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9 瓦解の序曲

「ふうっ、いい風」


 冷たい夜風が火照った体に心地よい。


 ユナによる兵士への激励の後、決起集会代わりの宴が行われた。

 兵士たちの意気も高く、決戦に向けて連合全体で盛り上がっている雰囲気だ。


 冥は中座して、城のバルコニーにたたずんでいた。


 西エリア沿いの海辺に建てられた白亜の古城。

 かつては第一層の王族が住み、この階層を治めていたそうだが、魔王軍の侵略を受けて王族はそのほとんどが魔族に変えられてしまったという。


「東エリアを攻略すれば、その人たちも魔族から人間に戻せる。また平和な階層になるのかな」


 眼下に広がる切り立った崖を見下ろしながら、つぶやいた。


 世界を救う勇者、という自分の立ち位置には、いまだに実感が湧かない。

 それでも魔族に人々が虐げられているのは許せないと思うし、自分に世界を救う力があるなら、そういった人たちを助けたいと思う。


 それが叶うまで、あと一エリア。


 もちろん、第一層を解放してもまだ七つの階層が残っている。

 魔王軍との戦いはこれからも続くだろう。


「それでも──まずは一歩、か」


「あ、こんなところにいたんだ。勇者さまの姿が見えないから、どこ行ったのかと思った」


 振り返ると、笑顔のシエラがいた。


 今日はいつもの騎士鎧ではなくドレス姿だ。

 赤いドレスは胸元が大胆に開いており、豊かに盛り上がった胸の谷間があらわになっていた。

 宴の熱気にあてられたのか、シエラはほのかに顔を上気させている。

 普段は凛々しい少女騎士が、可憐さとほのかな色香を漂わせる。


 思わずドキッとなった。


「ねえ、勇者さま、ちょっと付き合ってほしいんだけど~」


「つ、付き合う?」


「あ、付き合うって言っても、交際してって意味じゃないからねっ」


 シエラが口早になって付け足した。


(あ、そうだよね。当たり前か。何を意識してるんだ、僕は)


 いつも以上に可愛らしいシエラの姿に、ついドギマギしてしまった。


「えっと、サラマンドラを動かすのも久しぶりだし、模擬戦で実戦感覚を取り戻しておきたいと思って」


 そんな冥の内心に気づいているのかいないのか、シエラはあたふたと慌てたように手を振っている。


「うん、いくらでも付き合うよ」


「えへへ、誤解させるような言い方しちゃってごめんね。だいたい、あたしなんかと付き合ってって言われても迷惑だよね」


 シエラがため息交じりに苦笑する。


「子どものころから槍の修業ばっかりしていたし、王立アカデミーでは朝から晩まで龍王機の操縦訓練だったし、女の子らしい魅力なんて、全然ないもんね……ご、ごめんね……あたしなんて……あたしなんて」


「迷惑なんかじゃないよ」


 いつも前向きな彼女も、恋愛方面にはネガティブらしい。


「大丈夫。シエラは十分魅力的な女の子だと思う」


「えっ……」


 冥がにっこりとフォローする。


 そう、いつも明るくて、見ているだけでこっちまで元気になれる。

 そんな内面の魅力はもちろん、容姿だってとびっきりの美少女だ。


「だから自信を持って──って、シエラ?」


 シエラは耳元まで顔を赤くしていた。

 今にも湯気が出そうだ。


「え、えっと……?」


「み、みみみみみみみ魅力的ですとっ!?」


 よほど動揺したのか、口調がおかしくなっている。


「う、うん、可愛いよ」


 シエラの動揺っぷりに、冥まで思わず動揺してしまう。


「か、かかかかかかかかかかかか可愛いですとぉぉぉっ!?」


 やけに反応がオーバーだ。

 だけど、そんな素直なところが彼女の魅力なのかもしれない。


「えへへ、ごめん。つい動揺しちゃった。可愛いなんて言われ慣れてなくて」


 くすりと噴き出した冥に、シエラもはにかんだような笑みを浮かべる。


「それに勇者さまに言われると、嬉し恥ずかしいっていうか──」


「こほん」


 背後で咳払いが聞こえた。


「ちょっと食いつきすぎではありませんか、シエラ?」


 振り返ると、ユナが立っていた。不機嫌そうな顔だ。


「それでは、冥に誤解されますよ。殿方に対してはもう少し慎ましい態度を身に着けることですね」


「別に誰にでもするわけじゃないし。あたしは、勇者さまにしか……あわわ」


 言いかけて、シエラは真っ赤になった。

 ユナがじろりと彼女をにらむ。


「……まさか、あなた、冥のことを」


「えっ、あ、ち、違うよっ!? それは戦いのときは凛としてるし、でも普段はけっこう可愛いし、あ、でもでも、だから意識してるとかそういうことはあったりなかったり」


 しどろもどろになるシエラ。

 ますます顔が真っ赤だ。


「戦いでは一騎当千のあなたも、恋愛方面はまるで初心ですね……」


 ユナはがため息をつく。


「だ、だから違うってば、もう~。えっと、あたし……あ、そうだ、サラマンドラの整備でもしてくるね。しばらく乗ってないから、いろいろ見ておきたいし~」


 ますます顔を赤くして、シエラは逃げるように去っていった。


「あの反応……まさかすでにシエラに手を出しているのではないでしょうね、冥」


「そ、そんなわけないでしょ!」


「勇者という輩は女性にだらしないですから」


 ユナはジト目で冥をにらんでいる。

 どうも彼女は必要以上に勇者を警戒し、敵視しているようだ。前の勇者(といっても、正体は冥なのだが)に裏切られたことが尾を引いているのだろうか。


「シエラは本当に素直でいい子です。妙な真似をしたら、この私が許しませんから」


「友だち想いなんだね、ユナって」


「友だち……」


 つぶやいたユナの顔に、かすかな微笑が浮かんだ。


「あら……怪我をなさっているのではありませんか、冥」


 と、心配そうな表情を浮かべる。


「怪我?」


「ほら、首のところに……この間の戦いでぶつけたのでしょうか?」


 ユナが冥の首筋を指差した。


「ああ、これは生まれつきなんだ」


 そこには三センチほどの大きさの痣がある。

 見ようによっては剣にも見える、細長い十字型の痣。


「…………」


 ユナがうつむいて黙りこんだ。


「ユナ?」


 怪訝な思いで彼女を見つめた。


「もう一度、見せていただいてよろしいですか?」


 ユナが近づいてくる。


「剣の形の痣……!」


 つぶやき、蒼い目を見開く。


「以前に見たことがあるんです。召喚魔法で呼び出した勇者は……その……裸になってしまいますから……」


 わずかに頬を赤らめ、それから、キッと表情を引き締めて冥を見すえる。


「ユナ、何言って……?」


「あの人の首にも同じ痣がありました」


 ユナの瞳に激しい炎が灯っていた。


「あなたはまさか、先代の勇者……!?」

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