7 限界機動バトル
「パワーでも、スピードでも、火力でも勝てない」
冥は冷静に、愛機と敵機の戦力差を分析していた。
「さすがに、きついな」
まさしく絶体絶命だ。
グォォォォン……!
エルシオンの機関部がうなった。
まるで、主人に抗議するように。
「……そうだよね。弱音を吐いてる場合じゃない」
負けられない。
たとえ相手がどれだけ強敵でも。
冥は──勇者なのだから。
「ごめんよ、エルシオン」
性能が劣るなら、劣るなりの戦い方をするしかない。
あらためてモニターに映る巨大な龍王機を見据えた。
右手に構えた斧を。
肩から突き出した砲を。
装甲に覆われた腕を、足を、胴を──。
「……待てよ」
冥の視線が、敵機のある一点で止まる。
一つの戦法を閃いたのだ。
どくん、と心臓の鼓動が高まった。
きっと紙一重の勝負になる。
だけど、
「これが突破口……か?」
操縦桿を握り直す。
腹をくくった。
「頼むよ、エルシオン──奴を倒す」
地を蹴り、白い機体が突進する。
正面からの、まさしく無謀な突撃だ。
「カカッ、自棄になったのかよ。そんな破れかぶれが通用するほど、あたしは甘くねーぞ!」
シフォンの嘲笑を無視して、冥はさらにエルシオンを加速させた。
※ ※ ※
「こいつは楽勝だな」
シフォンは操縦席で獰猛な笑みを浮かべた。
そもそも第四世代機と第七世代機では勝負にすらならない。
子どもと大人どころか、神と虫けらほどの力の差があるのだ。
「……いや、仮にもメリーベルが負けた相手だ。油断は禁物か」
すぐに気を引き締め直す。
(勇者を倒して、あたしがあいつより上だと証明してやるぜ。『堕心』だからって『純魔族』の連中に舐められてたまるか)
魔族には二種類ある。
魔界で生まれた生粋の魔族──『純魔族』。
そして元は人間だったものが、魔王の魔力と紋章の力によって魔族へと生まれかわった『堕心』だ。
人間だったころのシフォンは、第三層の田舎町に住む普通の少女だった。
十年前──先代の魔王がクレスティアに侵攻し、魔族へと生まれ変わった。
そして魔界へと渡り、やがて魔王軍の養成所へと進んだのだ。
シフォンとメリーベルは養成所の同期であり、双璧と呼ばれていた。
彼女にとってメリーベルはライバルだった。
絶対に負けたくない相手だった。
だが、メリーベルは常に彼女の一歩先を行っていた。
軍の訓練所を卒業したときの最終成績はメリーベルが一位で、彼女は二位。
龍王機を使った模擬戦でも、メリーベルには一度も勝てなかった。
(だけど、あたしはこいつに出会った。最強の巨人に)
通常なら龍王機一機につき一つしか使わないコア魔導石を複数使用した『VK型機関』によって、大出力のパワーとスピード、さらに高火力をも実現した超最新鋭の第七世代機──パンツァータイタン。
魔力消耗量の大きさや稼働時間の短さ、維持や開発費用の異常な高騰といった欠点は解消されていないものの、一対一ならほぼ無敵といっていい超性能。
(そうだ、あたしはメリーベルを超えた。そして、勇者撃破を手土産に今度は魔族最強のエルナ・シファーに挑戦して──すべての魔族の中で、あたしがナンバーワンになる)
シフォンの野心は果てがない。
こんな辺境の、第一層のエリア支配者程度で収まるつもりはなかった。
必ず最上層である第八層の指揮官まで上り詰める。
地位も、そして男も。
欲しいものは、すべて手に入れる──。
「さあ、とどめといこうか。エルシオンを粉々にした後で、操縦席から引きずり出して、あたしのペットにしてやるぜ、勇者さま。うふふふ」
シフォンは舌なめずりをして、タイタンを前進させた。
「まだだ──」
勇者の声が響いた。
エルシオンは突進を止めない。
これだけの性能差を見せつけられてなお、勝負を諦めていない。
勇者を名乗るだけの闘志だけは持ち合わせているようだ。
「だけど──気持ちだけじゃどうにもならないんだぜ、勝負ってやつは」
エルシオンが胸部のバルカンを発射する。
翼に仕込んだ予備の剣を投擲する。
貧弱な装備でできる精一杯の、涙ぐましい抵抗。
「無駄なあがきだ。苦し紛れにしか見えないんだよ!」
シフォンはタイタンを高速旋回させ、あっさりと避けてみせる。
受ければ、隙ができる。
それを狙ったのだろうが──。
タイタンのスピードの前では、受ける必要すらない。
「カカッ、無駄だって」
シフォンは鼻で笑い、両肩に装備された砲を撃った。
タイタンのエネルギー量を物語るような巨大な光弾が、二発、三発と放たれ、木々を焼き払う。山を吹き飛ばす。
一撃当てれば、こちらの勝ちだ。
装甲の薄いエルシオンなど、ひとたまりもないだろう。
「いくぜ、タイタン。あいつを叩き潰す」
圧倒的な火力で牽制したところで、フットレバーを踏みこんだ。
「ぐっ……ううっ」
タイタンを最高速まで加速させる。
全身を押し潰しそうなGが高まった。
大気を粉砕しながら一直線に進む、推進感覚。
第六世代の龍王機では決して味わえない、超最新鋭の第七世代機だからこそ実現できる加速力だった。
一瞬で追いつき、相手の間合いに侵入する。
「くらえ!」
エルシオンの頭上に斧を叩きつける。
が、相手もさるもの、急旋回で避けてみせた。
「カカッ、やるやるっ」
チョコマカと動き回るエルシオンを追うたびに、内部フレームが軋む。
さすがに超重量級を誇る機体だけあって、高速機動は負荷がかかる。
とはいえ、機体限界を迎える前にエルシオンを葬れば済むことだ。
「最高の機体だね、お前は。ああ、たまらない……」
下腹がぼうっと火照った。腰の奥が甘く蕩ける。
戦いの興奮は性的興奮によく似ている。
「ふうっ……ん、ああ」
シフォンは悩ましげな息を吐き出しつつ、フットペダルを踏みこんだ。
音速にも匹敵するスピードで、一瞬にしてエルシオンの背後まで回りこむ。
「これだけスピードで揺さぶっても、一瞬で追いつかれるのか」
勇者がうめいた。
「やっと悟ったかい? あたしに負ける要素はない」
力押しで来ようと、機動性でかき回そうと、いずれもタイタンはエルシオンのはるか上を行く。
勇者に打開策などない。あるはずがない。
「さあ、そろそろ終わりにしようか!」
とどめの一撃を加えようと、前方のエルシオンに近づいていく。
刹那──。
ばきん、と妙な音がして、タイタンの巨体がかしいだ。