10 暗転
「あなたはまさか、先代の勇者……!?」
ユナがキッとした顔で糾弾した。
「いえ、魔王! まさか勇者のフリをして、私たちの陣営に潜りこむなんて──」
「ち、ちょっと待ってよ、誤解だって」
冥は慌てて弁解する。
だが、実際は誤解とは言い切れない。
先代勇者イコール魔王というのは誤解だが、冥が先代の勇者であることは事実だ。
「えっと、どう言えばいいかな。とにかく僕は、魔王なんかじゃ──」
「振り返ってみれば、おかしな点はいくつかありました」
冥の言葉をさえぎって、ユナ。
「召喚されたばかりの異世界なのに妙に馴染んでいたり、エルシオンの名前をはじめから知っていたり、おまけに私が先代の勇者に言った言葉を知っている節もありました」
「そ、それは」
思わず言葉に詰まる。
「いずれも異世界から来たばかりの人間が知りようのないこと。ですが、あなたが先代の勇者と同一人物であれば、うなずける話です」
「いや、だから違うんだ……」
なんて説明したらいいのだろう。
冥自身も突然のことに上手く言葉がまとまらなかった。
ひと月前、突然異世界から現れ、魔王となってクレスティアを侵略したという『先代の勇者』。
それは一体、誰なのか──。
むしろ知りたいのは冥のほうだ。
「えっと……そうだ、先代の勇者って前に召喚されたときは十三歳だったんだから、今は二十三歳でしょ? ぼ、僕とは年齢が一致しないよ」
必死で反論を試みた。
ユナは無表情に冥を見据えた。
「なぜ知っているのです?」
沈黙が流れた。
潮風がユナの桃色の髪を揺らす。
「えっ?」
「私は先代の勇者の年齢を一度も言っていません。なのに、なぜ知っているのかと聞いています」
ますます険しい顔でユナが詰め寄った。
(し、しまった、墓穴を掘った……!?)
視線のプレッシャーに押されて後ずさる。
「先代の勇者は異世界の人間。そして異世界とこの世界では時間の流れが異なります。私たちの世界での十年が、向こうでは三、四年に過ぎなかった……と考えれば辻褄はあうでしょう? そう、ちょうどあなたと同じ年齢ですね」
「それは……」
反論したつもりが、ますます疑いを強めてしまった。
「そして、その痣が何よりの証拠です。私は以前に、先代の勇者の首筋にそれと同じ痣があるのを見ました……召喚したときに、その……」
当時のことを思い出したのか、顔を赤らめるユナ。
異世界から勇者を召喚する際、召喚魔法を使う者も、呼び出される者も、一糸まとわぬ姿になってしまう。
当然、一度目に召喚されたときも、冥は素っ裸で同じく全裸のユナと対面したのだ。
そのときの彼女は今よりも十歳若く、つまりは幼女だったわけで──。
(うわわ、思いだしたら、僕まで恥ずかしくなってきた)
脳裏に浮かぶ回想を慌てて振り払った。
当時はあまり意識していなかったのだが、こうして成長したユナを前にすると、また違った気恥ずかしさが芽生えてしまう。
「また私たちを裏切るつもりですか」
ユナが険しい表情に戻った。
「私は……今までの、あなたの戦いぶりを見て心が震えました。旧型の機体を補う素晴らしい技術、戦いぶり、そして何よりも──命を懸けて私たちを守ってくれた勇気に……」
蒼い瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「勇者に裏切られたことは、今でも私にとって心の傷です。でも、あなたは先代とは違う。信頼できる人だ、って──そう思い始めていたのに」
「聞いて、ユナ」
「冥は言いました。『僕を信じてほしい』と。私は今まで一緒に戦ってきて、その言葉を信じられるかもしれないと思った。なのに、あなたはその気持ちを踏みにじった。私を、二度も騙した!」
ユナが叫ぶ。
冥の言葉も耳に入らないようだ。
「騙したりなんかしない! 僕は、誰も──」
「許せない」
冷え冷えとした声で、ユナが告げた。
指先を冥に向ける。
「君臨せし者、紅玉の錫杖、黄金の桂冠、翡翠の指輪──」
呪文とともに、指先に緑色の輝きが収束していく。
ユナの瞳には怒気と──殺気が籠もっていた。
(ユナ、本気だ……)
背筋がゾッとなった、
本気で、冥に向かって魔法を撃とうとしている。
「ま、待って、ユナ! 僕は──」
「問答無用! 『光輝の魔弾』!」
放たれた魔法の光弾を、冥は間一髪避けた。
「う、うわっ……」
だが、その拍子にバランスを大きく崩してしまう。
欄干から大きく身を乗り出した。
切り立った崖が視界に入る。
「絶対に許しません、偽勇者!」
ふたたびユナが攻撃魔法を放った。
仰け反るようにして避けるものの、さらにバランスが崩れる。
もはや踏ん張ることができない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
冥は崖の下までまっさかさまに落ちていった。
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