2 勇者と少女騎士
冥はユナとともに回廊を進んでいた。
神殿の外に目を向けると、空に七つの大陸が浮かんでいる。
現実ではあり得ない風景だ。
異世界に来たんだという実感が強くなる。
階層世界クレスティア──。
冥のいる世界とは異なる次元に存在する世界。八つの層が階段のように連なって形成されており、冥たちがいるのはその最下層である第一層だ。
現在、魔王の軍勢によって第二層から第八層まではすべて征服されてしまったのだという。
魔王の力によって、クレスティアの住民はほとんどが魔族に変えられてしまった。
かろうじて、その魔手を逃れた人々が作り上げた対魔族レジスタンス──それが汎人類連合『奪還機関』である。
そしてユナはそれを束ねるリーダーだと聞いていた。
道すがら、何人かの兵士とすれ違う。
「その後、魔族の様子はどうか?」
「はっ、一昨日より散発的な威力偵察が続いております」
「警戒を怠るな。敵は見つけ次第エッジにて迎撃せよ」
「はっ」
ユナの指示に兵士たちは直立不動で答えた。
全員、最上級の敬意がこもった態度だ。
それは彼女が決してお飾りのリーダーなどではなく、本物のカリスマと指導力を持ってこの組織を束ねている証のように思えた。
(立派になったんだな、ユナって)
冥の記憶にある彼女は、まだ年端もいかない幼女だった。
それが今や自分と同い年で、人類最後の希望ともいえる組織の長を務めている。
「……何を見ているのですか、勇者さま」
冥の視線に気づいたのか、ユナが振り返る。
威厳と気品を兼ね備えた美貌に気圧された。
「い、いや、なんでもない」
「……そうですか」
冥を一瞥し、ユナはふたたび先導する。
やがて到着したのは神殿の奥にある格納庫だった。
ユナが認証キーを押して巨大な扉を開ける。
扉の向こうから光があふれた。
「これは──」
冥は息を呑んだ。
「新たに勇者専用機体として開発された新型龍王機──『烈界守護神』ですわ」
薄暗い格納庫の中央で、その機体は輝きを放っていた。
全高は十メートルほど。
黄金の甲冑をまとった騎士を思わせるデザイン。
背中から生えた翼状のバインダーは全部で四枚。
龍王機。
この世界の魔導技術の粋を集めて作られた、究極の機動兵器。
いわゆる巨大ロボット兵器である。
豪奢にして勇壮な最新鋭機体を見上げ、冥は感嘆の息を漏らした。
「すごい。強そうだし、かっこいい」
やはり外連味のあるデザインの機体を見るとワクワクしてしまうのは、やはり男のサガというものだろう。
「あ、そういえばエルシオンはどうなったの?」
「……なぜその機体をご存じなのですか」
ユナがじろりと冥をにらんだ。
心の底まで見通すような鋭い視線に背筋がゾクリとなる。
「いや、その目つき怖いんだけど……」
以前に召喚されたとき、ユナはまだ幼い少女だった。
背丈も冥の胸くらいまでしかなくて。
いつもキラキラした綺麗な瞳で、彼を見上げていたものだ。
だが今、その瞳に浮かんでいるのは好意ではなく、感情の読み取れない冷たい何かだけだった。
その落差に戸惑いを隠せない。
「なぜエルシオンを知っているのかと聞いているのですが」
無表情に問いかけを繰り返すユナ。
(だから怖いって!)
汗ジトになりつつ、
「え、えっと、さっきすれ違った人たちの会話でそんな名前が聞こえたっていうか、えっと」
冥は明後日の方向に視線をさ迷わせた。
「? エルシオンの名前を出していた者はいなかったかと思いますが……」
「き、気づかなかっただけじゃない? ユナが誰かに指示を出しているときも、他に何人もすれ違ってたし」
「……なるほど」
いちおう納得してくれたようでホッとする。
「あなたが新しい勇者さま? へーえ」
一人の少女騎士が駆け寄ってきた。
朗らかな笑みを浮かべた顔立ちは美しく整い、燃えるような赤い髪をポニーテールにしている。
長身にまとうのは、きらびやかな軽装鎧。スラリと伸びた四肢はいかにも敏捷そうで、どこか野生の獣を思わせた。
「あたし、シエラ・ルージュ。よろしくねっ」
元気よくハキハキとした少女だった。
「シエラは我が連合でもっとも優秀な龍王機の乗り手ですわ」
と、ユナ。
要はここのエースパイロットということだ。
「よろしく。僕は竜ヶ崎冥」
「リューガサキメイ? あはは、へんな名前~」
「シエラ、勇者さまに失礼ですよ」
「あ、ごめんごめん。異世界の人だもんね」
てへっ、と舌を出すシエラ。
どうやら悪気はなかったらしい。
「でも、随分と若いねー。あなた、いくつ?」
「十六だよ」
「あ、じゃあ、ほとんど変わらないか。あたしのほうが一つおねーさんだね」
「シエラ、いいかげんにしなさい」
「えへへ、なんか勇者さまって親しみやすい雰囲気だから、つい」
またシエラがてへっ、と舌を出した。
(明るい子だな)
冥は微笑ましい気持ちで少女騎士を見つめる。
ユナとは対照的だった。
いや、昔のユナは今のシエラのようによく笑う女の子だった。
なのに再会したた今、まるで別人のように冷たく、無機質な少女に変わってしまった。
三年──いや、こちらの世界での十年の間に、一体何があったのか。
