4 帰還
気が付くと、異世界だった。
「戻ってきたのか……」
冥は周囲を見回す。
天空に浮かぶ七つの階層。
現実世界にはあり得ないその風景は、ここが異世界クレスティアであることを示していた。
「魔王の奴、ちゃんと僕を戻してくれたんだな」
今一つ何を考えているか分からないし、信用できる相手ではない。
それでも、冥の望みどおりに異世界まで戻してくれたことには感謝した。
「……服はなくなってないな」
冥は自分の体を見下ろす。
現世にいたときの私服姿のままだ。
ユナの召喚魔法とは種類が違うのか、全裸になったりはしていなかった。
もし裸になっていたら、どこからか服を調達しなくてはならない。
その手間は省けたようだ。
「そういえば、元の世界に戻ったときも高校の制服姿だったしね……」
つぶやき、前方を見据えた。
「……戦いはもう始まってるみたいだな」
表情を引き締める。
小高い丘の上の城は、あちこちから火の手が上がっていた。
時折、爆音が聞こえてくる。
「僕も行かなきゃ」
冥は歩き出した。
勇者として、ふたたび戦うために。
火の手が上がっているのはメリーベルの居城だろう。
すでにユナやシエラが戦っているはずだ。
「……って言っても、僕がこのまま行ってもどうにもならないよな」
城の方向に向かいながら、冥は思案する。
「とにかく、エルシオンがないと」
──その愛機は、城の近くにたたずんでいた。
足元には一人の男がいる。
「バラックさん……?」
龍王機の整備主任を務める中年男に声をかけた。
「お、お前、なんでこんなところに……?」
振り返ったバラックが驚いたように冥を見つめる。
「いや、まあ、色々と事情が……」
ばつが悪そうに頭をかく。
彼らからすれば、冥は突然いなくなったはずだ。
ユナがそのことをどう伝えたのか──。
(『勇者の正体は魔王でした!』とか言っちゃったのかなぁ。うーん、どう説明すればいいんだろ)
「そっか、やっぱりお前は戻ってくると思ったよ」
バラックが顔を輝かせる。
「エルシオンを整備しておいたよかった。ははは」
「えっ? えっと……」
今一つ、話がかみ合っていなかった。
「だってお前、魔王軍に恐れをなして逃げたんだろ? 姫さまがみんなにそう言ってたぜ」
(……ユナ、そんなふうに説明したんだ)
まあ、冥が魔王だと完全に誤解してしまったユナからすれば、連合の士気の低下を最小限にするには、それしかないのかもしれない。
「お前も人間だからな。人並みに怖がることだってあるだろうさ。俺たちには分からない悩みもあるだろうし。だから俺はお前を責めない。戻ってきてくれたことに、素直に感謝する」
実直な整備主任は、冥に向かって頭を下げた。
「ど、どうも……」
誤解が混じっているのは心苦しいが、今は説明している時間が惜しい。
「もし俺たちと戦ってくれるなら、こいつに乗ってくれ」
バラックが傍らのエルシオンを指し示した。
「いちおう勇者の剣を姫さまから預かってる。エルシオンを動かすときに、起動キーとして必要だからな」
と、鞘に入ったままの勇者の剣を差し出す。
「心配かけてすみません。僕、行ってきます」
冥は剣を受け取ると、エルシオンに乗りこんだ。
※ ※ ※
周囲は赤い爆炎に包まれていた。
「今の連続攻撃は危なかった……」
声は──メリーベルのものだ。
「褒めてやるぞ、人間の騎士」
その向こうには、全身が無残に焼け焦げたサラマンドラの姿。
「あと一歩だったのに……」
シエラは悔しさを噛みしめた。
先ほどの光景を思い出す。
サラマンドラの槍がセイレーンを捕えたかに見えた瞬間、メリーベルはまたしても超々反応で迎撃してきた。
反射神経とか運動神経とか、そういうレベルではない。
まるで思考より先に体が動いているような──そんな錯覚。
でなければ、シエラの必殺の槍に反応することなどできないだろう。
「カウンターでまともに食らうなんて……あたしも、まだまだだ」
目の前の敵機を見据える。
胸部装甲を左右に開いたセイレーンの姿を。
その奥には巨大な砲口が見えた。
敵の切り札──『歌姫の旋律砲』。
前回、セイレーンがエルシオンとの戦いでも使用したこの奥の手は、当然頭に入れていた。入れていたつもりだった。
だが勝利を確信し、一瞬その存在を忘れてしまった。
油断、だった。
カウンターでエネルギー砲を正面から受け、技の威力を殺され、さらにサラマンドラは致命的なダメージを負ってしまった。
「ごめんね……あたしが迂闊だったから、お前にこんな傷を」
悔しさと、愛機への申し訳なさで涙がこぼれる。
濡れてにじんだ視界の向こうから、セイレーンが一歩一歩近づいてきた。
「よく戦った」
メリーベルの言葉には素直な驚きがこめられていた。
人間を見下している彼女からすれば、それは最大級の賛辞なのだろう。
「最後に、名前を聞いておこうか、人間の騎士」
「……シエラ・ルージュ」
「その名前──私の胸に刻ませてもらう。永遠に。勇気ある戦士よ」
胸部の砲口にエネルギーが集まる。
もはやサラマンドラにそれを避ける力は残っていない。
「さらばだ。我が好敵手!」