2 そうだ お祭、行こう
南エリアでの激闘を終え、冥たちは連合本部──第一層の辺境に位置するグレアル・シティに戻っていた。
「ねーねー、お祭り行こうよ~」
本部内に用意された冥の私室を、シエラがたずねてきた。
今日は彼女も女騎士の甲冑ではなく私服姿だ。
チュニックの胸元は大きく盛り上がり、短めのスカートの裾からは健康的な太ももがのぞく。
「お祭り?」
「そ。西と南のエリアを奪還した記念だって」
にぱっと笑うシエラ。
今夜、この街で大々的に祭をするということだった。
「どっちみちエルシオンの整備が終わるまで、次の作戦行動は取れないしね」
「あ、そっか……」
セイレーン、パンツァータイタン、アサルトガンナー……三体の龍王機と激戦を繰り広げてきたエルシオンは、全身にかなりガタがきていた。
おまけに前回の戦いでは右腕と右足を壊している。
そのため、現在は分解整備中だった。
「しっかし、たった三戦しただけで、えらいボロボロになったなぁ」
整備主任を務めるバラック・ディラックが呆れたようなため息をつく。
「修理も一苦労だぜ」
「すみません、バラックさん」
「気にすんな。どんだけ壊れても、元通り完璧に直すのが俺の仕事だからな」
バラックは四十代半ばほどの中年男だ。
先の大戦でもエルシオンを始めとする人類側の龍王機の整備を担当していた。
ユナ以外では数少ない、前の大戦からの知り合いだ。
……もっとも、バラックのほうは先の勇者と冥が同一人物だとは知らないが。
「まず全身の多重魔導反発装甲が七割がたダメになってるな。ま、第四世代機の装甲で六や七世代の攻撃を食らってたんだからしょうがねぇ」
ぼさぼさの頭をかきながら、バラック。
「あと関節部の摩耗が異常だ。どう動かしたら、こんなにすり減るんだってくらいにな」
「シフォンとの戦いは機動勝負でしたから……」
「おう、兵士から聞いたぜ。第七世代機との性能差を跳ね返して見事に勝ったんだってな」
バラックが人好きのする笑みを浮かべる。
「で、一番ひどいのは右腕と右足だ。こいつはもう使い物にならねぇ。新品と交換するしかないな」
いずれも、前回のアサルトガンナーとの戦いで受けた損傷だ。
「つーわけで、突貫作業でも五日くらいかかるな」
「五日……」
「それにしても懐かしいな」
バラックがあらためて白い機体を見上げる。
その目には温かな光が浮かんでいた。
機械に対して──というよりは、まるで旧友にでも向けるような眼差し。
「エルシオンか。前の大戦でも俺が整備してたんだぜ」
「はい、覚えてます。僕の機体や四英雄の機体も全部面倒見てもらってましたよね」
「そうそう。あいつら、しょっちゅう機体を壊しては俺に修理を押しつけて……って、なんで知ってんだ?」
(あ、しまった。つい……)
「姫さまにでも聞いたのか? まあ、いいや。とにかくこいつの整備主任は俺だ。気が付いたことや分からないこと、セッティングの要望なんかも聞くから、なんでも相談してくれ」
円熟味を増した彼は、ますます頼もしいメカニックになったようだ──。
「だから、勇者さまも英気を養ってほしい、って姫さまが言ってたよ。自分は忙しいから、代わりに勇者さまを誘ってあげてほしい、ってあたしに頼んできたの」
バラックとのやり取りを思い出していると、シエラがいきなり冥の腕にしがみついてきた。
「わわっ……!?」
豊かな胸が二の腕に押しつけられている。
「シ、シエラ……」
思わず声がうわずった。
ぷにぷにとした弾力に心臓の鼓動が高鳴る。
「そろそろお祭りが始まるから行こうよ。あたし、金魚すくいがしたいな」
シエラがにっこりと誘った。
「先輩は金魚すくいにおいても勇者さまには負けませんよ」
「うわっ、ルイーズいつの間に!?」
まさしく神出鬼没。
気が付けば、ドアの傍にお下げ髪の少女兵士が立っている。
彼女もシエラと同じく今日は武装をしておらず、普段着姿だ。
「先輩のいるところルイーズあり、です」
ルイーズはこともなげに告げた。
「それってストーカーでは……」
「何か言いましたか?」
じろりとにらまれる。
今までの戦いを経て、冥のことを勇者として敬意を払う兵士が多いのだが、ルイーズだけはやけにツンケンしていた。
「ほら、行こう」
シエラに促され、冥たちは本部の建物から外へ出た。
石畳でできた大通りは、すでに人でにぎわっている。
通りの左右には露店が並んでいた。
故郷の世界を彷彿とさせる光景に、懐かしさが込み上げた。
「さあ、勇者さま。金魚すくいに参りましょう。完膚なきまでに敗北し、先輩の前に跪くといいですわ。うふふふふふ」
「なんでルイーズはいちいち対抗意識持つの……?」
「では戦わずして負けを認めるのですね」
ずいっと顔を近づけるルイーズ。
そばかすの浮いた顔はあどけないが、よく見るとかなりの美少女だ。
すぐ傍にはシエラもいるし、美少女二人に囲まれた格好だった。
ドキドキと心音が高まってくる。
「もう、ルイーズもそれくらいにしなよ」
シエラが苦笑した。
「勇者さま、困ってるよ?」
「あ、すみません、先輩」
ルイーズは慌てたように顔を離す。
(シエラに対しては本当に従順だな)
「あ、姫さまも来た。こっちこっち~」
シエラが前方に手を振る。
雑踏の向こうからユナが歩いてきた。
いつもと同じ白いドレス姿だ。
長いスカートの裾が、風で緩やかにはためいている。
絶世の美貌は周囲から浮き立ち、ソフトフォーカスがかかって見えるほどだった。
やっぱり、抜群に可愛い。
「遅れて申し訳ありません。立て込んでいた仕事も一通り目処がつきましたわ」
「おつかれさま、ユナ」
言いつつ、わずかに目を逸らす。
戦いのときは緊張感もあって、そこまで意識しないのだが、こうして平時に会うとその美少女ぶりや可憐さを強烈に意識してしまう。
もう幼女だったユナではない。
同じ年齢の──それもとびっきり可愛い女の子なのだ。
「ありがとうございます。勇者さまも、今日は存分に楽しんでくださいね」
一方のユナは悠然としている。
わずかに会釈したのみ。
あいかわらずクールだった。
「せっかくのお祭りなんだし、姫さまも笑って笑って~」
「ひゃあっ、にゃ、にゃにをするのでふか……」
背後から忍び寄ったシエラが、ユナの両頬をつまんで引っ張った。
無理やり笑顔にさせようとしているのだろう。
冥は思わず噴き出した。
「も、もうっ、勇者さまも笑わないでくださいっ」
照れたような顔のユナも、やはり可憐だった。





