4 雪原の要塞
北エリアは一面が銀世界の氷雪地帯だ。
「あそこに見えるのが北エリアの要塞です、冥」
吹雪が舞う雪の丘に、冥たちは陣取っていた。
冥はすでにエルシオンに乗りこんでいる。
ユナとシエラはその足元にいる。
前回と違い、今回はルイーズは後方待機だった。
「私が敵を引きつけますから、冥は側面からの攻撃をお願いします。シエラはもしものときのフォローを。速攻を仕掛けて、敵の幹部魔族とその龍王機を倒します。いいですね」
「うん、任せて」
うなずく冥に同調して、エルシオンがグオォォォンと駆動音を鳴らせた。
「あたしたちは後方待機ってことだね。ところで、姫さま」
シエラがたずねる。
ちなみに全員、防寒着姿だ。
「いつの間に勇者さまのことを『冥』って呼ぶようになったの。さっきから気になってたんだけど」
「べ、別に大した意味などありません。『勇者さま』という呼び名では先代とまぎらわしいので……」
ユナは頬を赤らめて抗弁する。
「ふーん……?」
シエラがニヤニヤと意味ありげに笑う。
「な、なんですか、シエラ」
「べっつにー。姫さまもやっぱり女の子なんだなー、って」
「誤解はよしてください! 私は、別に、その……」
ますます顔を赤くするユナ。
「あははは、姫さまってわかりやすい~」
「からかわないでくださいっ。だいたいシエラだって恋愛経験はないのでしょう」
「男の子と付き合った経験はないけど……」
シエラがエルシオンを見上げた。
「……気になる人なら」
何かをボソッとつぶやいたようだが、吹雪の音にまぎれてよく聞こえない。
「とにかく、今は作戦行動中です。冥も気合を入れてくださいねっ」
そんな彼女を見て、冥はついにやけてしまう。
再会した当初に比べて、心を開いてくれるようになってきたのが実感できる。
それがたまらなく嬉しい。
「大丈夫。今度も勝つよ。勝って、皆で帰ろう。なんなら、またお祭りに──」
「今は作戦行動中だと言ったはずです。勝った後のことは、勝ってから考えてください」
ユナにぴしゃりと言われた。
こういうところは、相変わらずだ。
「あなたの実力は承知しています。ですが、目の前の敵に集中しないと、思わぬところで足をすくわれますよ」
「……うん、気を付ける」
とはいえ、エルシオンは新品同然に整備されて戻ってきた。
何よりも、冥自身が愛機よりも高性能な敵機との戦いに慣れてきている。
そうそう遅れは取らない。
自信が、あった。
雪原に展開した敵の数は全部で五。
そのうちの四機は、量産型の『魔龍の牙』だ。
そしてその奥には、北エリアの支配者──魔族アシュレイの操る機体がたたずむ。
「敵はたった一人です。ハチの巣にしてあげなさい」
アシュレイが配下の兵たちに命令する。
中性的で甲高い声だが、どうやら男のようだ。
ブンッ、と薄桃色のモノアイがいっせいに明滅する。
四機の量産機がいっせいにユナのほうを向いた。
(ユナ……)
冥は、吹雪の中で敢然と立つユナを見つめている。
(無茶しないで)
祈るような気持ちだった。
いくら天才魔法使いとはいえ、五体の龍王機に人間が挑むなど無謀以外の何物でもない。
「さあ、撃ちなさい!」
アシュレイの命令とともに、ファングたちは標準装備のマシンガンを腰だめに構え、一斉射撃を放った。
──今回の作戦は、前回のドルトン戦で立てたものと同じだ。
ユナが魔法で敵を襲撃し、陽動をかける。
そして側面から冥が奇襲を仕掛け、高速戦闘で敵機を一気に減らす。
前回の南エリア攻略戦では陽動が成功したが、今回も上手くいくかは分からない。
何しろ前回は敵の幹部魔族を倒し、相手が量産機だけだったのに対し、今回は敵の幹部と兵がそろって待ち構えているのだ。
つまり敵要塞は完全防備状態──。
それを打ち破る肝は、冥とユナの連携だ。
冥の飛び出しが速すぎても、遅すぎても駄目だった。
ぴったりと息を合わせる必要がある。
(だけど、やれる)
彼女とは、今までよりも心が通じ合えた自信があった。
「『真紅皇炎弾』!」
火球がファングの銃撃を相殺する。
「『破道雷襲』!」
雷の弾丸でファングを仰け反らせる。
『風魔旋風刃!』
風の刃をファングたちの足元にぶつけ、動きを止める。
敵の要塞に正面から向かったユナは、四機の量産機と渡り合っていた。
惚れ惚れするほどの見事な戦いぶりだ。
だが、それでもしょせんは──やはり、生身の人間である。
(駄目だ、このままじゃ……)
思ったほど、ファングたちは魔法攻撃にひるまない。
しょせん人間の魔法では、龍王機の装甲を貫くことはできないのだ。
牽制くらいにはなると踏んでいたが、どうやらそれも怪しくなってきた。
すぐにファングは反撃に転じるだろう。
敵機の放った銃撃が、ナイフが、ユナを襲う──。
想像しただけで、目の前が暗くなった。
(駄目だ、これ以上は……)
事前の打ち合わせなど、頭から吹き飛んでしまう。
「ユナ、今行くからっ」
エルシオンが丘の上から駆け降りた。
「冥!?」
驚いたように振り返るユナ。
「まだ早いです──」
「下がって、ユナ!」
頭の片隅では分かっていた。
飛び出しが早すぎる、と。
分かっていながら、止められなかった。
実際に目の当たりにして、気持ちを抑えきれなかった。
ユナを危険にさらすことに──耐えられなかったのだ。
「僕が、君を守る」
作戦を無視して、エルシオンが雪原を駆ける──。