8 西エリア攻略、そして……
ばきん、と妙な音がして、タイタンの巨体がかしいだ。
「な、なんだ……!?」
シフォンが戸惑う。
機体のバランスが崩れ、操縦席が右へ、左へ、激しく揺れた。
「無意味にスピード勝負を挑んでいたわけじゃない」
勇者の声が凛と響く。
「くっ……この……」
その間も、タイタンの挙動はどんどんおかしくなる。
機体が右へ揺れたかと思えば、反動で左にかしぐ。
ゆらゆらと、まるで酔っぱらいのようにバランスが安定しない。
(くそっ、姿勢制御機構が壊れたのか……?)
だが、モニターでチェックしても、バランサーは正常に動作していた。
(ってことは、つまり──)
がくん、とタイタンが膝から崩れ落ちた。
両足が火花を散らせている。
正確には、膝の関節部が。
「これは……!?」
「その巨体で全開機動を繰り返したんだ。関節にかかる負担はエルシオンの比じゃない」
「そ、そんなはずはない。これくらいで、タイタンが壊れるはずが──」
シフォンとて、愛機の限界は百も承知している。
あれくらいの切り返しで、関節部が壊れるとは考えられない。
「……テメェ」
ハッと気づいた。
「エルシオンを少しずつ加速させていた」
勇者が淡々と告げる。
「君が気づかないくらいに、ほんのちょっとずつ」
「加速だと? だが、なぜテメェの機体は無事でいられる……?」
「軽量のエルシオンと重量級のタイタンじゃ、関節部にかかる負担がまるで違う。君は戦いの興奮で気づいていなかったみたいだけどね」
「っ……!」
声を失うシフォン。
「あるいは、関節が限界を迎える前に、僕を仕留められると踏んだのか。だけど──そこまで甘くないよ。僕とエルシオンはね」
確かに、勇者の言う通りだ。
関節にダメージがあることは承知していたが、限界を迎える前に敵を倒せると予測していた。
第四世代のエルシオンごとき、短時間で叩き伏せられる、と。
「あたしの見立てが甘かった、ってことかよ」
シフォンは歯噛みした。
「テメェ、最初から全部計算ずくで──」
「旧型には旧型の戦い方があるってことだよ」
告げて、地を蹴るエルシオン。
本来なら、タイタンのスピードで楽に迎撃できる突進だ。
だが──今の愛機は、もどかしくなるほど反応が鈍い。
関節が軋み、火花を散らす。
もはや姿勢制御どころか、立ち上がることすらできない。
「終わりだ」
繰り出されたエルシオンの剣がタイタンの胸を貫く。
オォォォォォォォン……!
悲鳴にも似た音とともに、動力部が火花を散らす。
同時に、タイタンの目から光が消え、すべての動きが止まった。
※ ※ ※
「勝った……」
冥はエルシオンの操縦席で息をついた。
タイタンの背部装甲が開き、小型の飛行機のようなものが飛び出していく。シフォンを乗せた脱出艇だ。
龍王機の操縦席は、緊急の脱出システムも兼ねているのだった。
「魔族が逃げます、早く捕えてください」
「いいんだ」
血相を変えるユナを、冥が制した。
追うつもりはなかった。
「捕虜にすれば、敵の情報を聞き出すこともできますし、いざとなれば人質にだって──」
「ユナ、やめて」
冥は彼女の言葉を制した。
「魔族は捕虜にはならない。敵に捕まるくらいなら自決する──そういう連中だ」
そう、前の大戦ではそうだった。
人間に捕らわれる屈辱を味わうくらいなら死を選ぶ──。
シフォンの脱出艇をエルシオンで捕まえるのは難しくない。
だけど、そうすればシフォンは自ら命を絶つだろう。
「……ですが、魔族に情けなど」
ユナの表情が歪む。
冥はこの世界に召喚されて間もない。
今回の戦いで、魔族がどれだけ人間を苦しめてきたかを知らない。
「ごめん、ユナ」
目的は魔族を殺すことではない。
あくまでも支配されたエリアを奪還すること。
「たとえ相手が魔族でも、命を奪うことまではしたくないんだ」
「あなたは甘すぎます」
ユナが苦々しい顔をする。
「私たちがしているのは、魔族との戦争です」
言って、ため息をついた。
「ですが、あなたは勇者。そのご意志には従いますわ」
不承不承といった感じだった。
「ごめんね、ユナ」
もう一度、謝る。
振り向けば、兵士たちが勝ち鬨の声を上げていた。
冥たちは、森林の最奥へとやって来た。
移動はエルシオンを使い、ユナとシエラをそれぞれ右手と左手に乗せた。
その後方からルイーズを始めとした兵士たちがついて来ていた。
途中、魔族の兵士には出くわさなかった。
シフォンの敗北を知り、逃げ去ったのだろう。
「ここですね」
ユナが前方を指差す。
木々に囲まれた神殿。
要塞とは名ばかりの、小さな社だった。
「魔族シフォンが守っていた西エリアの最重要拠点──」
扉を開き、中に入る。
最奥まで進むと、祭壇に目的のものが安置されていた。
祭壇から十センチほどの高さで浮遊している、極彩色の光を放つ六角形の板。
大きさは三十センチ四方くらいだろうか。
『大いなる紋章』。
クレスティアの人々の心を守り、司る神秘の宝具。
この紋章が魔王軍に奪われたことで、世界中のほとんどの人々が『堕心』と呼ばれる魔族へと変容してしまったのだ。
「ようやく一つ、人類の手に紋章を取り戻せましたわ」
ユナの顔に微笑が浮かぶ。
「さあ、勇者さま。紋章を取ってくださいませ」
「うん」
冥は祭壇まで歩いて行き、紋章を手に取った。
どんな材質でできているのかは分からないが、金属質な外見の割に驚くほど軽い。
「ユナ、これを」
手渡そうとしたところで、
──どくんっ!
突然、手の中の紋章が脈動する。
まるで生き物のように、熱い脈を打ち始める。
「えっ……!?」
いや、脈動しているのは紋章だけではない。
冥の全身にまでその熱と震動が伝わり、電撃のように貫いた。
(な、なんだ……!?)
目の前に極彩色の光が広がる。
意識が薄れ、輝きの中にすべてが飲みこまれていく──。