8 南エリア攻略
冥がエルシオンを降りると、後方待機していたシエラとルイーズが駆け寄ってきた。
「いやー、快勝だったね」
満面の笑みを浮かべるシエラ。
「お見事でした、勇者さま。シエラ先輩ほどではありませんが」
ルイーズも素直ではないが賞賛を送る。
「それに姫さまのフォローもよかったよ~」
シエラがユナにも微笑み、それから小さな声でつぶやいた。
「……ちょっと妬けちゃうくらい、息が通じ合ってたよね」
「シエラ?」
最後の言葉がよく聞こえずに、首をかしげる冥。
「あ、ううん。なんでもない」
シエラは慌てたように両手を振った。
なぜか顔が赤らんでいる。
「それより二人の力になれなくてごめんね。姫さまが体を張って戦ったのに、あたしは見てるだけで……」
「サラマンドラの修理が終わるまではしかたないよ」
すまなさそうなシエラに、冥が微笑む。
「そうだね。修理が終わったら、あたしも勇者さまの負担を減らせるようにがんばるっ」
「気にすることありませんよ、先輩」
慰めたのはルイーズだった。
「むしろ、修理が終わったら先輩が我が連合のエースです。勇者さまも先輩をきっちりサポートしてくださいね」
「ルイーズってば、もう」
シエラが苦笑する。
「前から言ってるでしょ。勇者さまのほうが、乗り手としてあたしより上だ、って」
「いいえ、先輩は謙遜しているだけです。まあ、そういうところも尊敬してるんですけど……うふふ」
「あ、はははは」
あくまでも自説を曲げないルイーズに、シエラはますます苦笑した。
「気にしないでね、勇者さま」
「もう、私は本当のことを言ってるだけですよ」
ぷうっと頬を膨らませるルイーズ。
(相変わらずだなぁ)
冥は二人のコンビを見やった。
「ところでユナ、さっきの傷は大丈夫?」
「問題ありませんわ」
言いながら、ユナは撃ち抜いた手にもう一方の手を重ねていた。
呪文とともに淡い緑光があふれる。
治癒魔法の輝きだ。
少しずつ傷が塞がっていくのを見て、冥はホッと安堵した。
「やっぱり命がけで守ってくれたね。口では手駒だとか切り捨てるとか言ってたけど」
「……か、勝つために必要な手を打っただけです」
ユナはわずかに顔を赤らめ、早口で言った。
「それに」
照れたような口調で付け足す。
「あなたならできる、と信じていましたから」
その後、冥たちは魔族の基地を急襲した。
「人間がたった一人で我らの基地を襲うなど!」
「踏み潰してくれるわ!」
魔族兵の乗る量産型の龍王機『魔龍の牙』がユナに迫る。
通称を『ファング』と呼ばれるこの機体は、ダークブルーに塗られた重厚な装甲とヘルメット状の頭部、薄桃色に輝くモノアイが特徴だ。
標準装備は白兵戦用のナイフとマシンガン。
ユナは攻撃魔法で牽制しつつ、巧みに敵機をおびきだした。
「今です、勇者さま」
「よし!」
合図を受けて、側面からエルシオンが突撃する。
右足を引きずりながらの走行は、明らかに敵の量産機よりも速度で劣っていた。
先ほどの戦いで壊れた右足は、応急処置とさえ呼べないような最低限の補修を行ったのみだ。
とても本来の機動性を発揮することはできない。
もっとも第五世代機であるファングに対し、エルシオンは一つ旧式の第四世代機。
万全の状態であったとしても、どのみちスピードで上回ることはできないのだが──。
「引きつけるだけ引きつける」
冥はモニターに映る五機のファングを注視した。
散開して向かってくる敵機の動きを。
(一機目と二機目は右からナイフで白兵戦。三機目は正面から牽制のマシンガン。四機目が左から突進。そして五機目は)
振り向きざまに剣を振るう。
