7 撃破
「私を倒す? これほどの力の差を見せつけられて?」
アシュレイが嬉しそうに笑った。
その笑い声から伝わってくるのは暴力の喜び。
弱者をいたぶる愉悦だ。
「とことんドSだね……」
冥が軽く苦笑する。
「ふん、私は人が苦しむ姿を見るのが好きなだけですよ」
「だから、それがドSだってば」
「性能で劣り、機体はオーバーヒート寸前。私の攻撃を見切ることもできず、ダメージは増える一方。あなたに勝つ要素など一つも見当たりませんねぇ。この絶望的な状況でどうやって私を倒すのか、教えてほしいものですねぇ」
アシュレイはすっかり悦に入っている。
ゲイルが後ろ足だけで立ち上がった。
駆動音が響く
両手足の関節が曲がり、胴体の装甲が展開され、頭部がスライドする。
たちまち四足獣から人型へと再変形した。
粉雪が舞う銀世界で、白い騎士の姿をしたエルシオンと、狼の獣人の姿をしたゲイルが対峙する。
(今度こそ、奴の動きを見切るんだ)
モニターに映るゲイルの姿を見据えた。
集中する。
今まで以上に──視覚も聴覚も研ぎ澄ませる。
「さあ、これで終わりですっ」
足の爪で雪の大地を削り蹴り、ゲイルが突進した。
今度は人型のまま、エルシオンに肉薄する。
冥は相手の動きに合わせて、左手の剣を構えて迎撃態勢を取る。
(──いや、違う)
敵機の頭部に向かって突き出そうとした剣を、途中で止めた。
(そうか、可変のタイミングを見切るのは──)
刹那、
オォォォォォォンッ!
狼の遠吠えに似た駆動音が響き渡る。
ゲイルが空中で回転し、狼型に変形する。
「死になさい!」
振り下ろした前足の先に、しかしエルシオンの姿はない。
「えっ、どこに──!?」
「もう覚えた」
ゲイルの背後に回りこみ、冥が冷然と告げた。
トリッキーな攻撃は、しょせん種が割れてしまえばそれまでだ。
もちろん四足獣形態のスピードは脅威である。
だが、相手の動きそのものは単調だ。
「一直線に突進して、爪で切り裂く。突き詰めれば、お前の攻撃パターンはそれだけだ」
人型で、獣型で。
めまぐるしく変形し、爪撃を繰り出すゲイルを、冥はやすやすと左手の剣で弾き、あるいは避ける。
「な、なぜです……当たらないっ……」
アシュレイの声に、次第に焦りの色がにじみ出した。
「私の動きが、変形のタイミングまでが……見切られている……!?」
(……気づけば、なんてことはない話だったね)
冥は、相手の変形の挙動をすでに見切っていた。
敵機は変形する際に、必ず『狼の遠吠えに似た駆動音』を発する。
だから、その音に集中すれば、変形するのか否か、そしてそのタイミングも簡単に読み取ることができる。
単純極まりない話だ。
「おのれぇっ」
いらだったように叫ぶ、アシュレイ。
何度目かの突進爪撃を、冥は最小限の動きで避けた。
人型で来ても、獣型で来ても、あるいは攻撃の途中で変形したとしても──。
冥の『龍心眼』にはすべてが見える。
攻撃の方向さえ分かれば──そして人か獣か、どちらの姿で攻撃してくるかが分かれば。
避けることも、迎撃することもたやすい。
「遅い──」
冥はカウンターで剣を繰り出し、その胴を両断した。
アシュレイを乗せた脱出艇が去っていくのを見届け、冥はエルシオンから降りた。
ユナとシエラの元へ駆け寄る。
「なぜ作戦を無視して飛び出したのですか」
案の定、ユナににらまれた。
「ごめん、つい……心配で」
ばつの悪い顔をする冥。
「つい、じゃありません。機体を余計に消耗させたせいで、先ほどは大苦戦だったでしょう」
「面目ない……」
自分に全面的な非があるため、ひたすら謝るしかない。
「……ですが」
ユナは小さくため息をついた。
「正直、気遣っていただいたことは……その、嬉しかった……です」
「えっ」
「も、もう、二度言わせないでください」
照れたように真っ赤になるユナ。
クール美少女もかたなしだ。
「優しいのですね、あなたは」
「い、いや、そんな」
今度は冥が照れる番だった。
「でも、もう心配しないでください。私だって戦えます。もう少し、私のことを信じて」
「ユナ……」
「私も……あなたのことを信じられるように務めます。その、勇者という存在に対しては色々と思うところがありますが……」
ユナは上目遣いに冥を見つめた。
深い青色の瞳は、不安げに揺れている。
それでも『私は勇者なんて信じない』と言っていたころに比べれば、一歩前進だ。
「あなたは裏切ったりしませんよね、冥……? 前の勇者と違って」
「当たり前だよ」
冥は力強くうなずいた。
前の勇者が自分と同一人物なのが、複雑なところだが──。
その辺りの誤解も、いずれ解いていけばいい。
今はそんなことは関係なく、冥のことをユナに信じてもらえれば、それでよかった。





