表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/117

5 脱出か、死か

 倒れたまま、冥の体はぴくりとも動かなかった。


「ははははは、こいつ本当に勇者を撃ちやがった! いいねぇ! 人間、いざとなると自分の命が惜しくなるもんだ」


 ドルトンが勝ち誇ったように笑う。


「約束……ですよ」


 ユナは苦しげにうめいた。


「おう、約束は守るぜ」


 へらへらと笑いながら魔族が近づいてくる。


「ううっ……」


 不意に、その場に崩れ落ちるユナ。

 うずくまったまま体を震わせている。


「なんだよ、泣いてんのか? 今ごろになって後悔してんのかよ。まあ、お前の命は助けてやるさ。面白いもんを見せてくれた礼だ」


「後悔?」


 ユナがゆっくりと顔を上げる。

 振り返ったその顔に、涙はなかった。


「私は今の行動に──微塵も後悔などありません」


「……お前」


 ドルトンがようやく異変を悟ったのか、表情をこわばらせた。


 だが──遅い。


 銃や魔法といった遠距離武器の戦いにおいて、攻撃のタイミングは命だ。

 そのタイミングで、魔族は一瞬後れを取る。


 そしてその一瞬こそ、ユナが狙っていたものだった。


「すべては──魔族を倒すためのお芝居ですから!」


 銃を放り捨て、右手を突き出すユナ。


風魔縛錠(エアロギアス)!」


 呪文とともに突風が吹き荒れた。


 風は気流の渦となり、魔族の四肢にまとわりつく。

 そのまま中空五メートルほどまで浮かび上がらせ、拘束した。


「て、てめぇ!? ど畜生、動けねぇ……」


 ドルトンは風の拘束から逃れようともがいている。

 が、四肢を縛る気流はびくともしなかった。


「どういうつもりだ……」


 呆然とユナを見つめ、それから視線を彼女の手に移した。


 気づいたのだろう。

 そこから流れ出る、血に。


「さっきの銃撃は──自分の、手を」


「私が命惜しさに勇者を見捨てるとでも?」


 ユナは顔を苦痛に歪ませながら、それでも敢然と言い放った。


「さっきも言った通り、すべてはあなたを騙すための芝居です」


 手の甲からは、赤い血がとめどなく滴っている。


 そう、先ほどユナが撃ったのは冥ではない。

 自分自身の手の甲を撃ち抜いたのだ。


 ドルトンの位置からは彼女の背中が邪魔になり、状況を確認しづらかったはず。

 しかも、それに合わせて冥も撃たれたような演技で倒れた。


(一瞬のアイコンタクトだったな)


 死んだふりをしたまま一部始終を見ていた冥が、ゆっくりと体を起こす。


 だけどそれは──ユナを信じていたからこそ、できたことだ。


 今回の魔族は策を弄する性格だ。正々堂々の戦いより、罠にはめて確実に相手を仕留める方を選ぶ。

 そんな魔族なら、勝負には万全と慎重を期すはずだった。


 冥が死んだかどうかを確認するために、必ず近づいてくる。

 ユナの、魔法の間合いに入ってくる──。


(全部、ユナの目論見通りに……)


 あのときの幼女が、本当に強く、たくましく成長した。

 冥は感慨に耽る。


「勇者さま、シエラ、ルイーズ、今助けますね」


 ユナがもう一方の手を冥たちに向けた。


 ふたたび風の呪文が発動し、気流が吹き荒れる。

 冥たちはその風に乗って、流砂から引きずり出された。


「助かったよ、ありがとう」


 礼を言う冥。

 体中が砂でじゃりじゃりとしていた。


「本当に勇者さまを撃つのかと思って、びっくりしちゃった。さっすが姫さまだね」


 シエラがはしゃぐ。

 その頬からひと筋の血が流れ出ているのが、痛ましい。


(ひどい……!)


