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4 砂塵の罠

 冥たちは流砂に飲みこまれていた。


「うわぁぁ……ぁぁっ……」


 動けない。

 踏ん張ることさえできない。


 何しろ周りの地面がすべて沈んでいくのだから、反動をつけて脱出すること自体が不可能だ。


(これが流砂……!)


 言葉では知っていても、実際に体験するとまったく違う。


 脱出不可能という絶望感。


 まず足首までが砂に埋もれ、膝が埋もれ、太ももが埋もれ、腰の辺りまで沈んでいく。

 じわじわと体が砂の中に飲みこまれていく──恐怖感。


 ずぶ……ずぶ……と。

 まるで底なし沼だった。


「はははは! いいザマだな、勇者さまよぉ!」


 流砂の縁の辺りから、ドルトンが沈んでいく冥たちを見下ろしている。


「そっちの女騎士も気分はどうだ?」


 と、視線を移す。


 その先には、冥から少し離れた場所で同じように腰まで沈んでいるシエラの姿があった。

 隣にはルイーズもいる。


 当然、二人とも脱出不可能だった。


「白兵戦なら俺に勝てるかもしれんが、その状態じゃどうにもならねぇよな?」


 先ほどのうっぷんを晴らそうというのか、ドルトンが嘲笑する。


「正面から戦っても勝てないから、罠を張ったっていうの? 卑怯者」


「卑怯? なんだそりゃ? 勝負ってのは勝てばいいんだよ。たとえ、どんな手を使ってでもな」


 ドルトンがうそぶいた。


「残ったのはお前だけだな、お姫さま」


 と、ユナに視線を向ける。


(ユナ……)


