4 勇者さま、モテモテのひととき
(なんだか嵐みたいな女の子だったな)
去っていくルイーズの後ろ姿を、冥は苦笑混じりに見つめていた。
「気を遣わせちゃったみたいで、ごめんね」
シエラが謝る。
「慕われてるんだね、シエラって」
「ルイーズは王立アカデミーにいたころからの付き合いだから」
えへへ、と笑うシエラ。
「そういえば、あのころから彼女はシエラにべったりでしたね」
ユナが遠い目をした。
「『シエラ先輩が一番強いんだからね』が口癖でしたわ」
「あー……なんか目に浮かぶ」
「根はいい子なんだよ。ちょっと思いこみが激しいところはあるけど」
シエラがフォローした。
「話が脱線しちゃったから説明に戻るね。とにかく敵機の性能は圧倒的、っていうことだよ。この間、勇者さまが戦ったセイレーン以上にね」
「あれより、さらに高性能なのか……」
セイレーンとの戦いを思い出す。
あのときも敵機と自機の動きの違いに、かなり苦労させられた。
相手の動きを先読みし、どうにか性能の差を埋めて勝利したが──。
紙一重の戦いといってよかった。
「シフォンの機体は最新鋭の第七世代機だからね。やっぱりモノが違うの。まして勇者さまの機体は、さらに旧型の第四世代機だから──」
「その性能差を埋めなきゃいけないってことだよね」
考えただけでも、ため息しか出てこない。
「常識で考えれば勝ち目なんてないよ。誰が乗ろうと第四世代機と第七世代機の戦いでは、ね」
と、シエラ。
「でもね、勇者さまなら──もしかしたら、何とかなるかもしれない」
身を乗り出した。
「勇者さまはその性能差を跳ね返すだけの『力』を秘めている、って思うの。この間のセイレーンとの戦いを見ていて、そう思った。あたしたちにはない──勇者さまにだけ備わった力」
「ち、ちょっと褒めすぎじゃないかな」
「そんなことないよっ」
目をキラキラとさせてこちらを見つめるシエラ。
すぐ間近に、明るく可愛らしい美少女の顔があった。
甘い息遣いを感じてドキンとなる。
「わわっ」
「近づきすぎですわよ」
ユナが間に割って入った。
冥とシエラの肩にそれぞれ手を置き、二人を引き離す。
「だいたいシエラは無防備すぎます。今のは顔を近づけすぎです。もし勇者さまが突然発情して、唇でも奪われたらどうする気ですか」
「えっ、ゆ、勇者さま……あたしのファーストキスを……う、奪うつもりっ……?」
シエラが驚いたように叫んだ。
顔を赤らめてチラチラとこちらを見ている
「そ、そんなことしないよ!?」
冥は慌てて首を振った。
(シ、シエラとキスって)
快活で、ちょっと天然で、そしてとびっきりの美少女である彼女が、自分と唇を重ねている──。
そんな姿を想像してしまい、頬にカーッと血が上った。
「ゆ・う・しゃ・さ・ま……!」
「ほ、本当だよっ、本当だってば!」
頭に浮かんだ妄想を慌てて振り払った。
ユナがふんを鼻を鳴らす。
「どうだか。先代の勇者さまも女性にだらしなかったですし、あなたも同じ──」
「先代の……」
抗弁しながら、三年前の記憶が脳裏によみがえる。
『勇者さま、私だけを見て……』
『ねーねー、ゆーしゃさま~。もっとひっついていい~?』
『お前ら離れろよ。勇者さまはあたしのモノで、あたしは勇者さまのモノなんだからな』
『みなさん、横取りしないでいただけますか。勇者さまは、わたくしと将来を誓った──』
四人の少女騎士たちが冥に迫り、まとわりついてくる。
熾烈を極める恋のバトル。
修羅場じみた冥争奪戦。
中には問答無用で抱きついて来たり、押し倒してキスを迫られたり──。
だらしないと言われても、あまり反論できないかもしれない。
「い、いやいやいや」
脳内の記憶を霧散させるように、慌てて首を振る冥。
「でもでも、僕は、ちゃんと節度を持ってたしっ」
色々と迫られたり、際どいことはあったが、いまだにキスも未経験なわけだし。
「? 私は先代の勇者さまの話をしたのですが」
怪訝な顔をするユナ。
「あ……」
墓穴を掘りそうになり、冥は口をつぐんだ。
「でも、勇者さまが相手なら……」
シエラがぽつりとつぶやいた。
「シエラ?」
ユナがじろりと彼女をにらむ。
「えっ、あ、ち、違うよっ!? それは戦いのときは凛としてるし、でも普段はけっこう可愛いし、あ、でもでも、だから意識してるとかそういうことはあったりなかったり」
シエラはますます顔を真っ赤にした。
完全にしどろもどろだ。
「戦いでは一騎当千のあなたも、恋愛方面はまるで初心ですね」
はあ、とため息をつくユナ。
「だ、だから違うってば、もう……だいたい恋愛に初心っていうなら、姫さまこそ」
「私は恋など捨てた女です。世界を救う使命が、私のすべて」
「でも先代の勇者さまが忘れられないんでしょ。姫さまの初恋の──」
「怒りますよ」
ユナの表情が険しくなる。
「あ……ごめん」
シエラが素直に謝った。
(初恋……か)
あらためて思い出す。
幼女だったユナが、自分に寄せていた熱い眼差しを。
自分がその先代勇者だと知ったら、彼女はどんな反応を返すだろう。
驚き? 怒り? 憎しみ?
それとも──。
(いや、今は正体を明かすときじゃない)
冥は自分自身に言い聞かせる。
そんなことをしてもよけいな混乱を招くだけだ。
「とにかく、今度こそ攻略戦を成功させなければなりません」
弛緩した空気を引き締めるように、ユナが凛と告げる。
「性能の差は歴然ですが……やってくれますか、勇者さま」
「約束したからね。勇者として戦うって」
冥はうなずいた。
「大丈夫、勝ってくるよ」
先の大戦でもずっとそうだった。
無敵にして無敗、無双。
その勇者伝説を、もう一度ここから始めるのだ。