3 VS焔の烈神龍
「なんだか懐かしいな」
龍王機の操縦席に座るのは三年ぶりだ。
二本の操縦桿、ぎっしりと並ぶ計器、足元に設置された二つのフットペダル。
いずれも先の大戦で慣れ親しんだエルシオンの操縦席と基本的な作りは同じだった。
上手く操縦できるんだろうか、という不安が込み上げる。
かつて魔王と戦ったときには、冥が操るエルシオンは無敵を誇った。
苦戦した覚えすらほとんどない。
だが三年というブランクが、どう出るか。
ごくりと喉を鳴らして前面のモニターを見据える。
モニターには巨大なホール──模擬戦用の専用闘技場だ──が映し出されていた。
二十メートルほどの距離を置いて、真紅の龍王機が見える。
シエラの愛機である『焔の烈神龍』。
この世界における龍王機は希少品である。
連合には全部で八機が配備され、その中でも最強の機体なのだとか。
「じゃあ、いくねっ」
シエラの掛け声とともに、サラマンドラが突進した。
速い──!
かつて勇者として魔族の龍王機を幾度も戦ってきた冥だが、そのどれよりもシエラの愛機は速い。
十年の間に、それだけの技術革新が起こったということなのか。一瞬のうちに間合いを詰められてしまう。
「もらいっ」
サラマンドラの槍が孤を描いて繰り出された。
「ちいっ」
冥は舌打ち混じりにディーヴァを後退させる。
間一髪。
鋭い穂先にガリガリと胸の装甲を削られながらも、ディーヴァは致命の一撃を避けた。
「へえ、あれを避けるんだ。さっすが勇者さま」
シエラの声が楽しげに弾む。
「じゃあ、次は本気でいくね」
(えっ、さっきのは本気じゃなかったの……!?)
冥の全身がこわばった。
赤い機体が龍の咆哮に似たうなりをあげる。
龍王機のジェネレーターを全開にしているのだ。
次の瞬間、サラマンドラが猛スピードで間合いを詰めてきた。
突く。薙ぐ。払う。
繰り出される槍撃はそのすべてが必殺の威力を持っている。
「くうっ……」
冥は避けるのが精一杯だった。
やはりエルシオンとディーヴァでは操縦の感覚がまるで違う。
いや、それ以前に──龍王機を操縦するのは三年ぶりなのだ。
(思い出すんだ、あのときの戦いを)
龍王機は特殊な指向性を備えた精神力=魔力をエネルギー源とする魔導兵器。
おおざっぱに言えば、魔力とはイメージする力である。
そして龍王機の操縦方法は、なぜか彼が現実世界のゲーセンでやりこんできたロボットアクション格闘ゲームと酷似していた。
そのため、龍王機に関して、冥はゲームと同じイメージを持って操縦することができた。
しかも、彼はそのゲームで全国大会三連覇を果たした無敗の王者。
その操縦は、相手が人間だろうと魔族だろうと追随を許さないほどのレベルだった。
冥が前の対戦で魔王や魔族を相手に無双できたのは、そこに理由がある。
(思い出せ、もう一度)
突き出された槍をバックステップで避けた。
「逃がさないっ」
サラマンドラが追撃のガトリング弾を放つ。
無数の弾丸が左肩をかすめ、装甲の一部を吹き飛ばした。
「強い──」
気が付けば、冥は微笑んでいた。
全身が熱く燃え上がるような高揚感を覚えていた。
魔王を倒して空の三年間、冥はただ教室の隅でくすぶっているだけだった。
やりたいこともなく、やるべきこともなく。
心を燃え立たせるようなことは、何一つなく。
でも、今は違う。
生きている実感があった。
現実の世界よりも、この幻想的な世界のほうがずっと。
グオォォォォォォォォォンッ!
