁から吹きこむ風が、銀色の髪をなびかせる。
「君がメリーベル……」
二度にわたって死闘を繰り広げた相手だが、こうして向かい合うのは初めてだ。
魔族のエースパイロットは、息をのむほど美しく凛とした少女だった。
「あの一瞬でこんな真似を──」
セイレーンが自爆する寸前、冥は翼の剣を使い、一瞬で操縦席部分だけを切断したのだ。
その操縦席部分を持ち、素早く爆心地から飛び下がった。
あと一秒──いや、コンマ一秒でも判断が遅れれば、エルシオンは自爆に巻き込まれていただろう。
冥はエルシオンを屈ませた。
操縦席から床に降り立ち、メリーベルと向かい合う。
「見れば見るほど、とんだ優男だな。そういうところも魔王さまに似ている……ふふ、これが、私が敗れた男の顔か」
翡翠色の瞳がまっすぐに冥を見据える。
「……なぜ助けた」
「目の前で誰かが死ぬのを見たくなかっただけ」
「私は魔族だ」
「そんなの関係ないよ」
「……甘いのですね、冥」
ユナが風の魔法に乗って戻ってきた。
その傍らにはシエラもいる。
「あなたはいつでも優しかった。だから、あなたが先代の勇者と同じ人間だと知ったときは、本当にショックでした。あの優しさは全部嘘だったのか、と」
悲しげに冥を見つめるユナ。
「私をだますための演技だったのか、と。ですが……今のあなたを見ても、やはりどうしても演技とは思えない」
「僕は先代の勇者だ。それは認める」
冥が正面からユナを見つめた。
一度は彼女に断罪され、それでも現世での戦いを経て培った覚悟。
その想いをまっすぐに込めて。
「でも魔王じゃない。この世界を救うために戦いたい、って思ってる。だからここに戻ってきたんだ」
「……ふん、何やら仲たがいをしていたようだな」
メリーベルが鼻を鳴らす。
「言っておくが、そこの男と魔王陛下は別人だぞ。確かに姿かたちはそっくりだ。だが決定的に違う──魔力の質が。そして魂の根源も」
「…………」
ユナは冥とメリーベルを交互に見つめる。
──前方からまばゆい光があふれたのは、そのときだった。