2 勇者さま、ラッキースケベなひととき
美少女二人の裸身を前にして、冥は立ち尽くしていた。
(ユナ……! シエラも……!)
完全に思考回路が停止状態だ。
全身が痺れたように動けない。
(二人とも、すごく綺麗だ)
一糸まとわぬ裸身をさらす二人に見とれてしまう。
芸術品さながらに美しいユナの体は、ほっそりとしてスレンダーだった。
小ぶりで形のよい胸や桜色した先端部が揺れて、異様に艶めかしい。
一方のシエラは、アスリートさながらに引き締まった体つきながら、出るべきところはきっちり出ている。
丸みのある巨乳とお尻の豊かさはユナとは違った色香を発散している。
ぱきん、と足元で音が鳴った。
ほとんど無意識に泉まで近づき、枯れ木を踏んでしまったようだ。
その音に気づいたのか、ユナとシエラが同時に振り向く。
「あ……」
とっさに声が出ない冥。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
ユナが絶叫した。
「な、な、な、な……!?」
呆然とした表情で、声にならない声を上げる。
それから、顔を真っ赤にして冥をにらみつけた。
「何をしているのですか、あなたはっ!」
「もう、勇者さまのえっち~」
一方のシエラは照れたように両腕でグラマラスな裸体を隠す。
恥ずかしそうに身をくねらせているが、幸い、ユナと違って怒ってはいないようだ。
「……まったく、信じられませんわ。勇者ともあろう方が、破廉恥極まりない覗き行為だなんて」
その分というか、ユナは怒り心頭だった。
「殿方に二度も肌を見られて……」
この世界に召喚された際にも、冥は一度ユナの裸を見ている。
召喚魔法は、使い手も召喚される方も、どちらも一糸まとわぬ姿になってしまうからだ。
だから、そのときは冥も同様に全裸を見られたわけだが──。
それは、あくまでも召喚魔法を使うための不可抗力のようなものだった。
今回とはまるで事情が違う。
「ああ、もうお嫁にいけません」
ユナがこの世の終わりのような顔をしていた。
「ご、ごめん。気晴らしに散歩してたら、偶然ここに来ちゃって……」
冥は慌てて謝った。
謝りながらも、ちらちらと二人の裸身に視線が行ってしまう。
冥とて健全な少年なのだ。
ましてや、これだけの美少女たちのヌード姿など、惹きつけられないほうがおかしい。
「……ゆ・う・しゃ・さ・ま」
ユナの顔に赤みがさした。
怒りか、羞恥か。
多分、その両方だろう。
「うわわ、ご、ごめんっ」
冥はすぐさま視線を逸らし、背中を向ける。
それ以上、一秒でもユナたちの裸身をチラ見していたら、本気で攻撃魔法が飛んできそうだ。
「まさか水浴びしてるなんて思わなくて……本当にごめん」
見とれてしまったとはいえ、完全に自分の不注意だ。
平謝りだった。
「勇者さまっ」
茂みをかき分けて、新たな人影が現れた。
お下げ髪を揺らして走り寄ってきたのは、ルイーズだ。
「もう、突然いなくなるから探しましたよ!」
「あれ、ルイーズ……?」
キョトンと少女兵士を見つめる。
「彼女には勇者さまの護衛をお願いしていたのです。私が沐浴している間……」
説明するユナ。
「沐浴?」
「魔族の要塞では、私も魔法で戦うことになるかもしれません。龍王機はともかく、生身の魔族兵なら私でも戦えますから。そのために身を清めていたのです。シエラには護衛として来てもらっていました」
「えへへ、あたしもそのついでに水浴びしてたの」
背後でシエラが笑う。
「今日一日で汗だくになっちゃったしね」
「先輩、大きい……」
ルイーズがぽつりとつぶやいた。
先ほど目にした肉づきの豊かな胸の盛り上がりを、つい思い出してしまう。
確かに大きかった。
FとかGカップのグラビアアイドルくらいのサイズはありそうだ。
半ば無意識に振り返りそうになり、慌てて自制する。
「……シエラ、あなたは殿方に裸を見られたというのに平気なのですか?」
ユナが不満げにたずねる。
「随分あっけらかんとしていますけれど」
「ま、まあ、あらためて考えると、見られちゃったのは恥ずかしいけど……」
シエラが笑った。
照れ笑いを浮かべたような雰囲気だ。
「勇者さまが相手なら、別に……あたしは……」
ぽつりとつぶやいた声は、小さすぎてよく聞こえなかった。
「? 何か言いました?」
「わわわ、なんでもないっ。今のなしっ」
なぜか慌てたようなシエラ。
「先輩、まさかこの男のことを──」
ルイーズの表情が険しくなった。
「いけない。先輩に悪い虫がついてしまう……」
「今、サラッとひどいこと言わなかった!?」
「先輩の純潔を守るために、いっそのことここで斬ったほうが……ぶつぶつ」
ルイーズが腰の剣に手をかける。
本気の目だった。
「いやいやいやいやっ」
冥は思わず後ずさった。
──そんなドタバタを経て、冥たちは休息を終え、オアシスを後にした。
「敵の要塞は目と鼻の先。心してくださいね、みなさん」
ユナが言った。
当然だが、彼女もシエラも元の衣装に着替え終っている。
「何度も言いますが、今回の奇襲はスピードと連携が命です。私が魔法攻撃を要塞に仕掛けて陽動、勇者さまはその混乱に乗じて、まず量産機を一機ずつ確実に倒してください」
「うん、分かった」
うなずく冥。
少し遅れて、連合の兵士たちがエルシオンを輸送車で運んでいるはずだ。
要塞の前で合流しなくてはならない。
ちなみに冥たちがエルシオンに乗って直接、要塞付近まで移動しないのは、燃費の問題だ。
龍王機の動力部に使われているコア魔導石は消耗品であり、希少品でもあった。
物資も財も足りていない連合の厳しい懐事情では、龍王機は最小限の稼働しかできない。
戦闘時以外でエルシオンを動かし、魔導石を余分に消耗する余裕はないのだった。
「相手が陣形を整える前に、一機でも数を減らします。多勢に無勢の状況を作らせない──それが今回の肝ですから」
ユナが冥をまっすぐに見つめる。
「とはいえ、やはり数的不利の状況自体は止められないでしょう。性能の劣るエルシオンでどこまで戦えるか──すべては勇者さま次第です」
「な、なんかさっきからプレッシャーかけられまくってるような」
「あなたは勇者でしょう」
ユナの視線はきつかった。
「きっとできます。いえ、やらねばならないのです──必ず」
「そうだけど、言い方ってものが」
冥が小さくため息をついた。
本音を言えば、もう少し優しく、やる気を鼓舞してほしい。
もっとも──もし、そんなことを言ったら、
「甘えないでください。これは戦争です」
ユナのことだから、冷徹に返してきそうで言い出せない。
「前のときは、ひたすら『ゆうしゃさま、ゆうしゃさま』って懐いてくれたのになぁ」
幼女だったユナの姿を思い出す。
ひたすら懐いてきて──。
ひたすら甘えてきて──。
あのころのユナは本当に可愛かった。
(いや、今も可愛いんだけど。でも態度がときどき……ね)
「私は、勇者に対しては厳しく接することにしたのです。以前とは違います」
ユナが冷然と告げた。
先代の勇者が裏切り、魔王となった──。
ユナはそう言っていた。
だから、彼女の中で『勇者』に対する不信感は根強いのだろう。
(なんとか、前みたいに接してほしいんだけどなぁ)
「たった四人とは舐められたもんだな、ど畜生」
ふいに、不快げな声が響いた。