12 最後の対峙
「ここまでだ、ヴァルザーガ。お前の龍王機にもう戦闘力は残されていない」
油断なく剣を構えながら、冥が告げた。
胴体を斜めに深々と切り裂かれたコキュートスは、傷口から激しいスパークをまき散らしている。
さっきの一撃は動力部にまで達したはずだ。
もはや戦闘能力は残っていないだろう。
「二度までも……このヴァルザーガが、人間に敗れるか……」
ヴァルザーガが無念の声をもらす。
「停滞していた……か。その通りかもしれんな。貴様は、新たな時代の龍王機と戦い、その腕を磨いていたのか。あのときよりもはるかに強くなった──」
「…………」
「認めるしかあるまい。二度にわたり、この魔王を打ち倒した実力……見事だ。貴様こそ勇者の名にふさわしい」
冥はそのときになってコキュートスが後退していることに気づいた。
先ほどよりも、わずかに両機の距離が離れている。
最後の推進力を使い、すぐには気づかれないほどゆっくりと、少しずつ。
(なんだ……?)
嫌な予感がした。
すでに勝負はついている。
にもかかわらず、ヴァルザーガはまだ何かを企んでいる──!?
「余の負けだ。二度の敗北で打ちのめされ、今度こそ余がよみがえることはできまい。精神生命体たる余によって、『敗北感』は決して癒えない傷として残る……」
突然、コキュートスの胸部にあるコクピットハッチが開いた。
そこから飛び出す黒い影。
「だが……ただでは死なんぞ」
中空に浮かんだ魔王が吠えた。
闇の空間の一部がスクリーンのように開き、映像が映し出される。
日本列島だ。
「まさか、お前」
冥はゾッとなった。
嫌な予感がますます強まる。
心臓の鼓動が速まり、息が苦しくなる。
「貴様の故郷だったな。恐怖を与えるために最後まで残してやったが……それも終わりだ」
哄笑するヴァルザーガ。
突き出した手に黒い輝きが宿った。
大陸一つをやすやすと消し去る、消滅魔法だ。
「よ、よせっ……」
慌ててエルシオンを突進させるが、間に合わない。
「貴様は余を殺すだろう。だが、このヴァルザーガを倒したところで、貴様に帰る場所はなくなる……くはははは!」
その手から黒い光球が放たれた。
「させるか──」
必死でエルシオンの剣を投げる。
ありったけの意志の力を込めて。
当たれば、魔王の消滅魔法を吹き散らすこともできるかもしれない。
「届けぇっ!」
冥は叫んだ。
魂を振り絞るような絶叫だった。
その意志の力をまとった黄金の剣が、虚空を突き進み、黒球に迫り──。
すんでのところで、届かない。
「あっ……」
冥は呆然と、黒球の行方を見つめた。
もう止められない。
消滅魔法がスクリーンの向こうに吸いこまれ、日本列島を直撃した。
「ああ……」
あの幼い女の子の顔が、脳裏に浮かぶ。
浮かんで、弾け散る。
(守れなかった──)
絶望が、冥を打ちのめした。
「……えっ!?」
数瞬後、冥は呆然とスクリーンを見つめた。
「なんだと……!?」
ヴァルザーガも同じく呆然とうめく。
日本列島は、消滅していなかった。
いや、それどころか──。
「元に……戻ってる」
消滅したはずの南北アメリカ大陸が、ユーラシアが、アジアが、アフリカが、オセアニアが、南極が──。
元通りに存在している。
まるでヴァルザーガによる大陸消滅などなかったかのように、世界は元の姿を取り戻していた。
「勝てなかった腹いせに世界を滅ぼす、か。やっぱり君はその程度だったんだね、ヴァルザーガ」
不意に、声が響く。
「貴様!」
虚無の空間に現れたのは、冥そっくりの顔をした魔王の少年。
二人の魔王が対峙する。
「なぜ、ここに」
「過去の遺物があまり出しゃばるものじゃないよ」
嘲笑する魔王少年。
「君の出番はもう終わりだ。そろそろ退場のときだね、ヴァルザーガ」
「なっ……貴様!?」
今代の魔王の言葉に、先代の魔王が激怒する。
「侮辱は許さんぞ! 余は誇り高き魔王ヴァルザーガ──」
「さよなら」
魔王少年が片手を突き出す。
黒い稲妻がほとばしった。
同時に、ヴァルザーガの全身が。
ざあっ……。
黒い無数の粉雪のようになって砕け散る。