1 奇襲作戦
「暑い……」
冥は頭上から照りつける太陽を見上げ、ため息をついた。
黒い短衣に白い鎧、背中には黄金の剣、という勇者の装束は見た目よりもずっと通気性に優れている。
だが、それでも暑いものは暑い。
「先ほどからそればかりですわね、勇者さま」
ユナが腰に手を当てて、ため息をついた。
桃色の髪を背中まで伸ばした、可憐な美少女だ。
白いドレスはいつもよりスカートの裾が短く、涼しげだった。
そこから健康的な太ももが覗いている。
思わずドキッとなった。
「だ、だって暑いものは暑いよ」
太ももから目を逸らすようにして、ユナに言い返す冥。
南エリアは灼熱の砂漠地帯だ。
砂の大地がどこまでも広がり、涼めるような日陰すらない。
「なんでクレスティアって、こう気候が極端なんだろ」
「魔法による干渉を受けていますから」
ユナが説明した。
「魔法とはイメージの力。寒い場所は、そう感じる人々のイメージが集まってより寒く、逆に暑い場所はより暑くなります」
「へえ、そうなんだ」
「第二層以降も多種多様なエリアが広がっているのですよ。たとえば恐竜と呼ばれる巨大生物が闊歩するエリアや、公害に悩まされる都市のエリア、あるいはサムライや忍者が跳梁する異国風のエリアなど──」
「あ、そういえばそうだったね」
冥は遠くを見るように目を細めた。
「懐かしいな」
「懐かしい?」
訝るユナ。
「勇者さまは、この世界に来るのは初めてでは?」
「あ、ううん、驚いたな、って言ったんだよ。あはは」
冥は慌ててごまかした。
視線をわずかに逸らしながら、先日のことを思い出す。
──西エリアを攻略し、紋章に触れた際のことを。
(なんだったんだろう、あれは)
あのことは、ユナにも他の誰にも言っていない。
冥の胸の内だけに留めていた。
極彩色の空間。
そこで出会った黒い人影。
そして、未来の予言。
冥とユナが戦う、不吉な未来。
(いや、そんなこと──起きるはずがない)
込み上げる不安を慌てて打ち消した。
今は、この作戦に集中するときだ。
考えるのは、よそう。
「ともかく、このクレスティアではエリアごとに気候も文明すらも大きく異なります。ですが、それに耐えるのもまた人の心の力です」
「そうそう、気持ち次第だよ。暑さなんて」
シエラが元気よく拳を振り上げる。
燃えるような赤い髪をポニーテールにした快活な美少女だ。
騎士らしい軽装鎧姿だが、冥と違って暑さにヘバっている様子は微塵もなかった。
「さすが先輩ですねっ」
その隣で、ルイーズが目をキラキラさせた。
お下げ髪にそばかす顔が印象的なこの少女兵士はルイーズ・クリスティーナ。
冥より二つ年下の十四歳。
シエラを誰よりも尊敬しており、その反動なのか、冥に対してはやけにツンケンしている。
「暑さにも負けない強靭な肉体と精神。騎士の模範です。それに引き換え、勇者さまは」
じとっと横目で見られる。
「な、なんだよ、引き合いに出さなくてもいいだろ」
冥は口を尖らせた。
──現在、冥とユナ、シエラ、ルイーズの四人は作戦行動中だ。
目標はこの南エリアを支配する魔族ドルトンの基地である。
事前の調査によると、敵の要塞にはドルトンの専用機以外に、魔族兵の量産機が六機控えているという。
数の上では圧倒的にこちらが不利。
前回の戦いでは、シフォンが単機で待ち構えてくれていた。
だが毎度、一騎打ちのシチュエーションに持ちこめるはずがない。
むしろ、ボス魔族の専用機と一般兵の量産機の両方を相手にする状況のほうが普通だ。
ただでさえ性能のハンデがあるうえに、数敵不利まであっては苦戦は免れない。
そこで立案されたのが奇襲攻撃だった。
相手が戦闘態勢を整える前に、一気に叩く──。
奇襲ゆえに、求められるのは速度と隠密性。
そのため、他の兵士たちは後方で待機していた。
手はずはこうだ。
まず敵の要塞に向けて、ユナが魔法で攻撃を仕掛ける。
護衛にはシエラとルイーズ。
そうして陽動をかけている間に、側面から冥がエルシオンで急襲する。
相手に取り囲まれたら、終わりだ。
だから、その前にエルシオンが速攻で敵機を次々に撃墜し、一機でも数を減らす──。