 そう、彼女だけは間一髪、流砂地帯から逃れていた。

 ドルトンと同じく流砂から離れた場所に立っている。


 いち早く罠に気づいて離脱したのだろう。

 さすがに冥たちを助ける暇はなかったようだが──。


「姫さま、手伝って!」


 シエラが叫ぶ。

 彼女も、ルイーズも、冥と同じく腰の辺りまで砂に沈んでいた。


 いくら彼女たちの運動能力が優れていても、自力で脱出するのは無理だ。


「魔法で引き上げてくれれば、後はあたしがそいつを倒す──」


「おっと、動くなよ!」


 ドルトンが素早く銃を構えた。


「ユナ・プリムロード。魔法文明が発達した第八層の王女さまだったな。生意気にも人間のくせに魔族並の魔法が使えるとか」


 銃口を向けられたユナは動けない。


「そっちの女騎士が言う通り、お前の魔法ならそいつらを助け出せるだろうな。だが詠唱する前に俺がお前を撃つ。命が惜しければ動くなよ」


 言いつつ、銃口がユナから冥へと移動した。


「くっくっく、最高だぜ。メリーベルやシフォンでも勝てなかった相手を、俺は龍王機も使わずに、あっさりとぶっ殺せるんだからよぉ!」


「そんな勝ち方、恥ずかしくないの!」


 叫んだのはシエラだ。


「罠なんか使わず、龍王機で正々堂々と勝負したらいいでしょ! 少なくともあの魔族たちはそうして──」


「うるせぇっ!」


 銃口が火を噴いた。


「っ……!」


 シエラの頬から血が噴き出す。

 銃弾がかすったようだ。


「やめろ、抵抗できない女の子を撃つな!」


 冥が怒りの声を上げた。

 シエラの頬からはとめどなく血があふれている。


「それも顔を──」


 燃えるような目でドルトンをにらむ。


「甘いこといってんじゃねーよ」


 さらに火を噴く銃口。

 今度の狙いは冥だ。


「が……あっ」


 右腕に焼けるような痛みが走った。


 どうやら銃弾がかすめたらしい。

 肉が裂けて激痛が走る。


「言っておくが、こいつは威嚇だ」


 ドルトンが笑う。


「次はお前の脳天を撃ち抜いてやろうか、勇者さま? くっくっく」


「……! とにかく、シエラを撃つのはやめろ」


 歯を食いしばって痛みに耐えながら、冥がうめいた。


「ほう、この期に及んで女をかばうのか?」


 ドルトンがますます可笑しそうに笑った。


「勇者さまはカッコいいねぇ、くっくっく」


 こいつは──楽しんでいる。

 人が苦しむのを悦び、いたぶることに快楽を覚えている。


 最低、だった。


 少なくとも、騎士道精神を持っていたメリーベルやシフォンとは比べるべくもない。


「だが、俺にえらそうな口を利いた罰を与えてやらねぇとな。というわけで、姫さま。お前が勇者を撃て」


 言って、ユナの足元に一丁の銃を放った。


「そうすれば、お前の命だけは助けてやるぜぇ」


 どこまでも下劣で、卑劣な魔族だった。


(僕は、勇者なのに何もできないのか)


 冥は歯噛みする。

 砂の流れにこれ以上飲みこまれないようにバランスを取るだけで精一杯だ。


 それでもじりじりと体が沈んでいく。

 幾分砂の流れが弱まったようだが、そろそろ胸の辺りまで砂に埋もれそうだった。


 もはや、言葉を発する余裕さえない。


「私は……」


 ユナがうめいた。


(ユナ……?)


 足元の銃をジッと見つめている。


 何かに逡巡しているように。

 魔族の言葉を実行するか否か、迷っているかのように──。


「ほら、そろそろ決断したほうがいいぜ? 俺はあまり気が長くないからなぁ」


 ドルトンが哄笑する。


「迷う必要なんてないって。勇者を撃って、自分が助かりたいんだろ?」


「違う!」


 冥が叫んだ。


「ユナが、そんなことをするはずがない」


「おいおい、自分の命より他人の命を優先する奴がいるなんて信じてるのかよ? 人間なんてのは、一皮剥けばどいつもこいつも自分が可愛い奴ばかりだって」


 ドルトンが不快そうに言い放つ。


「僕はユナを──」


 ──あなたたちは私にとってはただの手駒。魔族と戦うためのピースですわ。勝つために必要なら、いつでも切り捨てます。それをお忘れなく──


 先ほどのユナの言葉が脳裏をよぎる。


「信じてる」


 まっすぐに言い放った。


 たとえ表面上は別人のようにクールになっていても。

 中身はあの優しくて健気なユナのままだ。


 変わってほしくない。

 変わるはずが──ない。


「ちっ、くせーことばかり言いやがって。いいかげんにイラついてきたぜ」


 ドルトンがますます不快そうに眉をひそめた。


 がうんっ!


 銃声が響く。

 ユナの足元から硝煙が立ち上った。


「おら、早くしろよ。いいかげんに決断しないと、お前のほうを撃っちまうぜ、姫さま」


 銃口を向けたまま、ドルトン。


「そいつらはしょせん兵士だ。いくらでも替えが効く。勇者だってまた召喚すればいいだろ? けど、お前はそうはいかねぇよな、姫さま。指導者がいなくなれば組織は瓦解する。召喚魔法を使えるのも、確かお前だけだったよなぁ? くっくっく」


「……本当ですね?」


 ユナがゆっくりと顔を上げた。

 青色の瞳には決意の光が宿っている。


「あ?」


「彼らを撃てば、私を助けてくれる、と。その言葉に偽りはありませんね?」


「おう。こう見えても、俺は約束を守る男だ」


「では──」


 ユナが足元の銃を拾った。

 ゆっくりと銃口を冥に向ける。


「ユナ……」


 冥は呆然と彼女を見つめる。

 ユナが小さなため息をついた。


「ごめんなさい。他に手立てがないのです」


 細い指が静かに引き金を──引く。


 銃声が響く。

 鮮血が散る。


「ううっ」


 小さなうめき声とともに、冥の上体が力なく崩れ落ちた。

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