3 シエラ、想いの一撃
「うああっ」
加速のついた斬撃をまともに食らい、サラマンドラは大きく吹き飛ばされた。
そのまま壁に叩きつけられる。
「くっ……ううっ」
コクピットを襲う衝撃で、シエラの体が激しく揺らされた。
まき散らされる瓦礫と装甲の破片。連鎖的に起きる小爆発。
サラマンドラの背部装甲が真っ二つに裂け、亀裂から火花が散る。
モニターに映し出された愛機の全体図は、各所に警告のメッセージが並んでいた。
今の一撃は内部機構に達し、駆動系にまでダメージを受けたようだ。
「ひどい傷。ごめんね。まだ動ける、サラマンドラ……?」
シエラは悲しみに顔を歪め、傷ついた愛機に呼びかける。
グォォォ……ン、と機関音が唸った。
相棒の力強い返事だ。
「まだ、戦えるんだね。じゃあ、もうちょっとだけがんばりましょ。あたしも……がんばるから」
シエラはモニターに映る銀の機体を見据えた。
「勝負はここからだからねっ」
「ほう、まだ諦めないとは。人間にしては見上げた闘志だ」
感嘆するメリーベル。
「諦めないよ。あたしが皆を守る」
シエラの脳裏に幼い日の記憶がよぎった。
十年前──。
先代の魔王ヴァルザーガが階層世界に攻めてきた、あの悪夢の日。
燃えさかる街。
魔族の龍王機によって追われ、殺される人々。
そしてそれを一撃のもとに倒した純白の機体。
勇者の駆るエルシオンだ。
それは幼い彼女にとって、神にも等しい姿として記憶に刻まれた。
以来、その姿に憧れ、自分も人を守るために戦おうと決めた。
やがて龍王機の騎士としての天才的な資質を認められ、汎人類連合に加入した。
厳しい訓練の果てに、とうとうエースパイロットにまで上り詰めた。
「あの人みたいに──」
先代の勇者は魔王と化した。
今代の勇者は逃げてしまった。
戦えるのは、シエラだけだ。
「今度は、あたしが皆を守る」
「ほう、本当に勇者になるつもりか、お前は」
「なるよ。あなたを倒して、ね」
シエラはモニターの向こうにたたずむ銀の機体をにらみつける。
「とっておきを──見せてあげる」
シエラが凛とした声で宣言した。
サラマンドラが背部バーニアを全開で噴射して突進する。
両肩や腰、四肢に装備された黒い刃状のエネルギーパックが弾け飛んだ。
予備のエネルギーまですべてを使い切ることで可能になる超速機動。
圧倒的なスピードに、機体が悲鳴を上げて軋む。
「ぐっ……うぅっ……」
すさまじい加速Gがシエラの全身に叩きつけられる。
「もっと……もっと速く!」
体が砕けてもいい。
内臓に致命的なダメージが残ってもかまわない。
今、ここで──魔族を倒さなければ、人類に未来はない。
体が内側から押し潰されるような激痛を味わいながら、シエラはさらに深く、フットペダルを踏みこんだ。
同時に、加速レバーをもう一段階上げる。
最高速を超えた最高速。
フレームの軋みが激しくなり、嫌な音があちこちで鳴った。数カ所、折れているかもしれない。
この一撃を放てば、サラマンドラはもう立ち上がれないだろう。
「だから──これで決める!」
シエラは血を吐きながら、叫んだ。
サラマンドラだけではない。彼女の体にかかる負担も、とっくに限界を超えている。
(見てて、ユナちゃん! こいつだけは、あたしが倒すから)
心の中で友に告げ、どこまでも加速する。
さらに。
さらに、もっと──。
常人なら気を失いかねない加速加圧の中で、シエラはなお正確かつ精密にサラマンドラの機体を操っていた。
烈炎槍破。
超人的な操縦技術と動体視力、そして何よりもセンスがなければ使えない秘技だ。
「馬鹿な、速すぎる!?」
驚愕の声を上げるメリーベル。
「人間ごときが──」
「終わりだ、メリーベル!」
突き出した槍の穂先が摩擦熱によって炎を発した。
絶対の自信を持った一撃だ。
シエラは勝利を確信した。
(これで第一層を人間の手に取り戻せる。姫さまやみんなの悲願がようやく──)
刹那、セイレーンの姿が、消えた。
「えっ……!?」
「やるな。『覇王の領域』に入らなければやられていた──」
声は背後からだった。
「そんな──」
シエラは愕然となる。
並の魔族なら反応すらできない超速の斬撃を、信じられないほどの超々反応で避け、サラマンドラの背後に回りこんだのだ。
穂先がかすめたのか、セイレーンの胸部装甲を焼け、ぶすぶすと黒煙を立ち上らせている。
(覇王の領域……?)
メリーベルが告げたそれが、何を意味するのかは分からない。
分かるのは、機体限界と引き換えに放った必殺技が避けられたことだけ。
そして、サラマンドラにはもう戦う力は残されていない、という絶望的な事実だけ。
「いや、まだだ……」
絶望的な状況でなお、シエラは諦めなかった。
「あたしは、負けないっ」
サラマンドラがさらに踏みこむ。
腕が、足が、すべての関節部が悲鳴を上げるように軋んだ。
装甲のあちこちに走る亀裂から火花が散る。
機体が赤熱化し、限界を迎える。
「なぜだ!? なぜ、まだ動ける──」
驚愕するメリーベル。
いつ機能停止してもおかしくないほどに、サラマンドラは満身創痍だ。
それでもなお──限界を超えて、赤い龍王機が駆ける。
「あと一撃──お願い、サラマンドラ!」
グオォォォォォォォンッ!
城内に響く駆動音。
サラマンドラが最大出力で突進する。
赤く燃える槍が、セイレーンの中心部を貫く──。
次の瞬間、大爆発とともに爆風と衝撃波が吹き荒れた。