11 VS堕天の魔導王
「終わりだ、勇者よ!」
コキュートスが振り下ろした剣は──しかし、横合いから突き出された剣によって受け止められた。
「えっ……?」
冥は驚いて視線を向けた。
そこに立っていたのは、白い騎士のような姿の龍王機。
背中から伸びる優美な翼。
そして右手に構えた黄金の剣。
冥の愛機──『九天守護神』だ。
「エルシオン、どうして……?」
ヴ……ン。
エルシオンの双眼がまばゆく光った。
主君にかしずく騎士のようにゆっくりと膝をつく。
胸部のコクピットハッチが開いた。
「乗れってことか」
なぜエルシオンがここまで来たのかは分からない。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
魔王が龍王機で仕掛けてくるなら、こちらも龍王機で立ち向かうだけ。
「いくよ、エルシオン」
愛機に乗りこんだ冥は、魔王の機体と対峙した。
「前に一度戦って、勝った相手だ。今度だって──」
冥はモニターに映る漆黒の機体を見据える。
幸い、エルシオンの中にはすでに起動認証キーである勇者の剣が差しこまれており、問題なく動かすことができた。
「勝てるはず……いや、勝つんだ」
そして、世界を救う。
冥は以前にコキュートスと戦ったときの記憶を思い返した。
大戦当時、エルシオンと並ぶ最新鋭の第四世代機として、最終決戦時に登場した魔王軍最強の龍王機。
並の龍王機の倍近い巨体を誇り、それに比例した強大なパワーを備えている。
戦型は近距離では剣、遠距離では砲、と高い出力と火力を前面に押し出したパワープレイスタイル。
そのスタイルは健在らしく、コキュートスが背中の大剣を抜いて突進してきた。
(パワーは相手が上だ。まともに受ければ、吹き飛ばされる)
冥は動かない。
猛スピードで迫る漆黒の敵機をまっすぐに見据えている。
「砕け散れ、勇者よ!」
コキュートスの巨剣がうなりを上げて振り下ろされた。
エルシオンが下段から剣を跳ね上げる。
黒い刃と金の刃が接触し、虚無の空間にまばゆい火花を散らす。
「くっ……!?」
ヴァルザーガが漏らす、とまどいの声。
冥がわずかに剣の角度をずらし、コキュートスの剣撃をいなしたのだ。
体勢が崩れた敵機に、左の剣を叩きこむ。
「まだだっ!」
だが、その攻撃にヴァルザーガは反応してみせた。
異常なまでの超反応。
さすがに魔王の戦闘能力は伊達ではない。
人間の反射神経では絶対に避けられない斬撃をやすやすと避け、逆に左手の砲を密着状態から放つ。
「ちいっ」
冥は一瞬早くその攻撃を予測し、エルシオンを跳び下がらせた。
真紅に輝くエネルギー流が左足をかすめる。
装甲が焼き焦げる嫌な音が響いた。
「ふん、今のを避けるか。勇者健在というところだな」
魔王がほくそ笑んだ。
ふたたび白と黒の龍王機が突進し、ぶつかりあう。
虚空に閃く無数の斬撃。
バルカンの弾幕と砲の爆光。
戦いは一進一退となった。
人間をはるかに超える反射と運動能力で超絶の白兵戦を仕掛けるヴァルザーガ。
未来を見切るほどの先読みで、その攻撃をいなす冥。
互いに決め手が見つけられない。
と──、
「何っ!?」
背後に嫌な気配を感じて振り返った。
虚空から染み出るようにして、無数の黒い触手が蠢いている。
魔王が己の体の一部を分離させて放ったのか。
まるで漆黒の大蛇を思わせる触手群が、エルシオンに襲いかかった。
前方からは大剣を構えたコキュートスが迫る。
剣と触手の同時攻撃──。
「貴様の機動性さえ封じれば──パワーで勝る余が圧倒的に有利!」
勝利を確信したように、ヴァルザーガが吠えた。
「封じた? 笑わせるな」
冥は背部バインダーの制御レバーを引く。
同時に、エルシオンの翼が跳ね上がった。
その先端に仕込まれた予備の剣が伸びる。
背後から迫る触手をまとめて斬り裂く。
「なんだと!?」
驚愕するヴァルザーガ。
翼を跳ね上げた勢いを殺さず、エルシオンは大きく羽ばいて突進する。
翼の推進力も利用した全速の突撃だ。
「し、しまっ──」
慌てて剣を繰り出すコキュートスより一瞬早く、エルシオンの斬撃が叩きこまれた。
両腕を切断されて、後退する漆黒の龍王機。
「な、なぜだ、貴様の動き……あのときよりも鋭さが増している」
魔王ヴァルザーガが声を震わせた。
「エルシオンの性能が上がったとでもいうのか」
「性能は同じだよ。だけど、僕だって第一層の最新鋭機たちと戦って、ちょっとは鍛えられてるんだ」
冥が言い放つ。
そう、先の大戦のときの自分とは違う。
コキュートスよりはるかに高性能で、はるかにパワーやスピード、火力を備えた敵と渡り合ってきたのだ。
「過去の恨みを抱えたまま、停滞しているお前とは違う!」
エルシオンがふたたび突進した。
翼型のバインダーを開き、すべての推力を前進のために注ぎこむ。
最高速で間合いを詰めるエルシオンに、コキュートスの反応がわずかに遅れた。
そのわずかが、勝負を決める。
「終わりだ、ヴァルザーガ!」
黄金の剣が、コキュートスの胴体部を深々と切り裂いた。