ディーヴァが、咆哮した。
機関部が最大出力で唸る。
冥の闘志──魔力の高まりに、機体が応え始めていた。
「勝負はここからだ、シエラ」
冥は爛々と輝く目を眼前の赤い龍王機に向けた。
※ ※ ※
勇者と、戦える──。
幼いころからの夢が叶い、シエラは高揚していた。
「遠慮はしないからね、勇者さまっ」
繰り出した槍がディーヴァの右肩をかすめる。
だが、浅い。きらびやかな装甲の表面をわずかに裂いただけ。
さらに二撃目の薙ぎ払い、三撃目の打ちこみ、いずれもディーヴァの機体をとらえきれない。
紙一重で、いなされている──。
一方的に押しているように見えて、実はそうではないことに、シエラは気づいていた。
自分の動きがすべて見透かされているような、不気味な感覚。
しかもディーヴァの機動はどんどん鋭さをましている。
(初めて龍王機に乗るはずなのに、すごい早さで順応してる)
まるで龍王機に乗り慣れているかのような──熟練の操縦を感じさせた。
「嬉しいよ、勇者さま。そうでなくっちゃね」
思わず微笑みが漏れる。
──十年前、幼い彼女は勇者の戦いを目にした。
伝説の龍王機エルシオンに乗り、魔族の龍王機を次々と撃墜していく雄姿を。
その姿に憧れ、龍王機の乗り手を目指すようになった。
天才的な槍の腕前を認められ、王立アカデミーに入校。
やがてその才能を開花させ、今では人類連合のエースとしてサラマンドラを駆る騎士となった。
そして今、目の前には『勇者』がいる。
もちろん、幼いころに見た勇者とは別人だし、そもそも先の勇者は今では魔王として君臨している。
だがそれでも、シエラにとって『勇者』という存在は憧れであり、目指すべき目標であることに変わりない。
「だから──あたしは、あたしのすべてをぶつける。そして勝つ!」
シエラの宣言ととともに、サラマンドラが槍を上段に構えた。
しゅうっ、と各部の装甲から排熱風が吹き出す。
四肢の関節を限界までたわめる。
龍王機の骨格ともいえる内部フレームが軋み、悲鳴を上げる。
「あたしのとっておき、いくね」
吠えて、地を蹴るサラマンドラ。
背中のバーニアから真紅の炎が噴き出した。
両肩、両腕、両腰、両足に装備された黒い刃状のエネルギーパックが弾け飛ぶ。
予備のエネルギーまですべて注ぎこみ、機体の限界を超えた速度での超速突進。
常人なら機体を操ることさえできない加速領域で、シエラは正確に、精密に、サラマンドラを操縦する。
「避ける間もないスピードで──貫く!」
超音速で突き出した槍の穂先が灼熱の炎に包まれた。
烈炎槍破。
槍の天才であるシエラが、その天才ぶりをいかんなく発揮して編み出した秘技だ。
赤く輝く穂先がディーヴァの胸元に突き込まれ──、
「えっ!?」
次の瞬間、シエラは驚愕の声を上げた。
眼前からディーヴァの姿が忽然と消え失せたのだ。
「だいたい思い出せたよ」
声は、背後から響いた。
「なっ……!」
慌てて振り向くと、そこには勇者の壮麗な機体がたたずんでいる。
「あの一瞬であたしの背後に回り込んだの……!?」
「龍王機の動かし方と、自分の意志──魔力の注ぎ方を」
告げて、今度はディーヴァが地を蹴った。
速い──!
シエラは息を呑んだ。
ディーヴァの動きはほとんど白い閃光にしか見えなかった。
繰り出された剣をかいくぐるようにして避けられたのは、半分はシエラの卓越した操縦技術、もう半分はただの幸運だった。
「さすがだね。なら、これで──」
感嘆の声とともに、冥がさらに斬撃を放つ。
「そんな!? 速すぎる!?」
相手の動きについていけない。
ディーヴァがいくら最新鋭機とはいえ、サラマンドラも見劣りしないだけの性能を備えている。
ここまでの速度差があるはずもなかった。
「つまり、これは──」
シエラが唇を噛みしめる。
純粋に、乗り手としての腕の差──。
戦慄した瞬間、サラマンドラの胸部にディーヴァの剣が突きつけられた。
もし冥がその気なら、コクピットごと貫かれていただろう。
「……ふう、完敗」
静かに槍を下ろす。
悔しさと、憧れていた相手のすごさと、清々しさが混じり合った不思議な気持ち。
負けたけど、なぜか気持ちがいい。
ディーヴァに乗っている冥は、今どんな顔をしているだろうか?
