5 深奥へ
待ち受けていたのは、巨大な龍王機だった。
『重装巨人』。
名前の通り、通常の龍王機の二倍以上もあるビッグサイズの機体。
両肩から突き出た砲や右手に構えた巨大な斧が、強烈な威圧感を与える。
まさしく完全武装の状態だ。
──森の深奥にある魔族の要塞まで、敵の攻撃はいっさいなかった。
シエラの話によると、前回攻めたときも同じだったという。
人間など自分の相手ではない、といわんばかりの無警戒、無防備。
裏を返せば、魔族はそれだけ己の力に絶対の自信を持っているのだろう。
己の力と、最新鋭機である第七世代の龍王機の力に──。
「待ちくたびれたぜ。テメェが勇者か」
その龍王機の肩には、一人の少女が乗っていた。
赤に近いオレンジ色の髪をショートヘアにしており、可愛らしい赤いドレスと同色の帽子がよく似合う。
このエリアを統括する魔族、シフォン・ディグラム。
周囲には護衛の兵士すらいない。
たった一人で──たった一機で、迎え撃つには十分と踏んでいるのか。
「話には聞いていたが、本当にそんな旧式で乗り込んでくるとはな。あたしも舐められたもんだ」
可憐な美少女然とした容姿のイメージを真っ向から裏切るように、シフォンの口調は乱暴で粗暴だ。
「よっ……と」
シフォンは小さな掛け声とともに、龍王機から飛び降りた。
二十メートル近くある地面まで一気に。
「なっ……!」
冥は思わず声を上げた。
いくら魔族が超絶身体能力を持っているとはいえ、ビルから飛び降りるようなものだ。
人間ならもちろん確実に墜落死である。
だが、シフォンは空中で笑みさえ浮かべていた。
空中でくるりと一回転。
両膝をクッションにして、惚れ惚れするほど見事に衝撃を殺して華麗に着地する。
前の大戦でも、ここまでメチャクチャな身体能力を持った魔族を見たことはない。
「へえ、間近で見ると、けっこう可愛い顔してるな」
シフォンは舌なめずりをしながら、近づいてきた。
「あたしの好みだぜ、勇者さま」
釣り目気味の瞳は爛々と輝き、物欲しそうだ。
欲情を露わにした視線が、冥の全身を這い回る。
「ううっ」
動けない。
まるで魅惑の魔法でも使われているように、全身が金縛りにあった。
「降参するならペットとして飼ってやってもいいが……どうする?」
美少女魔族は目の前までやって来ると、いきなり冥の手を取った。
そして、そのまま自分の胸元に引き寄せる。
「うわわっ!?」
指先に柔らかな弾力が触れていた。
むぎゅっ、むにぃっ。
シフォンのドレスは胸元が大きく開いた作りだ。
乳房は半ば以上剥き出しで、滑らかな盛り上がりに指や手のひらが何度も触れた。
「へえ、なかなか初心な反応するじゃねぇか」
シフォンがますます舌なめずりをする。
口の端から唾液がひと筋、糸を引いて流れた。
「女の胸に触るのは初めてか。好きにしていいんだぜ? 欲望のままに、たっぷり揉みしだけよ。ほら……ふふふ」
シフォンは冥の指先に自分の指を絡めるようにして、大きく開いた胸元をゆっくりと揉ませる。
そのたびに、指先や手のひらに魅惑的な弾力が伝わってきた。
「うわわわわわ……」
冥は驚きのあまり、なすがままだ。
「どうだ、体にはけっこう自信あるんだぜ、あたし」
「あ……えっと」
抵抗しようにもシフォンの腕力にはとても敵わない。
「なぁ、人間の勇者なんてやめちまえよ。さっきも言ったが、あたしのペットにならないか? 可愛がってやるぜ?」
(こ、こっちの世界にも肉食系女子っているんだな)
女性慣れしていない冥はゾクリと背が粟立った。
「一目見て、気に入っちまったんだ。な、いいだろ……?」