(とにかくスピードが命ってことだよな……でも、このままじゃ基地にたどり着く前に、熱射病にでもなりそう……)
「うーん、でもルイーズの言うことも一理あるよね。勇者さまはもうちょっと体力つけたほうがいいかも~」
「うわっ!?」
ばんっ、と背中を叩かれ、つんのめる冥。
「あ、ちょっと強く叩きすぎちゃった。ごめんね」
「先輩が謝ることはありませんよ。勇者さまの鍛え方が足りないんですっ」
やはりというか、とことんシエラをかばうルイーズ。
まあ、鍛え方が足りないという部分には、残念ながら同意せざるを得ないのだが──。
「僕、そんなに体育系の人間じゃないしなぁ」
「龍王機の操縦はあたしよりずっと上だけど、実戦には体力も大事だからねー」
「そうですわね」
シエラの言葉にユナがうなずく。
なんだか今日は女性陣から総攻撃されている。
「少なくとも行軍の段階で音を上げるようでは厳しいですわ。女の私でさえ、耐えているというのに」
「……っていうか、ユナはユナでずるくない。それ?」
冥がジト目でユナをにらんだ。
言われっぱなしもさすがにシャクなので、ちょっとした反撃だ。
「はい?」
「ドレスの中に冷却魔法を仕込んでる」
「ぎくり」
ユナが顔をひきつらせた。
「人の精神力がどうだ──とか立派な演説してたくせに、自分だけズルしてる」
「ズ、ズルじゃありませんわ」
「自分だけ魔法使ってるんだから、涼しいのは当たり前じゃん」
「ま、魔法なんて使ってないでしゅ」
「ほら、噛んだ」
「むうう……」
頬を膨らませるユナ。
「あはは、姫さまって男嫌いなのに、勇者さまとは普通にしゃべれるんだね」
シエラが微笑ましげに冥とユナを見つめる。
「えっ? えっ?」
「勇者さまなら姫さまにお似合いだと思うけどなー」
シエラはもう一度、冥とユナを交互に見つめ、
「あ、でもちょっと妬けちゃう……かも」
最後の言葉は風にまぎれて、よく聞こえなかった。
「シエラ?」
「ううん、なんでもないのっ」
なぜか顔を赤らめるシエラ。
「妙な勘違いをしないでください」
ユナが表情を険しくした。
「私は連合の指導者です。頭にあるのはどうやって魔族を倒すか、どうやって人類圏を奪還していくか──それだけですわ」
ぴしゃりと言い放つ。
「恋だの愛だの……普通の町娘のような甘いことを考えている暇はありません」
「もう、姫さまって素直じゃないんだから」
「あなたたちも」
ユナがスッと瞳を細める。
「私にとってはただの手駒。魔族と戦うためのピースですわ。勝つために必要なら、いつでも切り捨てます。それをお忘れなく」
「……姫さま」
シエラの顔から笑みが消える。
「ユナ、いくらなんでもそれは言いすぎだよ」
冥が割って入る。
ユナは答えず、先を歩き始めた。
「ユナ……」
「ここで一時休息にしましょう」
それからしばらく進み、ユナが足を止めた。
「本来なら一気に敵の要塞まで迫りたかったのですが、勇者さまがこの有様では──」
「……う、ごめん」
すでに汗だくでグロッキー状態の冥だった。
目の前には小さな茂みがある。その奥には泉も湧いているようだ。
いわゆるオアシスだった。
ユナが魔法で探し当てたのだ。
「勇者さまはそこの木陰で休んでいてください。それと、この付近には流砂地帯があるはずなので、あまり遠くまで行かないでくださいね。私はその間に沐浴を──」
「う、うん、そうさせてもらうよ」
皆まで聞かずに、冥は手近の木にもたれかかった。
疲れでウトウトとしてしまう。
──少しの間、眠ってしまっていたようだ。
「……って、あれ?」
目を覚ますと、周囲には誰もいなかった。
「皆、どこへ──」
慌てて立ち上がり、周囲を探す。
もしかしたら、魔族に襲われでもしたのだろうか。
「ユナ、シエラ、ルイーズ……どこ?」
辺りに声をかけながら、茂みの奥へと進んでいく。
前方を見ると、小さな泉があった。
そして、泉のほとりには白い人影が二つ──。
「えっ……!?」
その人影の正体に気づき、冥は呆然と立ち尽くす。
ユナとシエラだった。
二人とも、全裸になって水浴びをしている──。