13 星天世界防衛戦、終結
冥の眼前に黒い無数の粉が浮かび、漂っている。
かつて、魔王ヴァルザーガと恐れられた存在の残骸だった。
あまりにもあっけない──あっけなさすぎる魔王の最期に、声も出ない。
「どうして──」
今や正真正銘、唯一の魔王となった少年に、冥がたずねる。
「ヴァルザーガの役目は君を覚醒させること。そのためだけに僕が再生したんだよ」
「えっ……?」
「わざわざ彼の愛機のコキュートスまで修復して、ね。まあ、僕がここに転移させたエルシオンのコピーには勝てなかったみたいだけど」
「コピー……?」
冥は操縦席を見回す。
どう見ても、愛機としか思えないが、模造機体だというのか。
「本物はクレスティアにあるからね。僕だって万能じゃない。勇者の機体に僕の魔力は通じないんだ」
苦笑する魔王。
「ま、それはいいや。今はヴァルザーガの話だ。
ここまでは役目を果たしてくれたけど、最後の最後に馬鹿な真似をしようとしたからね……日本を消してしまうなんて馬鹿げてる。逆効果だよ。君が立ち直れなくなっちゃうじゃないか」
「な、何を言って……」
「ん? 今言った通りだよ」
魔王が笑った。楽しそうに。
まるで無邪気な子どもそのものの笑顔で。
「クレスティアで──あのお姫さまに断罪されて、君はひどく落ちこんでいた。あのままの抜け殻みたいな君のままじゃ、僕の敵として不足だからね。立ち直ってもらうことにした。だから、君をこのマテリアノヴァまで転移させた」
語りだす、魔王。
「君にもう一度、勇者として目覚めてもらうために。ヴァルザーガはそのカンフル剤として僕が用意した。未だ魔界を漂うやつの怨念を集め、もう一度再生したんだ。そしてマテリアノヴァに送りこんだ。
復讐心に燃える奴は、得意の消滅魔法で大陸を一つ一つ消し始めた。といっても、僕がその直前に大陸を異空間に転移しておいたから、実際には何の被害も起きてないんだけどね」
「えっ……?」
──いくつか発動条件があって、いつでもどこでもってわけにはいかないけど……ちゃんと準備を整えれば、それこそ大陸一つだって転移させられる──
魔王が前に言っていたことを思い出す。
「じゃあ、今まで大陸が一つ一つ消えていたのは──」
「僕が別の空間に転移させていただけ。ヴァルザーガは自分の力で大陸を消していると思っていたみたいだけど、全部、僕の偽装さ」
悪戯っぽく笑う魔王。
「で、さっきまた元に戻したんだよ」
「最初から、大陸は消えたりしていなかった……?」
「安心していいよ。君の世界は無事だ。後で僕が魔法で記憶を改ざんしておくから、大陸消滅の事件そのものも、いずれ人々の記憶から消える」
「……そっか」
話のスケールが壮大すぎて、頭がついていかないが、ともかく世界が無事なのは朗報だ。
「まだよく分からない部分もあるけど……とりあえずは礼を言えばいいのかな」
「礼なんていいって。僕にもメリットがある話なんだから」
魔王はご機嫌な様子だった。
「おかげで僕の欲しいものは手に入った」
「欲しいもの……?」
「憎悪さ。君への」
魔王の無邪気な憎悪から、言葉通りの敵意がにじみ出した。
「命を懸けたお人よし。混じりけのない善意。優しさ。純粋さ。そういうものすべてを僕は憎む」
「…………」
「だから──君を憎む。でもその相手はお姫さまから信じてもらえず抜け殻になった君じゃない。ちゃんと精神的に立ち直った勇者・竜ヶ崎冥だ」
魔王の顔から、いつの間にか笑みが消えていた。
「そんな君が相手だからこそ──同族嫌悪ってだけじゃなく、もっと深く憎むことができる。そして、その憎悪こそが僕を完全体の魔王へと覚醒させてくれる」
「完全体の……魔王」
相手の言葉を反すうし、冥はハッと息を呑んだ。
魔王は、すでに圧倒的な力を持っている。
かつての魔王ヴァルザーガを一撃で消してしまうほどに。
それでも、まだ不完全だというのか。
では、完全体になった魔王は一体どれほど強くなるというのか──。
「じゃあそろそろお別れだ、勇者くん。僕の望みを叶えてくれた礼だ。今度は僕が、君の望みを一つ叶えてあげる」
「僕の……望み……」
そんなものは決まっている。
「クレスティアへ、戻してほしい」
「また勇者として戦うんだね」
「ああ」
うなずいてから、冥は慌てて付け足した。
「あ、それと、もう一つ頼みたいことがあるんだ。あの女の子のことを──」
「とことん、お人よしだね」
苦笑する魔王
「彼女がちゃんと生活できるように手配しておくよ。母子家庭の上に育児放棄みたいだ。遠い親類に彼女を引き取らせるってことでいいかな? 善人みたいだし、ろくでもない母親のもとで虐待とか受けるよりはいいだろ」
「信用して、いいのか」
「ひどいなぁ。僕、約束は守るよ」
「……ごめん」
「ふふ、魔王に謝る勇者っていうのも、なんか変な感じだね」
魔王が笑った。
「心配しなくても、君には万全の状態でいてほしいからね。よけいな心配を残さずにこの世界を旅立てるよう、僕も万全を尽くそう。魔王の名誉にかけて誓う」
「分かった。信じる」
冥はうなずいた。
魔王もうなずき返し、ゆっくりと手を伸ばす。
「じゃあ、行くよ。君をクレスティアに戻す」
魔王の手のひらに柔らかな光が宿った。
その光に包まれた瞬間、冥の意識はゆっくりと薄れ、そして──。
「次に会うときは敵同士だからね。僕の憎しみのすべてを、君にぶつけてあげるよ」
魔王の声を最後に、意識が完全に途絶えた。
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