2 世界の危機
『繰り返します。先ほど北アメリカ大陸が消滅しました』
あまりにも唐突なニュースに、冥はあ然として画面を見つめた。
『これは映画でも特殊映像でもありません。こちらをご覧ください』
映像が切り替わり、外国らしき風景──おそらくアメリカ合衆国だろう──が映し出される。
その上空に、空間から染み出すように黒いなにかが現れた。
まるで闇そのものを凝縮したような、漆黒の球体。
黒球は地面に落下して弾け散り、黒い霧となってすさまじい勢いで広がっていく。
次の瞬間、すべてが消えていた。
アメリカ大陸があった場所は広大な海に変わっている。
あまりにも。あっけなく。
大陸一つが消滅したのだ。
「な、なんだこれ……?」
冥はますます呆然となって画面に釘付けになる。
北アメリカ大陸が消滅?
そんなことはありえない。それこそ、アナウンサーは否定していたが、特殊映像を見せられているとしか思えないの──。
「間違えてドラマに切り替えちゃったのかな」
冥は苦笑して別のチャンネルに切り替えた。
『北アメリカ大陸消滅のニュースは、世界各国に衝撃を与えています。アメリカ合衆国の消滅で、世界の経済、社会、軍事などさまざまな面で計り知れない影響が出るとみられ、政府は現在、情報収集に全力を尽くすという声明を──』
さらに別のチャンネルにしても、やはり同じニュースだ。
「て、手の込んだドッキリ……だよね、はは」
さらに別のチャンネルに変える。
やはり、そこでも同じニュースだ。
全部のチャンネルを見てみたが、どこも『北アメリカ大陸が突然消滅』のニュースを報道していた。
「ドラマじゃない……!?」
ドッキリの可能性も考えたが、さすがにすべての民放や国営放送局までが示し合わせて、そんなことをするとは思えない。
「どうなってるんだよ、これ……」
冥はパニック状態だった。
「世界の危機という奴だね」
突然、声が響いた。
床から黒い霧のようなものが染み出してくる。
「えっ……?」
二メートルほどの高さにまで伸びた黒い何かは、いったん弾けて収束する。
フードとローブをまとった人のような姿を取った。
「しばらくだね、勇者くん」
「君は……!」
冥は驚いて人影を見つめる。
「あのときの──」
西エリアの紋章を取り返した際、不思議な空間に飲みこまれた。
そこで出会ったのが、目の前の人影だ。
「なんで、ここに……? いや、そもそも誰なんだよ、君は」
「先代勇者でも魔王でも、好きなように呼べばいい」
フードをゆっくりと下ろす。
現れたのは、冥にそっくりの顔だった。
ただし目元を覆うような黒いゴーグルをつけているのが、大きな違いだ。
「僕……?」
「ややこしいから魔王でいいや。魔王って呼んでよ。なんかカッコいいし」
「……ノリ、軽いね」
呆れる冥。
胸の中に、不思議な安堵感が訪れた。
(あれ、なんだ……この気持ち)
自分でもそんな気持ちになるのが不思議だった。
(僕、喜んでる……?)
魔王とはいえ、クレスティアに関係のある存在が現れたことが、なぜか嬉しい。
「余はあまねく闇を統べる者。死と恐怖を司る支配者。君臨せし魔界の王」
ばさり、とローブをはためかせ、魔王が苦笑した。
「──なんて仰々しいのは趣味じゃないんだ。先代魔王のヴァルザーガとは違ってね」
「ま、まあいいけど……」
どういったノリで接すればいいのか困る魔王だった。
「どうして、こっちの世界に魔王が……?」
「ん、魔王っていうのは、そもそも『星天世界』からやって来た存在なんだよ。ここは、いってみれば僕の生まれ故郷だね」
「マテリア……ノヴァ?」
「あれ、知らないんだ? 勇者なのに?」
「悪かったね」
「あはは、ごめんごめん。拗ねないでよ」
魔王が親しげに笑った。
「『心の力』が重きを占める階層世界クレスティアに対して、『物質』が重きを占めるこの世界を、マテリアノヴァって呼ぶんだ。他にも神々の住む『天上界』とか負の想念の吹き溜まりである『魔界』とか、世界はいくつもの様態が折り重なり、存在している──」
完全に説明モードの魔王。
「いくつもの世界がある、ってこと?」
「そういうこと。少し話が脱線したね。じゃあ、世界の危機について説明するよ」
魔王は引き続き説明モードに入った。
「かつての大戦で勇者に討たれた魔王──もちろん僕じゃなくてヴァルザーガのほうだよ──は、完全に消滅していなかった。君に討たれる瞬間に残した強烈な憎悪のエネルギーは魔界で力を蓄え続けた」
「強烈な、憎悪……」
おうむ返しにつぶやく冥。
『たとえ肉体は滅びても、この意志は滅びぬ。いずれ必ず──もう一度、この世界に……』
ヴァルザーガが討たれたときの、最期の言葉を思い出す。
「そして、ようやく力を取り戻したんだ。で、手始めに勇者の故郷であるこの世界を滅ぼすことにしたのさ。復讐のときが来た、って意気込んでね」
「えっ、じゃあ、アメリカ大陸が消えたっていうのは……」
「そ。ヴァルザーガの仕業」
魔王が平然と告げた。
さっき見たニュースを思い出す。
──突然、上空に出現した黒い何かが大陸を飲みこみ。
──あっという間に大陸そのものを消滅させてしまった。
「それがヴァルザーガの暗黒魔法だ」
魔王の説明に、冥は言葉が継げなかった。
こともなげに大陸一つを消滅させる力。
ヴァルザーガとは、それほどまでに圧倒的な存在だったのか。
以前の大戦では、互いに龍王機に乗って戦ったため、分からなかった。
「……っていうか、龍王機に乗らないほうが強いんじゃ?」
素朴な疑問をぶつけてみる。
「色々と制約があるんだよ。力を振るうにも、ね」
言葉を濁す魔王。
「クレスティアではできないことがこっちではできたり、こっちではできないことがクレスティアでできたり──ま、少なくとも大陸を消滅させるなんて真似は、向こうの世界では無理だね。ヴァルザーガにも。僕にも」
「……そうなのか」
「ま、それはともかく、この世界のヴァルザーガはとんでもない破壊の化身だってことさ。仮に世界中の軍隊が束になってかかっても、一瞬で吹っ飛ばされるだろうね。ヴァルザーガがその気になれば、今この瞬間にだって世界は滅ぶ」
「そ、そんな……」
「で、世界を救うことができるのは、君だけだって話さ。これが、僕が言いたかった本題」
黒いゴーグル越しに魔王が冥を見つめた。
「今度はクレスティアじゃなく、このマテリアノヴァを救うんだ、勇者くん」





