6 出発
「うっ……」
あまりのまぶしさに、冥は思わず目を閉じた。
ゆっくりと光が晴れていく。
「……これは」
目を開けると、冥は白い鎧に身を包んでいた。
腰には小ぶりの剣を差している。
一週間前までまとっていた勇者の装束だ。
「わー、ゆうしゃさまだー」
幼女がはしゃぐ。
「かっこいいー」
「あはは、ありがと」
つい照れてしまう冥。
「正確にはクレスティアで君がまとっていたものとは違うんだけどね。君がイメージを収束させやすいように、外見だけを似せた僕のオリジナルさ」
魔王が言った。
「ただしゴーグルは再現してないよ。あれは僕専用だから」
「あれは別にいいよ。なんか息苦しいっていうか、つけてて窮屈だし」
先の大戦ではあのゴーグルをずっとつけていたのだが、冥はあまり好きではなかった。
「えー、なんかかっこいいじゃん。ロボットアニメの定番の仮面のライバルって感じで」
「……あのさ、どうでもいいけど」
ふと冥は思った。
「クレスティアで勇者の装束の中からゴーグルだけがなくなっていた、ってユナが言ってたんだ。あれはもしかして」
「うん、僕が盗んだ。それがこれ」
と、魔王はゴーグルの耳元あたりを、指先でこんこんと叩いた。
「返さないからね。これは僕の」
「いいよ。いらないから」
冥は苦笑した。
「それより、この装束の力は?」
「ああ、それは正確には多層構造の魔力収束型儀式装甲って言って──ま、難しい説明はいいや。その鎧をまとっていれば、君は自分の意志を『力』として振るうことができる。ヴァルザーガと同じように、ね」
「ヴァルザーガと同じ……?」
おうむ返しにたずねる冥。
「魔力とはイメージする力。意志の力だ。ヴァルザーガは桁違いの魔力──つまり意志の力を備えているからこそ、大陸を消し去るほどの力が出せるんだ。つまり」
と、魔王。
「君がヴァルザーガ以上の意志の強さを持てば、奴を倒すことができる。勇者の装束はその補助に過ぎない」
「すべては僕の心次第……ってこと?」
「そういうことだね。君の意志が奴より弱ければ瞬殺だから。気を付けて」
「……気軽に笑っていうことじゃないだろ」
さすがに憮然とする冥。
だが、どのみち覚悟はしていたことだ。
勝つか、負けるか。
生きるか、死ぬか。
これからヴァルザーガと行うのは、そんな戦いだ。
それに──冥に選択肢はなかった。
やらなければ、世界は滅びる。
「今から悪い奴をやっつけてくるよ。君が……ううん、残った人たちが平和に過ごせるように」
冥は幼女の頭をぽんぽんと撫でた。
かつて幼女だったユナに、よくそうしていたように。
「うん、がんばってね。ゆうしゃさま」
彼女はにっこりと笑った。
「ゆうしゃさまなら、きっとかてるから」
その顔がまたユナに重なる。
「じゃあ、ヴァルザーガがいる場所まで飛ばしてあげるよ」
「飛ばす……?」
「空間転移魔法ってとこだね。僕の得意術式」
魔王が笑う。
「前にクレスティアの西エリアで、君を異空間まで転移させたこともあったでしょ?」
紋章を手にしたときに、極彩色の空間に引きずりこまれた現象のことらしい。
「あれも僕の術だよ。いくつか発動条件があって、いつでもどこでもってわけにはいかないけど……ちゃんと準備を整えれば、それこそ大陸一つだって転移させられる」
悪戯っぽく笑う魔王。
「ヴァルザーガも君も……魔王って、そこまでケタ外れの力を持ってるのか」
「怖くなった?」
「それは……怖いけど」
冥はふうっと息を吐き出した。
「もう決めたから。いいよ、飛ばしてくれ」
「じゃあ、ご武運を。勇者くん」
魔王の右手から極彩色の輝きが弾ける。
──次の瞬間、冥は暗い闇の空間に移動していた。