戦いの疲労か、興奮か、それとも。
今の自分と同じように、清々しい気持ちだろうか。
「やっぱりすごいんだ、勇者さまって」
※ ※ ※
その日の夜、城で宴が開かれた。
勇者を歓迎するパーティということだ。
とはいえ、並ぶ食べ物は決して豪華とはいえない。かつて冥が一度目に召喚された際は、驚くほど豪勢な歓迎パーティだったのだが、それとは比べるべくもない。
つまりそれだけ人類は追い詰められ、貧窮しているのだろう。
魔王軍の前に──。
「さっきは完敗だったよ、勇者さま」
シエラが話しかけてきた。
「でも、全力でぶつかって──負けて悔いなしって感じ」
晴れ晴れとした笑みを浮かべる。
見ているだけで、こちらまで気持ちよくなる笑顔だった。
「ねー、どうやったら、あんな操縦ができるの?」
「うーん、相手の龍王機のちょっとした挙動から、次の動きを先読みしたりとか、間合いを計って攻撃のタイミングをズラしたりとか、えっと」
「へー、初めての操縦でそこまで会得してるなんて、やるねー」
シエラは感心しきりといった感じだ。
「先読みかー。あたし、反射神経に任せて動いてるから、もっと頭を使って戦えって、アカデミーの教官によく怒られたんだよね」
「運動神経よさそうだもんね、シエラって」
「そーそー、運動は大得意っ」
シエラがにっと笑う。
「でも、これからは色々考えなきゃだね。もっと操縦上手くなりたいし。あ、そうだ、今度あたしにも教えてね、勇者さま」
「う、うん」
シエラがぴったりと体を寄せてきて、冥はドギマギだった。
鍛えた騎士とはいえ、やはり女の子。
触れ合う体の感触は柔らかく、しなやかだ。しかも花の香りのようないい匂いが漂ってきて、ますますドギマギしてしまう。
「まったく勇者というのは、どうしてこう──誰も彼もが女好きなのかしら」
気が付くと、ユナがじとっと冥を見ていた。
慌ててシエラから体を離す。
「えっ、そ、そういうわけじゃ……」
「あまり鼻の下を伸ばさないでくださいね。かつての勇者もそうでした。何人もの女性から好意を抱かれ、まるでハーレムのように……そうそう、四英雄の乙女たちも全員が勇者の虜でしたね」
「四英雄か……」
前大戦で勇者と共に戦った、四人の少女騎士たち。
いずれも凄腕を誇る龍王機の乗り手たちだ。
(皆、どうしてるんだろう)
懐かしい思いと、心配な気持ちとが同時に込み上げる。
「あの、ユナ……四英雄の人たちって、今は──」
「えー、勇者さま、あたしのことそーいう目で見てたの?」
冥がたずねようとしたところで、シエラがくすくす笑う。
「ち、違うってば、僕は──」
「なんだか照れるなー。でも悪い気はしないね。えへへ」
はにかんだ笑みを浮かべるシエラは可愛かった。思わず見とれてしまう。
「……やっぱり、鼻の下を伸ばしてます」
ユナがますます不機嫌そうな顔をした。
「どうしてユナは勇者を嫌うの?」
思いきって聞いてみた。
「嫌ってなどいません。第一、王女である私が勇者さまに対して私情を挟むなどあってはならないことです」
「ユナの立場ならそう言わざるを得ないかもしれないけど」
そっと顔を近づける。
「な、なんですの」
戸惑ったように顔を赤らめるユナ。
「ここなら周りに人はいないし。少しくらい本音を話しても大丈夫だよ」
冥は耳元にささやいた。
「なんだか色んな気持ちを一人で抱え込んでるみたいだし」
今のユナは強いけれど、脆い。
そんな儚さを感じてしまうのだ。
張り詰めすぎた糸というか、今にも切れてしまいそうだ。
それが、心配だった。
「……見透かしたようなことを言いますのね」
「本当のユナは、もっと天真爛漫で、まっすぐな女の子だと思うから」
脳裏によみがえるのは、幼女だったころのユナだ。
あのまっすぐな瞳は、十年の月日が経った今も変わることはない──と信じたい。
「……そういうところも似ていますわね。あの男に」
ユナがジロリとにらんだ。
これでクレスティアに来てから、彼女にらまれるのは何度目だろうか。
冥は軽く苦笑する。
「私はあの男を絶対に許しません。勇者として多くの人々を信頼させ、英雄となった。その信頼を裏切った──あの男を」
「裏切った?」
そういえば、召喚されたときにも同じようなことを聞いた気がする。
「なぜなら」
ユナの口調が強まった。
氷のように冷たい瞳で冥を見すえる。
背筋が凍りつくようだ。
「今、この世界に攻め入っている魔王──その正体こそ、かつての勇者なのですから」