7 ハンデマッチ
「その足じゃ、もう避けられねぇだろ。終わりだぜ、勇者さま!」
二発の銃撃がエルシオンを襲う。
相手の攻撃は予測済みだ。
だが痛みで集中が途切れ、いつもほどの精度で先読みできない。
冥の『龍心眼』はその力を半減させていた。
「ちいっ」
左のフットペダルを思いっきり踏みこんだ。
強引な機動で内部フレームを軋ませながら、エルシオンが左足一本で跳ぶ。
一瞬前までエルシオンがいた地点を、ガンナーの銃弾が貫く。
盛大な爆発と砂煙が上がった。
(なんとか避けられた……)
いつもに比べれば読みは甘いし、反応も遅い。
それでも、銃撃のコースは龍心眼ですでに予測済みだった。
エルシオンが右腕と右足を使えないことを踏んで、相手は右側から攻撃してくるだろう──と。
だから、かろうじて左足だけのジャンプでも避けることができた。
(けど、次はどうなるか)
冥は大きく息をついた。
龍王機の乗り手として、ドルトンの実力はメリーベルやシフォンに数段劣る。
冥が万全の状態なら、苦もなく倒せる相手だろう。
だが今は右腕が使えず、先ほど右足も潰されてしまった。
満足な攻撃も、防御も、回避すらもできない──。
「勇者さま……!」
エルシオンの足元にユナが駆け寄った。
「危ないから下がってて、ユナ」
慌てて呼びかける。
ただでさえ、相手は遠距離武器主体で来るのだ。
こんな場所にいたら、いつ巻き添えを受けてもおかしくない。
「いいえ」
ユナがきっぱりと首を横に振った。
桃色のロングヘアが揺れる。
「私も戦います」
青い瞳に宿る決意の光。
「生身で、龍王機と戦うなんて──」
「勇者さま」
ユナが小さくウインクする。
「……分かった」
一瞬の逡巡の後、冥はうなずいた。
危険な賭けだった。
(だけどユナなら──いや、僕とユナなら、やれる)
「けど、無茶だけはしないで」
あらためてユナを気遣う冥。
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!」
ドルトンが怒声を上げた。
「ちょうどいい。お前も楽には殺さねえぞ、姫さま。この俺をコケにしてくれたんだからなぁ!」
エルシオンとユナが、ガンナーと向かい合う。
「シエラとルイーズはそこから動かないでください。巻き添えを食わないように」
「でも、姫さま……」
「私たちがお守りを──」
「これは命令です」
後方から心配そうに見つめるシエラとルイーズに、ユナはぴしゃりと言い放った。
「……では、いいですね。冥」
「うん、ちゃんとタイミングを合わせるよ」
操縦席でうなずく冥。
緊張で操縦桿を握る左手にじっとりと汗がにじんだ。
「何やら魂胆があるらしいが、片手片足が使えない旧型と人間一匹、この俺の敵じゃねーよ!」
ガンナーが一歩、また一歩と近づいてきた。
とはいえ、さすがに無防備ではない。
二丁拳銃を油断なく構え、慎重に距離を詰めてくる。
(集中しろ……集中……集中)
冥は痛みをこらえ、二つの銃口をジッと見据えた。
敵機の挙動を、駆動音を、一つも漏らさず見て、聞いて──。
その動きを予測する。
「まずお前から死ねぇっ」
ガンナーの銃口が向けられたのはエルシオンではなく、ユナだった。
「ユナっ!」
それをかばってエルシオンが前に出る。
壊れた右足を引きずるようにして、砂の上を突進した。
が、その動きはじれったくなるほど緩慢だ。
「──なんてなっ」
即座に反転したガンナーが、突進してくるエルシオンに銃を向けた。
「人間ってやつは、どいつもこいつも仲間をかばおうとしやがるからな。女を狙えば、絶対お前が突っこんでくると思ったぜぇ」
突進機動の最中で、しかも片足が動かないエルシオンに、正面からの銃撃を避ける手立てはない。
冥はペダルを踏みこみ、かまわずさらに前進させる。
「あくまでも突っこんでくる気かよ。けど──今度こそ終わりだ、勇者ぁっ!」
ごうんっ!
轟音が響き──、
「なっ……!?」
声を上げたのはドルトンだった。
横合いから飛んできた炎が、ガンナーを襲ったのだ。
ユナの火炎魔法だった。
もちろん龍王機に人間の魔法など通用しない。
だが、狙いはそこではない。
「ど、どこだ……! ど畜生、どこにいやがる、てめぇ……!」
カメラアイが炎によって塞がれたガンナーは、その火が消えるまでの数秒間、まさしく目隠し状態だ。
その数秒のうちに、エルシオンはさらに間合いを詰める。
すべては──先ほどの打ち合わせ通りだった。
ユナとのアイコンタクトによる、一瞬の作戦会議。
完璧に心が通じ合った一瞬。
「終わりだ、ドルトン──」
冥が静かに告げた。
黄金の剣をガンナーの胸部に突きつける。
「て、てめぇ……!」
ドルトンの動揺の気配が伝わってきた。
薄い装甲の向こうには魔族が座る操縦席があるはずだ。
「おとなしく逃げるならそれでいい。まだ戦うっていうなら──」
剣を軽く押しこむ。
ゆっくりと剣先がめりこみ、装甲がわずかに窪む。
あと少し力を入れれば、ドルトンのいる操縦席を貫けるというアピール。
「……ど畜生っ」
魔族が悔しげに叫ぶと同時に、ガンナーの背部が脱出ポッドと化して射出された。





