6 VS銀閃の歌姫・軍神形態
ユナは純白の機体を呆然と見上げていた。
「あなたは……崖から落ちて……」
「なんとか助かったんだ。魔王に……あ、いや、その辺は後で話すよ」
エルシオンから笑みを含んだ声が聞こえる。
ユナはますます険しい顔になった。
「……なぜ、ここに来たのですか。偽物の勇者のあなたが、なぜ」
ぎりっと奥歯を噛みしめる。
胸が痛んだ。
心の中が荒れ狂い、渦を巻いていた。
自分でもこの感情の正体が分からない。
再会した彼に、どんな感情を向ければいいのか。
憎むのか、恨むのか。
あるいは。この胸が甘く、熱く疼くのは、本当は彼のことを──。
「あなたは魔王なのでしょう? なのに、どうして……」
「魔王? 何を言っている?」
訝しげなメリーベルの声が響いた。
「どうして、って──約束したからだよ」
冥の声は揺るがない。
まるで、いっさいの迷いを吹っ切ったように。
「この世界を救う、って」
「……冥」
声が詰まる。
胸が、また痛んだ。
なぜ、この人はこんな声を出せるのか。
優しく、人を慈しむ声。
(私はあなたを殺そうとさえ、したのに)
「君を守る。皆を守る。そして、この世界を守る」
冥の声は凛としていて、十年前のあのときのままだった。
「僕がそうしたいから──そうするんだ」
告げる彼が、そして白い機体が──。
かつて憧れ、恋い焦がれた勇者の姿に重なる。
「あなたは……誰なの? 先代の勇者? 魔王? それとも……」
ユナがうめく。
「何者なのですか……」
「僕は竜ヶ崎冥」
冥が告げる。
「この世界を救う──勇者だ」
エルシオンとセイレーンが対峙した。
「ふん、何やら言い争っていたようだが……私にはどうでもいい」
白い騎士と銀の騎士──二体の龍王機の間で、火花にも似た緊張感が走る。
「この間の借りを返させてもらうぞ」
装甲の隙間から虹色の光を漏らしながら、セイレーンが駆けた。
「速いっ……!」
冥が驚きの声を上げる。
「当然だ! この軍神形態は私の『覇王の領域』の反応速度についていけるように改修したものだからな」
メリーベルが吠えた。
「前回は不覚を取ったが、今度はそうはいかん!」
銀の龍王機がさらに加速した。
まさに人機一体。
エルシオンをあっさりと置き去りにし、背後へと回りこむ。
「ちいっ」
反転して迎撃しようとしたところで、エルシオンの関節部が嫌な音を立てて軋んだ。
間髪入れずに振り下ろされたセイレーンの剣がエルシオンの肩口を切り裂く。
白い装甲の残骸があたりに飛び散った。
「先読みが──追いつかない!?」
冥の驚愕の声が聞こえた。
『龍心眼』。
冥には未来予知に匹敵するほどの先読みや予測能力があるのだと、以前に聞いたことがある。
彼が性能で大きく劣るエルシオンを駆り、最新鋭機と渡り合えるのはその力によるところが大きいのだ、と。
だが、今回の敵は今までとは違う。
冥が予測して対応するよりも、さらに速く──攻撃してくる。
「これが『覇王の領域』だ」
メリーベルが静かに告げた。
「貴様に敗れた屈辱を晴らすために、私が得た新たな力──」
ふたたびセイレーンが加速する。
冥のエルシオンをやすやすと体当たりで吹き飛ばした。
「精神と肉体を一体化し、究極の集中状態に入ることで、初めて到達する領域──いわば無我の境地。自らの潜在能力を百パーセント発揮できる究極の状態。今の私は思考と等速で動くことすら可能だ」
告げて、セイレーンが剣を繰り出す。
防御も回避もできず、エルシオンの頭部が半分がた斬り裂かれた。
兜状のパーツが無残に砕け、その下から機械部品がのぞいて火花を散らす。
「冥……!」
エルシオンがここまで一方的にやられるのを、ユナは初めて見た。
前の大戦のときは圧倒的に無双していたし、今回も性能差で苦戦することはあっても最後には必ず勝利していた。
だが、この戦いは──。
(冥が……負ける……!?)
「手は抜かんぞ。どれだけの性能差があろうと。どれだけ乗り手の能力に差があろうと」
なおもセイレーンは攻撃の手を緩めない。
繰り出される嵐のような斬撃。
それらを剣でいなし、あるいはサイドステップやバックステップで避け、エルシオンはかろうじて攻撃を凌いでいる。
とはいえ、防ぎきれない斬撃が装甲のあちこちを切り裂き、火花を散らしていた。
「くっ……」
「ははは、どうした! この間のように私を翻弄してみせろ、勇者よ!」
メリーベルは勝ち誇ったように追撃する。
エルシオンはあっという間に壁際まで追い詰められた。
「駄目……性能差に加えて、相手の動きに対応できないのでは……」
ユナは険しい顔で冥の戦いを見守る。
旧型であるエルシオンでは、セイレーンの動きについていけない。
まして、今のセイレーンはより高速形態へと変形しているのだ。
「これが私の──メリーベル・シファーの本当の力だ。驚愕しろ! 戦慄しろ! 恐怖しろ! 」
セイレーンの斬撃がとうとうエルシオンの胸部を深々と切り裂いた。
一際激しい火花が散る。
エルシオンの胸に大きな亀裂が走り、その奥の操縦席までが露出した。
操縦シートに座る冥の姿が見える。
「その旧型でよくぞここまで凌いだ。褒めてやるぞ、勇者。だが──」
剥き出しの操縦席に向かって、銀の機体がゆっくりと剣を振りかぶった。
「これで終わりだ」