耳元まで顔を寄せて、妖しく囁く。
「な、な、なんという破廉恥なことをするのですかっ」
背後からユナの鋭い声が上がった。
振り向けば、潔癖な美少女姫は顔を真っ赤にしていた。
「そうだよ、えっちなことしちゃダメっ」
さらにシエラも怒りの声を上げる。
「そういうのは恋人同士ですることなんだよっ」
「へえ、恋人同士ねぇ……?」
シフォンは意味ありげにシエラを見ると、いきなり冥に顔を近づけてきた。
艶めかしい赤い唇が冥の唇に迫る──。
「だ、だめーっ!」
猛スピードで突進してきたシエラが冥とシフォンの間に割って入った。
「ちっ、不意打ちで唇を奪えそうだったのに……」
シフォンがわずかに顔をしかめる。
「いいところで邪魔しやがって」
「ゆ、勇者さまはお前なんかとちゅーしないんだからっ」
(どうしよう……割って入れない)
冥を巡って争う、三人の美少女──。
なのだが、当の冥は完全に置いてけぼりだった。
「もしかして、勇者に惚れてんのか?」
シフォンがにやりと笑う。
「それでさっきから怒ってるわけだ」
「なっ……あ、あたしは……その……」
「シエラ、敵のペースに巻き込まれないでください」
真っ赤になったシエラをユナがたしなめる。
「ふん、破廉恥だのなんだのって、これだから箱入りのお姫さまと男に縁がなさそうな処女騎士は……」
シフォンが馬鹿にしたようにユナとシエラにあごをしゃくった。
「は、箱入りだからどうだというのですっ!」
「し、処女だからって何が悪いのっ?」
ユナとシエラがムッとした顔で言い返す。
女同士の戦い、勃発だった。
「だってテメェら、男の悦ばせ方も満足に知らないだろ? そんなんで惚れた男を繋ぎ止められるのかよ?」
「よ、悦ばせ方っ……」
「な、なんだかエロスな単語っ……」
オトナな雰囲気を醸し出すシフォンに、ユナもシエラも押されていた。
「今はね、女からでも気に入った男にグイグイとアプローチする時代なんだよ。あたしは欲しい男がいれば、たとえ腕ずくでも手に入れる」
「い、いいえ、女性はもっと淑やかにあるべきですわ!」
キッとした顔で言い返すユナ。
「そして、健気にあるべきです。あなたのようにグイグイ押すばかりでは、殿方は引いてしまいます」
「そ、そうだよ。現に勇者さま、ドン引きだし」
シエラが加勢する。
「むっ」
シフォンの顔がこわばった。
「マジ? 引いた? 今のあたしのアプローチ?」
ばつが悪そうな顔。
相手が魔族とはいえ、不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。
「引いたっていうか、ちょっとがっつきすぎっていうか……」
「あたしは気に入った男がいたら一直線なだけだ! しょうがねーだろ!」
「っていうか、なんか、話がズレていってない……?」
魔族の要塞の攻略戦だよね、今って。
冥は内心でツッコんだ。
「まあ、無理やりってのも嫌いじゃないけどな」
シフォンが軽く笑った。
「決めた。テメェをねじ伏せた後でじっくりとあたし好みに調教してやるよ、勇者さま」
その笑みがふいに消える。
「ここから先は力ずくでいくぜ。お互いに龍王機で、な」
言うなり、シフォンは背を向けた。
地面を蹴って龍王機の膝まで跳ぶ。
そこを踏み台にしてさらにジャンプし、腰部を、腹部を蹴りながら、胸のコクピットまであっという間に跳び上がった。
先ほど二十メートルの高さから飛び降りたときもそうだが、さすがは魔族というべきか。
ここまで来ると、呆れんばかりの身体能力だ。
「こっちも行くよ、エルシオン」
冥も背後に控える愛機に向き直る。
決戦が──始まった。