7 覇王の領域
露出した操縦席に、熱風を伴った外気が吹きこんでくる。
眼前では、銀色の機体が剣を振りかぶっていた。
それが振り下ろされれば、操縦席ごと自分は真っ二つにされるだろう。
冥は半ば他人事のように、そんなことを考えていた。
絶体絶命のピンチ、というやつだ。
なのに、自分でも不思議なほど落ち着いている。
(『覇王の領域』……か。すごいな)
素直に敵を称賛する気持ちさえあった。
(僕も、もっと強く)
レバーを握りしめると、愛機はその闘志に応えるように体を震動させた。
「まだ諦めないか。それでこそ、私を一度は負かした相手だ」
メリーベルが静かに言った。
「冥……!」
不安げにこちらを見つめるユナの姿が見えた。
「ユナの誤解を解かなきゃいけないからね。こんなところで負けられない」
モニターに映る少女に、微笑する。
ふうっと息を吐き出した。
(もっと、速く)
集中する。
(もっと──)
さらに、集中する。
今までの、どんなときよりも。
「だけど──勝負はここからだ」
「終わりだ!」
吠えるメリーベル。
大気を切り裂き、振り下ろされた剣の行く先に──しかし、エルシオンの姿はなかった。
「消えた──!? バカな!」
否、消えたように錯覚するほどの超速機動で回りこんだのだ。
「いけるか、エルシオン」
冥は自らの愛機に呼びかけた。
ゴォォォォッ、と腹に響くような音は内燃機関が燃え盛っている証だ。
それは同時に、エルシオンの動力と冥の精神力が最大限にまで高まっている証だった。
「だが、まぐれは二度続かん!」
セイレーンが追撃をかけてくる。
(左からの打ちおろし)
(──はフェイント)
(本命は踏みこんでの突き)
(エルシオンを右へ移動)
(フェイントをかけつつ、後退──)
相手のわずかな挙動から次の動きを先読みする。
同時にその対応動作を取る。
フットペダルを踏みこむ。
姿勢制御機構の機能を意図的に崩し、エルシオンの体をぐらつかせてフェイントをかける。
バーニアを吹かして急速後退する。
すべては──冥の思考と等速におこなわれた。
セイレーンの斬撃は空を切り、その間にエルシオンが距離を取る。
「なんだと!?」
必殺の一撃を避けられたメリーベルが驚きの声を上げた。
ふたたび突進するセイレーン。
その斬撃を、エルシオンは異常なほど滑らかな動作で避ける。
また避ける。
避け続ける──。
「『覇王の領域』に入っている私の動きを凌ぐだと……まさか、貴様」
愕然とうめくメリーベル。
「貴様も──」
「無我の境地。フロー状態。ゾーン。言い方は色々あるけど、君が入っているのは、そういう領域だ」
冥が静かに告げた。
「自由自在に使いこなせるってわけじゃない……でも」
この感覚は覚えがある。
ロボット対戦ゲーム《デュエルブレイク》の大会で、極限まで集中したときに普段をはるかに超える反射や操作を体現したことがある。
いずれも意図的なものではなく、偶発的にその領域に入っただけだが。
そして今も──。
「くっ……」
たじろいだように後退するセイレーン。
「入ることができたんだ、僕も。君と同じ──」
告げて、冥はエルシオンを突進させた。
追い詰められて集中が高まったのか。
単なる偶然か。
いずれにせよ、入ることができた。
「『覇王の領域』に」
「なっ……!?」
メリーベルの驚愕の声を、置き去りにするほど速く。
爆発的な加速でセイレーンへと迫る。
それは、まさに白い閃光だった。
「ちいっ」
メリーベルが迎撃の剣を繰り出す。
振り下ろされた剣は、しかし直前で直角にターンしたエルシオンが通り過ぎた後を空しく切り裂いたのみ。
「また、消えた──!?」
「遅い」
その間にエルシオンはセイレーンの側面へと回りこんでいる。
無造作に剣を振る。
セイレーンの左肩が──その装甲の先端が斬り飛ばされる。
「貴様ぁぁっ」
怒りの声を上げてメリーベルが反撃した。
最新鋭である第六世代龍王機の性能をフルに使った、嵐のような連撃。
だが、その斬撃のことごとくがエルシオンをまったく捕えられない。
かすりも、しない。
龍心眼によってすべての攻撃を見切り、予測と同時に機体を操る。
龍心眼と覇王の領域の複合技だ。
「速い……! そんな、速すぎる……!」
メリーベルがうめいた。
「『覇王の領域』に入っている者同士なら、条件は五分と五分。なぜ私が一方的にやられるのだ!?」
剣を振りまわすセイレーン。
虹色の軌跡を残して、音速で駆ける。
が、エルシオンはその動きのさらに先を行った。
「同じ『覇王の領域』に入った者同士なら、反応速度はほぼ互角。だけど、僕と君には決定的な差がある」
ふたたび白い閃光と化した勇者の機体が、セイレーンの周囲を超高速で動く。
黄金の斬撃が、閃く。
腕を、肩を、腰を、足を──セイレーンの装甲を次々と切り裂いていく。
「僕は『覇王の領域』に加えて、龍心眼の先読みがあるからだ」
さらにエルシオンが剣を振るった。
耳障りな金属音とともに、セイレーンの左腕が──その肘から先が斬り飛ばされる。
同じ反応速度、操縦能力なら、相手の動きをほぼ確実に予測できる冥が圧倒的に有利だ。
結果は必然だった。
「これで決着だ、メリーベル!」
返す刀でセイレーンの腹部を貫く──。
「かかったな、勇者!」
メリーベルが吠えた。
腹部を剣に貫かれた──いや、貫かせた状態のまま、セイレーンが右腕でエルシオンの機体を抱えた。
まるで抱きつくように。
同時に胸部装甲が左右にスライドし、内部から巨大な砲口が現れる。
『歌姫の旋律砲』。
山をも消し飛ばすセイレーンの最強兵器だ。
「これは──」
冥は相手の狙いを悟る。
密着状態からのゼロ距離射撃──!
「いくら貴様が素早かろうと、先の動きを読もうと、この状態では避けらんぞ!」
メリーベルが勝ち誇った。
砲口にまばゆい赤光が収束されていく。
すさまじいエネルギー密度で周囲の空間が陽炎のように揺らぐ。
「う、動けないっ……」
片腕とはいえ、セイレーンの方がパワーは上だ。
簡単には振りほどけない。
脱出しようともがくうちにエネルギーの充填が終わる──。
「吹き飛べ!」
メリーベルの絶叫とともに、セイレーンが赤く輝く光弾を放った。