 少女の顔を躊躇なく撃った魔族に対する怒りが、あらためて込み上げる。


「シエラ、すぐに治しますわね」


 ユナが歩み寄った。


「え、いいよ。それより姫さまの手を──」


「それは後回しで結構です。あなたの綺麗な顔に傷でも残ったら一大事ですもの」


 ユナは左手の傷を意にも介さず、治癒魔法でシエラの顔の傷を治し始めた。

 もともと見た目に比べて傷は浅かったらしく、またたく間に血が止まり、傷も完全に塞がる。


「……跡は残ってませんね。よかった」


 ユナはシエラの顔を見つめ、ホッと安堵したようにつぶやいた。


「ありがと、ユナちゃん」


「姫さま、でしょう?」


 王女の顔でたしなめるユナ。


「王立アカデミー時代とは違うのですよ」


「あ、ごめんごめん。嬉しくて、つい」


 シエラは苦笑混じりに頭をかいた。


「手駒だなんて言って、冷たいふりをしてもやっぱり、ユナはユナだ」


 冥は微笑を浮かべた。

 ホッと安堵するような気持ちが全身に広がっていた。


「シエラの傷のことを本気で心配してたし。それにさっきも、僕らを命がけで助けてくれた」


「……私は最善の手を選んだだけです」


 ユナがツンとそっぽを向いた。


「必要ならあなたを撃っていました。シエラやルイーズのことも見捨てていました」


「ユナ……」


 冥が笑みを強くする。

 それが彼女の本心からの言葉とはとても思えなかった。


 やっぱりユナは、優しい心を無くしてなんていなかった。

 仲間を思いやる気持ちを失ってなんかいなかった。


 表面上、それを見せなくなっても、心の芯に秘めているのだ。


「……ほ、本気ですからね、私はっ」


 照れたようにそっぽを向くユナ。


「があああああっ」


 ふいに、魔族が咆哮した。


 中空から地面に降り立つ。

 体を拘束する風の魔法を、自身の魔力で強引に吹き散らしたのだ。


「テメェら……もう許さねえからな。龍王機で全員撃ち殺す!」


 ぱちん、と指を鳴らす。


「来やがれ、『銃鋼射手(アサルトガンナー)』!」


 背後に控えていたガンマン型の龍王機が、砂の上を滑るようにしてドルトンの元までやって来る。


「よし、こっちも──」


 冥は後方に走りだした。

 エルシオンに向かって一直線に駆ける。


 ユナが魔法で敵機をけん制している間に、愛機の元までたどり着いた。


「下がってて、ユナ。シエラとルイーズも」


 操縦席に座った冥が、凛と告げる。


「奴は僕とエルシオンが倒す」


 今度は僕が──皆を守る番だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋人を寝取られ、勇者パーティから追放されたけど、EXスキル【固定ダメージ】に目覚めて無敵の存在に。さあ、復讐を始めよう。
Mノベルス様から書籍版1巻が10月30日発売されます! 画像クリックで公式ページに飛びます
et8aiqi0itmpfugg4fvggwzr5p9_wek_f5_m8_5dti

あらすじ

クロムは勇者パーティの一員として、仲間たちともに魔王軍と戦っている。
だが恋人のイリーナは勇者ユーノと通じており、クロムを勇者強化のための生け贄に捧げる。
魔力を奪われ、パーティから追放されるクロム。瀕死の状態で魔物に囲まれ、絶体絶命──。
そのとき、クロムの中で『闇』が目覚める。それは絶望の中で手にした無敵のスキルだった。
さあ、この力で復讐を始めよう──。


   ※   ※   ※

【朗報】駄女神のうっかりミスで全ステータスMAXになったので、これからの人生が究極イージーモードな件【勝ち組】
(新作です。こちらもよろしくお願いいたします)


あらすじ

冒険者ギルドの職員として平凡な生活を送っている青年、クレイヴ。
ある日、女神フィーラと出会った彼は、以前におこなった善行のご褒美として、ステータスをちょっぴり上げてもらう。
──はずだったのだが、駄女神のうっかりミスで、クレイヴはあらゆるステータスが最高レベルに生まれ変わる。
おかげで、クレイヴの人生は究極勝ち組モードに突入する!
大金ゲットにハーレム構築、さらに最高レベルの魔法やスキルで快適スローライフを実現させていく──。



小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