5 姫と少女騎士
シエラは、モニターに映る銀色の敵機を黙って見つめていた。
セイレーンの胸部の砲に真紅のエネルギーが集まっていく。
「さらばだ。我が好敵手!」
魔族の声とともに、強大なエネルギー砲が放たれる──。
(ここまでか。ごめんね、姫さま)
シエラが観念した刹那、
「逃げてください、シエラ!」
渦を巻いて飛んできた爆炎が、セイレーンを襲った。
「何っ!?」
驚いたように後退するセイレーン。
「あれは──」
モニターの一角を驚いて見つめるシエラ。
拡大画像にすると、杖を手に駆け寄るユナの姿が映し出された。
「早くサラマンドラから降りて! 逃げて!」
叫びながら、ユナは炎や雷撃、風の刃などの攻撃呪文を続けざまに放つ。
魔法の連打でセイレーンがわずかによろめいた。
だが、いくら彼女が天才魔法使いとはいえ、龍王機の多重魔導反発装甲にダメージを与えることなど不可能だ。
それは以前にセイレーンが襲撃してきたときにも実証されている。
龍王機を倒せるのは、龍王機のみ──。
「駄目、ユナちゃん!」
『姫さま』という普段の敬称も忘れて、シエラが必死で叫んだ。
──初めてユナと出会ったのは王立アカデミーだった。
ユナは人の身で魔族に匹敵するほどの魔力を備えた魔法の天才。
シエラは、同じく人の身で魔族を凌駕するほどの身体能力を備えた槍の天才。
二人の天才少女は期せずして打ち解けた。
生真面目でクールなユナと、緩くて天真爛漫なシエラ。
性格は正反対だし、身分もまったく違う。
なのに、不思議とウマがあった。
シエラにとってユナは主君であると同時に大切な親友だ。
「私たち、いいお友だちになれそうですね」
あのころのユナはクールではあったが、今のように他人に心を閉ざした感じはなかった。
今のように冷然冷徹になったのは、先代の勇者が魔王として現れてからのことだ。
それ以前のユナは、優しく人に接することができる少女だった。
「えへへ、姫さまと友だちか~」
「二人のときはユナで結構ですよ」
「え、でも……」
「呼んでほしいんです。名前で。友だちとして」
ユナがはにかんだ笑みを浮かべる。
「じゃあ……ユナ、ちゃん」
シエラもまた照れたような笑顔で、友の名を呼んだ──。
「ユナちゃんって、勇者さまのことが好きなんだっけ? ってことは、十年間ずっと片思い?」
「いつか、また再会できると信じてますから」
「そっか……また会えるといいね」
「花嫁にしてもらう約束なんです」
「一途だね~、ユナちゃんは」
「シエラこそ、どなたかそういう方はいないのですか?」
「あたしは……うーん、ずっと槍ばっかりだしね。恋愛とはよく分からない。えへへ」
「……シエラにも、きっと現れますよ。素敵な殿方が」
友との他愛のない会話が、まるで走馬灯のように脳裏をよぎる。
「こっち来ちゃダメ! 逃げてっ!」
シエラが叫んだ。
生身のユナなど、最新鋭の龍王機の前では一たまりもない。
「あたしがなんとか時間を稼ぐから。だから」
友を失うわけにはいかない。
失いたく、ない──。
「あなたにばかり命を懸けさせるわけにはいきません」
ユナが首を振った。
すでに死ぬ覚悟を決めたかのような──諦念さえ感じさせる微笑を浮かべて。
「勇気だけは認めてやろう、人間の姫よ」
セイレーンがユナに向き直る。
当然ながら、傷一ついていない。
「だが愚かだな。私は、刃向う者には容赦しない」
巨大な剣を振りかぶった。
ユナは逃げない。
震えながらも──。
そう、彼女とて年頃の女の子だ。
姫だ、連合の盟主だ、といっても、本心は怖いに決まっている。
それでもなお、逃げない。
「やめてぇぇっ……!」
シエラが悲鳴を上げた。
レバーを必死で動かす。
スロットルを踏み込む。
誇り高く、健気な友を──守りたい。
ただその一心だった。
だが、愛機は反応しなかった。
すでに立ち上がる力すらないのだ。
長大な刃が可憐な姫に迫る。
「逃げて、ユナちゃん!」
喉も裂けよと絶叫した。
だが、止める術はもはやない──。
ガキンッ! と重々しい金属音が響き渡った。
「えっ……!?」
驚きの声は、その場の全員が同時にもらした。
ユナに振り下ろされた剣は、寸前のところで止まっていた。
──横手から突き出された別の剣によって。
「あ……ああ……」
シエラが呆然とうめく。
ユナをかばうようにして、純白の龍王機が立っている。
「危なかったね、ユナ」
エルシオンから冥の声が響いた。