3 終末へのカウントダウン
『今日はユーラシア大陸が消滅しました。昨日の北アメリカ大陸と同様、空に突然黒い何かが広がり──』
「今日もニュースはこればっかりだな。当たり前だけど」
冥はニュースの画面を消し、ため息交じりに家を出た。
用事があるわけではないが、家でこんなニュースばかり見ていたら、気が滅入ってしまう。
他県にいる両親とは、何度か連絡を取ろうとしたが、結局電話がつながらなかった。
「一日に一つずつ大陸が消えていく、ってことなのかな……」
じっくりといたぶるように人類に恐怖を与え、最後には世界を消し去る──。
それが復活した先代魔王ヴァルザーガの狙いではないか、と『魔王』の少年は言っていた。
「戻ってきた早々、世界滅亡の危機なんて……突然すぎて実感が湧かないや」
はあ、と二度目のため息をもらしながら、通りに出る。
道路はどこも渋滞しているようだった。
ときどき苛立ったようなクラクションの音が聞こえてくる。
いずれも避難しようとする人たちだ。
電車や飛行機なども軒並み満席だとニュースで伝えていた。
昨日からずっとこんな感じだ。
「今さらどこへ逃げるっていうんだろうね」
冥はどこか他人事気分だった。
学校は臨時休校になっていたが、官公庁や大手の企業などはこんなときでも働いているらしい。
日本人らしいというか、なんというか。
──今度はクレスティアじゃなく、このマテリアノヴァを救うんだ、勇者くん。
昨日の魔王の言葉が耳から離れない。
「僕には……無理だよ」
冥は空を見上げた。
世界滅亡の危機が迫っているとは信じられないくらい、雲一つない爽快な青空。
「世界を消し去る力を持った魔王と戦うなんて」
──ヴァルザーガに立ち向かう準備をしておくから。五日後にまた来るよ。
そう言って、魔王は姿を消した。
「不可侵にして破壊を統べる魔王ヴァルザーガ……か。僕、あんな奴によく勝ったな……」
冥は苦笑する。
もっとも、クレスティアでは、ヴァルザーガも世界を消すような力を発揮できないそうだから、龍王機で立ち向かうこともできた。
だが、ここにはエルシオンがない。
いや、仮にエルシオンに乗ったとしても、そんなデタラメな力を持つ相手に勝てるとは思えない。
「僕にどうしろっていうんだ」
冥は闇の中にいた。
「許せない」
険しい顔をしたユナが、彼を断罪する。
「私を騙していたんですね」
「ち、違うんだ、僕は」
「卑怯者」
背後を振り返ると、そこにもユナの姿。
「信じてくれ、ユナ。お願いだから──」
「うそつき」
「偽物」
さらに右に、左に、次々とユナが現れる。
無数の少女から、同時に罵声を浴びせられる──。
気が狂いそうだった。
大切に想っていた少女から──信じてほしいと一番願う相手から、どうしても信じてもらえない苦しみが、悲しみが、絶望が。
「違う……」
僕は偽物じゃない。
「違う……」
僕は魔王じゃない。
「違う……」
勇者だ。
人を守るために戦い、世界を救うために戦った。
だから、信じて。
君を裏切ったりしないから。
絶対に、裏切ったりしないから──。
「ユナ、お願いだ。僕を信じて──!」
思わず叫んだところで目が覚めた。
「……夢か」
ゆっくりと上体を起こす。
何をするでもなく一日を過ごし、いつの間にか眠り、今は真夜中だった。
「ふう」
ため息をついて布団から出ると、冥は窓を開けた。
マンションの五階から見える夜景は、いつも通りにきらびやかだ。
世界から大陸が一つ消えたなんて信じられない。
だが、それでも──世界は確実に、破滅へと向かっていた。
『今日はアフリカ大陸が消滅しました──』
『今日はオーストラリア大陸を始めとするオセアニア一帯が──』
『今日は南アメリカが──』
連日、大陸が一つずつ消滅していく。
冥には何もできない。
できるはずがない。
戦おうという気力さえ湧かなかった。
冥の心を支配しているのは、諦念だった。
いや、その諦念はもっとずっと前から──クレスティアでユナに断罪されたときから──続いているのかもしれない。
そして今日、南極が消滅した。
世界中のほとんどが海に覆われ、残ったのは日本列島だけだ。
たぶん、日本も明日には消し飛ばされるのだろう。
冥のいるこの国を最後に残し、恐怖でいたぶる──。
それが魔王ヴァルザーガの復讐だ。
「いよいよ明日か」
家にいても憂鬱になるばかりだ。
冥はため息をついて、外に出た。