6 VS重装巨人
エルシオンの操縦席で冥は小ぶりの剣を抜いた。
黄金の刀身に優美な翼を模した真紅の柄。
勇者の剣──。
異世界から召喚された勇者の証である剣だ。
そして、この剣はエルシオンやディーヴァといった勇者専用機の起動認証キーを兼ねていた。
「いくよ、エルシオン」
操縦シートの下部にある縦長のスリットに、剣を差しこむ。
刃が根元まで埋まると、操縦席全体が淡い光を発した。
まるで主である冥を歓迎するかのように。
グォォォォ……ン!
愛機が唸るような機動音を上げた。
『勇者の剣による認証を確認』
『コア魔導石と搭乗者の同調開始』
『同調率上昇中……64……72パーセント──基準値クリア』
『勇者専用機『九天守護神』を戦闘ステータスで起動』
周囲の風景が映し出された前方モニターに、次々と愛機のシステム起動を示す文面が並んでいく。
「今日も頼むよ、エルシオン。二人で──奴らを倒す」
そう、二人だ。
一人と一機ではなく、二人。
エルシオンは冥にとって、前の戦いをともに戦い抜いた相棒だった。
単なる機械ではないし、まして道具でもない。
信頼を寄せるパートナーである。
グォォォン、と冥の言葉に応えるように、愛機が震動した。
「それにしても……大きいな」
モニターに映る敵機を見据えて、うなる。
対峙すると、あらためて相手の機体の巨大さを感じる。
圧倒的な威圧感で押し潰されそうだ。
なにせエルシオンの頭の位置が、相手の胸くらいまでしかないのだから。
「おいおい、本当にエルシオンを出してきたのかよ。そんな旧型で本当にあたしと戦うつもりか? 勝負するのも馬鹿らしいぜ」
タイタンからシフォンの声が響く。
明らかにこちらを見下し、馬鹿にしたような口調。
「やってみなきゃ分かるもんか」
冥は言い返した。
「龍王機の戦いは、性能がすべてじゃない」
「カカッ」
シフォンが乾いた笑い声をあげる。
「ますます勇ましいじゃねーか。じゃあ、見せてやるぜ。気持ちなんかじゃ絶対に覆らない性能の違いってやつをな!」
斧を抜いたタイタンが斬りかかる。
「っ……!」
剣で受けた瞬間、機体に重い衝撃が走った。
エルシオンは呆気なく吹き飛ばされて、後退する。
「まさか!?」
機体の異変に気づき、冥は愕然と叫んだ。
両腕の関節部から火花が散っている。
モニターの下部にエルシオンの全体図が映り、その両腕部にはいくつもの赤い警告メッセージが示されていた。
「腕が壊れかけてる……」
たった一撃、打ち合っただけで。
「カカッ、パワーが違いすぎるのさ。そもそも動力部の構造がちがうからねぇ」
シフォンが勝ち誇る。
「第四世代のAK型機関と第七世代であるタイタンのVK型機関では、龍王機の動力になる搭乗者の魔力エネルギー変換効率が違う。そして何よりも」
タイタンは追撃の斧を振るった。
「生み出されるエネルギー量そのものも──桁が違うんだよっ」
凶悪な刃が孤を描き、周囲に突風が吹き荒れる。
超音速の斬撃によって生み出された衝撃波だ。
「くっ」
だが、冥もその動きをあらかじめ予測している。
龍心眼。
かつてロボット対戦格闘ゲームで全国を制し、幾多の猛者から畏怖された──卓越した先読み能力で。
かろうじて、タイタンの斧を避けた。
ごうんっ!
強大極まりないその一撃は、大地にクレーターを作り出す。
「なんてパワーだ……!」
冥は息を呑んだ。
まるで隕石でも落ちたように、地面が大きく陥没している。
事前に想定していた以上に、出力の差がありすぎる。接近戦では勝ち目がない。
「だけどその図体なら、パワーはすごくてもスピードは鈍いはず──」
冥はフットレバーを踏みこみ、機体を加速させた。
距離を詰めながら、タイタンの挙動を確認する。
(右足の踏みこみが深い──この音、逆側のスラスターの駆動音──フェイントを入れてくる──)
まるで盤面の次の一手を読む棋士のように──相手の動きを予測する。
限りなく百パーセントに近い精度で、正確に。確実に。
それはまさに『未来を視る』といってもいい確率だ。
「左だ!」
その予測通り左側から襲ってきたタイタンの攻撃をかいくぐった。
すかさず背部のバーニアを全開で噴射。
軽量のエルシオンならではの機動性で、巨体のタイタンを置き去りにして、背後へと回りこむ。
「終わりだ、シフォン!」
「カカッ」
冥の叫びと、シフォンの笑い声が重なった。
(──いや、違う)
ハッと気づく。自分のうかつさに。
あらかじめシエラから過去の戦いのことを聞いていたというのに。
いざ実戦になって、そこに思い至るのが遅れてしまった。
タイタンが優れているのはパワーだけではない。
火力も。
そして、スピードも──。
「この巨体だからスピードは遅い……とでも思ったか? 甘いんだよ、バーカ!」
シフォンが嘲笑した。
次の瞬間には、モニターいっぱいにタイタンの姿が映りこんでいた。
エルシオンの加速力をはるかに超える圧倒的なスピードで、一瞬にしてその場を離脱し、正面に回りこんだのだ。
無造作な前蹴りを受けて、軽量のエルシオンはまともに吹き飛ばされた。
森の木々をなぎ倒しながら何百メートルも地面を滑り、機体の全身から火花が散った。
「スピードでも勝てない……!?」
なんとかエルシオンを立ち上がらせ、冥はうめいた。
たとえエルシオンが背後に──相手にとっての絶対死角に回りこんだとしても、タイタンは持ち前のスピードだけですぐに離脱してしまう。
二体のスピード差を考えれば、タイタンにはエルシオンに対する死角など存在しない。
「確かに操縦のうまさは認めるぜ」
シフォンが笑う。
今度は嘲笑ではない、感嘆の、笑み。
「動きに無駄がない。スラスターを上手く使いこなして、出力の低さをカバーした機動を実現させている。さっきも蹴りを受けた瞬間に、わざと後ろに跳んで衝撃を最小限に殺していたな。並みの乗り手なら、今ので機体もパイロットも終わりだったぜ」
その分析は意外にも的確だった。
(単なる力任せの猪武者じゃない)
冥はあらためて肝に銘じた。
彼女は、クレバーな戦士だ。
「テメェは、その旧型の力を限界まで引き出している。だが、その限界よりも──タイタンはさらに、はるかに超えた動きができる。龍王機の戦いなんて、しょせんは性能で決まるんだよ」
淡々と言い放つシフォン。
(性能差があることは分かっていたけど)
冥は内心でうめいた。
シエラの話でも、それは理解していた。
今まで戦った強敵たち──模擬戦でのサラマンドラ戦、そして連合を急襲したセイレーン戦。
その猛者たちが霞んで見えるほどに──。
第七世代機は常識外れの性能だ、と。
(どうする……? どうやって、あの機体を攻略すればいい……?)
操縦レバーを握る手に、ぬるい汗がにじんだ。