9 闇の予兆
気が付くと、冥は極彩色の光の中にいた。
まばゆい輝きの中心部に、黒い何かがある。
いや……目を凝らせば、それは人のようだった。
誰かが、いる。
「君は……」
「やっとここまで来たね」
声が響く。
まぶしくてよく見えないが、どうやら黒いローブをまとった人影らしい。
「紋章には『心』を司る力がある。その力でお互いの精神をリンクさせた」
「精神を……リンク……」
「心を通わせている状態、ってところかな。こうでもしないと接触できないからね。今は、まだ──」
人影が苦笑したようだった。
「君は……誰?」
「見せたいものがあって来たんだ」
問いかけには答えず、人影が告げた。
「うっ……!?」
次の瞬間、視界が暗転する。
目の前がスクリーンのようになり、何かの映像が映った。
「あれ……は……」
天空に浮かぶ、八つの巨大な大陸。
階層世界クレスティアだ。
その大陸の一つ一つが──第一層から第八層までのすべてが、音を立てて崩れ、消え去っていく。
まさしく世界の崩壊だった。
「クレスティアが──」
さらに目を凝らすと、第八層の上空で二つの人影が対峙していた。
白い鎧をまとった黒髪の少年。
桃色の髪をなびかせ、白いドレスを着た少女。
二人はともに宙に浮かび、数メートルの距離で向き合っている。
「僕と……ユナ……!?」
互いに怒りの表情を浮かべているように見えた。
憎んでいるようにすら、見える。
時折、天空から雷鳴が響き、黄金の稲光が二人の姿を照らす。
次の瞬間、二人は同時に動いた。
冥が勇者の剣で斬りかかる。
ユナが魔法でそれを迎え撃つ。
二人の間に無数の銀光と爆光が閃き、激突しては離れ、離れては激突する。
死闘だった。
「やめ……ろ……」
冥は思わずうめいた。
──ゆうしゃさま──
幼女だったユナの笑顔が脳裏をよぎる。
彼を慕う、あどけない笑顔。
そして同い年の少女として再会した、現在のユナの顔が次に浮かんだ。
凍りつくような瞳。
勇者を裏切り者と断罪し、他者を信じることを止めた冷徹な顔。
だけど、その心は昔と変わらず優しいままだ、と信じていた。
ユナは、誰よりも大切な仲間だ。
昔も、今も。
「こんなのは、駄目だ……」
見ているだけで、胸が苦しくなる。
目の前では死闘が続いていた。
冥が剣で斬りつけ、ユナが魔法で迎え撃つ。
互いに傷つき、傷つけあい、血を流しあう。
そして生身の戦いは、やがて龍王機同士の戦いへと移行した。
白い愛機を駆る冥に、ユナが黄金に輝く機体で突進する。
エルシオンとディーヴァだ。
(なんだ……これ……?)
意味不明の光景の連続だった。
これはおかしい。
あまりにも──おかしい。
冥がユナと戦うはずがない。
戦いたいとも思わない。
なのに、互いに剣や魔法で殺し合おうとしている。
おまけにユナが──龍王機に乗れないはずの彼女が、ディーヴァに乗って冥と戦い、殺そうと──。
「いいかげんにしろ……!」
冥は怒りの声を影に叩きつけた。
悪趣味にもほどがある。
一体、こんな映像を見せて、彼は冥に何をしたいのか。
「なんなんだよ! なんなんだよ、これは……!」
「予言さ」
影が笑う。
「いずれ、この世界で起こる最後の戦いの──ね」
「何が予言だ! こんなの、おかしいよ! 全部でたらめだ!」
冥は叫んだ。
絶叫が、光の空間いっぱいに響き渡る。
「……信じたくなければ、それでいい。未来は不確定だ。この通りになるとは限らない」
影の笑みが濃くなった。
光の加減が変わったのか、その顔がわずかに照らされる。
逆光で見えなかった顔が、少しだけ判別できた。
「あ……」
冥が言葉を失う。
風もないのになびく黒髪。
そして、目元を覆うゴーグル。
(こいつ、まさか──)
ハッと顔をこわばらせる。
「楽しみだよ。君と彼女がいずれ憎しみあうのか、それとも予言を覆して心を通わせるのか──」
「僕が、ユナと戦うはずがない」
冥がうめいた。
だが、その声には力がない。
「……君が知らない真実を知ってもなお、そう言えるかな?」
「真実……だと?」
「今回の戦いの……そして、魔王の──」
黒い人影の声が徐々にくぐもっていく。
その姿が、ゆっくりとかすんだ。
まるで陽炎のように揺らぎ、薄れていく。
「……アクセスできるのは……まだ……これくらいか。もっと……濃密な、想念が……必要……」
ザザ……と声にノイズが混じり出した。
「待ってるよ、竜ヶ崎冥」
声が告げた。
その声には、どこか聞き覚えがあった。
(だけど、どこで……?)
記憶がはっきりしない。
意識がはっきりしない。
やがて、冥の視界はだんだんと薄れていき──。
「……さま? 勇者さま!」
気が付くと、ユナが心配そうに見つめていた。
「どうかなさったのですか? 突然、立ち尽くして」
「あれ……? ここは──」
元の、祭壇の前だ。
ユナに紋章を渡そうとしていたところだった。
(さっきのは、なんだったんだ)
冥とユナが、剣と魔法で戦う光景。
そして互いに龍王機に乗り、殺しあう光景。
(変な幻を見ただけだ。そうに決まってる)
だが、心の隅に小さな不安は残った。
こうして。
消えない、黒い予兆を残したまま──。
西エリア攻略戦は終わりを告げた。
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