8 北エリア攻略、そして決戦へ……
その後、敵の要塞攻略戦はあっけなく終わった。
要塞を守る龍王機をすべて倒した以上、魔族兵だけでエルシオンを止めることなどできはしない。
苦戦らしい苦戦もせずに制圧することができた。
「紋章が安置されているのは、最深部のようです。行きましょう、冥」
ユナはエルシオンから降りた冥に声をかけた。
黒髪に、少女のように柔和な顔立ちの線の細い少年だ。
かつての勇者とその面影が重なる。
(……いけない、あんな男のことを考えては。私はまだ吹っ切れていないの?)
十年前、召喚魔法で呼び出した異世界の少年。
名も知らず、ただ『勇者さま』と呼んでいた少年。
初めて出会ったときは、召喚魔法の作用で互いに全裸だった。
今でも思い出すと恥ずかしくなる。
勇者には似つかわしくない細身で華奢な体つき。
確か首筋にあった剣のような痣が、どことなく聖痕を思わせた。
(もう忘れなければ……)
脳裏に浮かんだ先代の勇者の顔を必死で打ち消す。
もっとも戦いの間は、勇者の装束の一つであるゴーグルをずっとつけていたために、今となっては素顔もちゃんと思い出せないのだが──。
「どうしたの、ユナ?」
冥が怪訝そうに彼女を見ていた。
「姫さま、なんかボーッとしてるね」
さらにシエラも駆けつけてくる。
「……なんでもありません。進みましょう」
先代の勇者のことなど考える必要はない。
(今は私の傍に、頼もしい勇者がいるのだから)
過去への想いを振り切り、ユナは冥たちとともに進んだ。
※ ※ ※
要塞の最奥にある一室に紋章が安置されていた。
部屋の中央にそびえる祭壇の上に飾られた、六角形の板。
『大いなる紋章』。
精神を司る力を備えた、クレスティア最大の神具だ。
(今回は……何か起きるのかな)
冥は西エリアの出来事を思い出す。
紋章を手に取ったとたん、不思議な空間に引きずりこまれた。
あの極彩色の空間で出会ったのは、一体誰なのか。
そしてあの空間で目にした不気味な予言はなんなのか。
崩壊するクレスティア──。
天空で戦う冥とユナ──。
「どうかしましたか、冥?」
「え、あ、いや……」
冥はそっと紋章に触れる。
心臓がドクンと高鳴った。
反射的に身構える。
反応は──なかった。
南エリアのときもそうだったが、今回も紋章を手にしても何も起こらないようだ。
西エリアのときが特別だったのか、あるいは偶発的な条件でのみ起こるのか。
「……顔色が悪いですよ」
「大丈夫だよ。ありがとう、ユナ」
彼女の気遣いに礼を言う。
「──あと一つだね」
シエラが言った。
連合が取り戻した紋章は、西南北から奪還した三つ。
残る最後の一つ──東エリアの魔族が守る紋章を取り戻せば、おのずと第一層を魔族の支配から解放することができる。
「ええ。次がこの階層を人の手に取り戻すための──最後の戦いです」
ユナが力強くうなずいた。
北エリアの戦いから二日後──。
「東エリアの紋章奪還作戦こそが、第一層で最大の戦いになるでしょう」
城の大広間に集まった兵士たちに、壇上のユナが作戦を説明していた。
「メリーベル・シファーが守る城だね」
シエラがうなる。
(メリーベル、か)
かつて一度戦い、退けた相手だ。
とはいえ、メリーベルの乗り手としての実力は一流だった。
機体のパワーもスピードも、メリーベルが操る『銀閃の歌姫』はエルシオンをはるかに上回っている。
接近戦では強力な剣技を、遠距離戦では胸に装備されたエネルギー砲『歌姫の旋律砲』を使う強敵である。
前回は冥のエルシオンを旧型と侮り、油断していたが、今回は本気で来るだろう。
厳しい戦いになりそうだった。
「相手は魔族でも屈指の乗り手です。今までの三エリア以上に厳しい戦いになることは間違いありません。ですが、こちらも『焔の烈神龍』の修理が終わり、戦力は倍増しました。勝算は十分にあります」
ユナの説明に力が籠もる。
そう、こちらも明るいニュースはあった。
今までのエリアでは冥が一人で戦っていたが、今回はシエラの専用機サラマンドラも同行できる。
以前にメリーベルの襲撃で損傷を受けたサラマンドラの修理がようやく終わったのだ。
相手が強敵のメリーベルとはいえ、二対一ならそうそう遅れは取らないだろう。
「ねーねー、せっかくだから勇者さまにサラマンドラに乗ってもらったらどうかな?」
ひょこっと手を上げて提案したのはシエラだ。
「龍王機の操縦の腕は、あたしより勇者さまが上なんだし。戦力的に考えたら、より高性能のサラマンドラに勇者さまが乗って、あたしがエルシオンに乗り替えたほうが──」
「いえ、それは無理です」
ユナが首を左右に振る。
「勇者専用機として設計されたエルシオンは、通常の龍王機とは違い、特殊な認証システムを採用しているのです。勇者である冥以外の人間では起動できません」
「あ、そういえばそんなシステムがあったっけ」
シエラが苦笑まじりに頭をかいた。
エルシオンに乗り込む際、操縦席に勇者の剣を起動キーとして差しこむ。
その剣を通して、エルシオンのコアに使われている魔導石とシンクロできるのは勇者だけなのだ。
つまり、他の人間ではエルシオンにシンクロできず、動かすことも不可能というわけだった。
(確か異世界の人間にしか反応しない、特殊な魔導石だって言ってたっけ)
整備主任のバラックの説明を思い出す冥。
「勇者さまがサラマンドラに乗ると、エルシオンに乗る人がいなくなるわけだね。じゃあ、あたしがサラマンドラ、勇者さまがエルシオンに乗るしかないか」
「ええ、その組み合わせしかありません。とはいえ、そのエルシオンで冥はすでにメリーベルを撃退し、三つのエリアの魔族を打ち倒しています。戦力的にはまったく問題ないでしょう」
と、ユナ。
「そして勝利の暁には、最後の『紋章』を取り戻し──我々の悲願であった第一層の奪還が成し遂げられるのです。長く続いた魔族の支配は終わり、人類圏を取り戻すその一歩を刻めるのです!」
おおおおおっ、と兵士たちから最大級の鬨の声が上がった。
『紋章』は四つすべてを集めることで作動する。
残る一つ──メリーベルが守る『紋章』を取り戻せば、魔族に堕ちた人々の心を良き心へと反転させることができるのだ。
そのときこそ、本当の意味で第一層が人類圏に戻ったといえるだろう。
「作戦決行は二日後。総力戦になります。各自、準備を怠らないようお願いします」
ユナはそう締めくくり、全員を解散させる。
決戦のときは──すぐそこまで迫っていた。