汎人類連合『奪還機関』。
魔王軍の侵攻からかろうじて生き延び、魔族に変容させられなかった人類が集まって作り上げた一大抵抗組織。
いわば、人類にとって最後の希望である。
「……勇者だってよ」
「……あんな優男が?」
「……いくら姫さまの言うことでもなあ」
兵士たちが何やらヒソヒソと囁き合っている。
──格納庫から戻った後、ユナは彼らに冥を紹介した。
だが、反応は芳しくない。
(聞こえてるんだけど……)
冥を値踏みするような目、目、目。
「ちょっと、本人を前に陰口を叩くなんてよくないよ」
進み出たのはシエラだった。
「言いたいことがあるなら堂々と言えばいいじゃん。コソコソしないでさ。あたし、そういう陰湿なのって嫌い」
「シエラ……」
「そうは言うが、俺たちだってこいつの腕を見てないんだ。勇者として認めろって言われてもな──」
「そうそう。それに前の勇者だって──アレだしな」
(ん? 前の勇者? アレってなんだろう)
といっても、前の勇者と冥は実際には同一人物なのだが。
彼らは当然、それを知らない。
「口を慎みなさい」
ユナがじろりと兵士をにらんだ。
「……申し訳ありません、姫さま」
兵士は渋々といった様子で矛を収める。
が、明らかに納得した表情ではなかった。
(なんか……前と違うなぁ)
前回召喚されたとき、周囲は冥のことを無条件に勇者として受け入れてくれた。
だが今回はその空気が真逆だ。
ユナやシエラをのぞいて、誰も彼もがうさんくさそうに冥を見ている。
「じゃあ、証明すればいいんだね?」
「証明?」
シエラの言葉に兵士たちが眉をひそめる。
「彼が勇者にふさわしい力を持ってる、って証明すれば、文句ないでしょ」
「そりゃそうだが……」
兵士たちは困惑顔だ。
「どうやって?」
「簡単じゃん。あたしと勇者さまで模擬戦をするんだよ」
シエラはぴんと人差し指を立てて言い放った。
「模擬戦?」
冥は驚いてシエラを見つめる。
なんだか妙な話の流れになってきた。
「勇者はその力でどんな龍王機も乗りこなす、という言い伝えがあります。初めて乗る龍王機でエースのシエラに勝てれば、その証明になるでしょう。いえ、そもそもシエラに勝てないようでは、魔王軍と戦うことなど到底不可能ですわ」
と、ユナ。
「あたしも勇者様の力を見てみたいしっ」
シエラが目をキラキラさせて語った。
混じりっけなし、純度百パーセントの憧れの視線だ。
「模擬戦か……でも、ブランクもあるしね」
「ブランク? まるで以前にも龍王機に乗っていたような言い草ですね」
ユナがじろりとにらんだ。
「あなたは龍王機に乗るどころか、触れたこともないはずでしょう、勇者さま。この世界に来たのは初めてなのですから」
(あ、しまった。つい)
「じゃあ、決まりだね。まずは準備体操、っと」
言うなり、シエラがその場でストレッチを始めた。
──のはいいのだが、無防備に前屈みになるたびに、豊満な胸の谷間が冥の視界に飛び込んでくる。
(うわ、大きい……)
冥とて健康な男子高校生である。
上衣の隙間から覗く驚くほど深い谷間に、思わず視線を釘づけにされてしまう。
「……勇者さま、何を見てらっしゃるのでしょうか」
「ひいっ!?」
すぐ背後から殺気を感じる。
いつの間にかユナが立っていた。
「が、がんばらなきゃなー、なんて。えっと、ほら、僕……龍王機の操縦、初めてだし」
(本当は初めてじゃないけど)
一度目の召喚でエルシオンの癖はすべて把握している。
己の手足のように操れる自信があった。
とはいえ、今回操縦するのはエルシオンではなく最新鋭機のディーヴァである。
当然、癖やスペックも異なるし、勝手も違うだろう。
まして相手は連合のエース。
いくら前回の召喚時には無敵を誇った冥といえど、油断はできない。
「期待していますわよ、勇者様」
ユナが薄く笑った。
言葉とは裏腹に、目が笑っていない。
まるで冥を見定めるような瞳だった。
もしも無様な姿を見せたら、勇者失格の烙印を押されかねない。
「少なくともシエラに負けるようでは、魔王討伐など夢のまた夢──」
「うっ、なにげにプレッシャー」
「だーいじょーぶだよ、ユナさま。勇者さまが弱いわけないじゃん」
シエラが天真爛漫に笑う。
「あたし、すっごく楽しみっ。連合にはあたしと対等に戦える人、いないんだよねー。だから模擬戦やってもあんまり練習にならなくて」
「や、やっぱり強いんだ、シエラって」
「我が連合のエースですから」
「でも勇者さまはきっとあたしより強いんだよね。わー、楽しみだなー」
シエラは純粋に強者との対戦を楽しみにしているらしい。
「ますますプレッシャー……」
どんよりとなる冥。
だが、考えようによっては、これはチャンスだ。
シエラに勝てば、周囲の目も変わるだろう。
「──やろう、ディーヴァ。僕に力を貸してくれ」
黄金の機体を見上げる。
紅玉を思わせる瞳が、冥の言葉に答えるように輝きを放った。
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