砂煙にまぎれて背後に回りこもうとしていたファングは、両足を膝から切断され、その場に崩れ落ちた。
「な、なんで、こっちの動きが……」
「見えているよ、全部」
胸部バルカンを前方に撃ち放ち、三機目を逆に牽制。
左右から迫るファングのナイフや体当たりを、身を沈めて避ける。
突き上げるように放った斬撃が一機を、返す刀でもう一機。
慌てて後退しようとした一機には、左手で抜いた予備の剣を投擲。
胴体の機関部を貫く。
三機のファングからモノアイの光が消えた。
そのまま、力なく砂の大地に倒れ伏すファングたち。
「残るは一機──」
振り返ったエルシオンに、
「う、うわぁぁぁぁぁっ」
最後の魔族兵は悲鳴を上げてファングを突進させる。
パニック状態で向かってくる敵機を、冥は易々と斬り倒した。
防衛用の龍王機を失った要塞は、冥のエルシオンによってあっけなく陥落した。
「ご苦労様でした、勇者さま」
エルシオンから降りると、ユナが駆け寄ってくる。
「これで二つ目のエリアも奪還だね」
周囲では、兵士たちが勝ち鬨を上げていた。
いずれも意気は高い。
「ええ、残るは二つ──北と東ですわ」
浮かれる周囲に反して、ユナの表情は険しいままだ。
にこりともしない。
人類連合の指導者として、気を抜く暇がないのだろうか。
「まだまだ厳しい戦いが続くはずです。それぞれのエリアを支配する魔族との一騎打ちを制する必要がありますから」
「一騎打ちをしてくれればいいけど、もしも数で押されたら苦しい戦いになるね」
冥がつぶやく。
今までの二つのエリアは、いずれも龍王機での一騎打ちだった。
だが北と東の魔族が結託して、同時に攻撃してきたら──。
幹部魔族の専用機を二体同時に敵に回せば、さすがに旧型のエルシオンで持ちこたえる自信はない。
「いえ、その心配はありません」
ユナが首を振った。
「先ほどのドルトンとのやり取りで確信を得ました。以前から感じていましたが──魔族は基本的に一対一でしか戦わないようです。人間に対しては」
「どういうこと?」
そういえば、ユナがドルトンと話している際に、『やはり』とつぶやいていたが──。
少なくとも前の大戦では、魔族は集団戦闘を仕掛けてきた。
今回のように一対一のシチュエーションはむしろ少なかったくらいだ。
「理由は複数あります。
一つは魔族としての誇り。兵士はともかくとして、その上に立つ幹部たちは人間ごときに多対一の戦いを仕掛けられないのです。他の魔族幹部に対しての面子もあるでしょうし」
と、ユナ。
「そしてもう一つは手柄。勇者を一騎打ちで打ち破った、という功績があれば、より上の層を支配エリアとして与えられる、と以前に聞いたことがります。ドルトンもそのようなことを匂わせていましたし──」
「確かに……」
うなずく冥。
「もしかしたら、そうやって内部で競い合わせているのかもしれませんね、魔王は。以前の魔王とは、魔族を束ねる方針がかなり違うのでしょう」
ユナが眉を寄せる。
「より精強な軍団を作り、人間の世界を完全に支配する。そしてその先には神々の世界への侵攻まで──十年前と比べても、恐るべき軍団になりました。魔王軍は」
「…………」
「たった一機の旧型とこれだけの軍勢で、私たちに勝ち目があるのかどうか……」
「あんまり張り詰めないで、ユナ」
どんどん暗い顔になっていくユナに、冥が微笑む。
少しでも元気づけたかった。
「勝った後くらい、ゆっくり休もうよ。ほら、皆の輪に入っていくとか」
「……私は指導者です。常に凛とせねば」
「今くらい、笑ってもいいと思うよ」
見つめあう二人を、砂漠の風が柔らかく撫でていった。