3 苦闘のシエラ
巨大な斧がモニターいっぱいに映る。
衝撃波をまき散らし、大気を爆砕しながら、サラマンドラに迫った。
「くうっ……」
それを避けられたのは、シエラの反射神経と操縦技術、そして加速性に特化した愛機の性能があってこそだ。
這いつくばるようにして、斧の一撃をかいくぐる。
ガギィッ、と嫌な震動がコクピットに響いた。
巨大な刃に左肩の装甲を半ば斬り飛ばされる。
「ちっ」
シエラは、操縦席の床を踏み抜く勢いでフットペダルを踏みこんだ。
体の各部に設置されたバーニアをすべて前方に向かって噴射。
その勢いで後退し、どうにか敵機との距離を取る。
「へえ、今のを避けるかよ」
タイタンから魔族の楽しげな声が響いた。
いや、実際に楽しんでいるのだろう。
敵の声からにじむのは、嗜虐的な愉悦と興奮だ。
「なんてスピードなの」
シエラは息を呑んだ。
(次は、避けられるかどうか)
無意識に体を前傾させる。
サラマンドラのコクピットは、馬の鞍のような形をしたシートに操縦者が跨る独特のスタイルだ。
同じ年ごろの少女と比べても豊かな胸の膨らみが、ダイナミックに揺れた。
両手に握るレバーにありったけの魔力を送りこむ。
オォォォォォォンッ!
シエラの闘志に応えるように、サラマンドラの心臓ともいえる動力部が咆哮に似た唸りを上げた。
シンクロ率が上がっているのだ。
──龍王機の操縦には、重要なものが三つある。
一つは操縦技術。
一つは魔力の高さ。
そして、最後の一つがシンクロ率。
龍王機の動力部に使われている魔導石は、搭乗者の魔力に同調して起動する。
このシンクロというのは、魔導科学でも完全には解明されていない何らかの相性によって起こり得る、とされていた。
いくら魔力が高くても、必ずシンクロするとは限らない。
そしてシンクロ率が低ければ、龍王機の動きは著しく鈍る。あるいは起動自体ができない。
シエラよりもはるかに高い魔力を持ちながら、ユナが龍王機を操縦できないのは、このシンクロ率が低いせいだ。
(もっと……もっと、サラマンドラと一体化するんだ)
シエラは、イメージする。
魔力とはイメージの力だ。
だから──心に象る。
相手の機体よりも速く動くサラマンドラを。
(極限まで速さを引き出せ。機関部の鼓動を聞け。フレームの軋みを感じ取れ。サラマンドラと身も心も一つに)
イメージする。今まで以上に。
強く。
強く──。
スラスターを一気に噴射した。
「ぐ……うううっ」
爆発的な加速に伴うGがシエラの全身を襲う。
骨がバラバラになるほど軋む。
それでもなおフットペダルを踏みこみ、さらに加速。
まさしく弾丸となって、サラマンドラは敵機に突進した。
「このスピードなら……どうだ!」
「いいぜ。そうこなくっちゃな」
タイタンが地面を蹴る。
「えっ……!?」
その巨体がブレた。
姿がブレて見えるほどの、超高速機動──。
「まだ速くなるっていうの!?」
「終わりだ!」
側面に回りこんだタイタンが斧を叩きつける。
「まだっ……」
ほとんど勘だけで、シエラはサラマンドラを横に跳ばせた。
胸部を大きく裂かれながらも、かろうじて致命傷だけは避ける。
そこへ敵機から追撃の砲が放たれた。
「くうっ」
槍を跳ね上げるようにして魔力弾を弾き返す。
「よく防いだ! 獣かよ、テメェの反射神経──」
「そっちこそ。ただ力任せなだけじゃないね。ちゃんとコンビネーションを考えて攻撃してくる」
互いに賞賛を送る魔族の戦士と人間の戦士。
(手ごわい──やるか、あれを)
シエラは表情を引き締めた。
烈炎槍破。
シエラとサラマンドラの最大必殺技。
相手はまぎれもない強敵だ。
だがシエラの超絶槍技なら、避ける間もなく──相手が反応する間もなく斬り伏せられるかもしれない。
「うう……」
ふいに、苦鳴が聞こえた。
七機のエッジからだ。
先ほどタイタンに吹き飛ばされた際に、操縦者たちが負傷したらしい。
戦いを長引かせるわけにはいかなかった。
(戦うか、退くか。どうすれば──)
シエラの頬をぬるい汗がつたう。
※ ※ ※
「あたしは撤退を選んだの。完敗だった」
シエラがため息混じりに話を終えた。
「シエラが負けた相手……」
冥は呆然とつぶやく。
彼女の実力は模擬戦のときに感じ取っていた。
最新鋭のディーヴァを操り、冥が勝ったものの、けっして彼女は弱くない。
以前の大戦で戦ったどの魔族よりも強かった。
あるいは先の魔王と同等か、それ以上の──。
そのシエラが、負けた。
「それは違います! 先輩はまだ負けていません!」
兵士の一人が声を上げた。
まだ年若い少女だ。
お下げにした黒髪にそばかすの浮いたあどけない顔。
おそらく冥よりも一つ二つ年下──現世で言えば中学生くらいの年齢だろう。
「ルイーズ、あたしは別に……」
「まだ勝負はついていませんでした。だけどシエラ先輩は、私たちが敵の攻撃で負傷したのを案じて、撤退を選んだんです。己の誇りを捨てて」
ルイーズと呼ばれた少女が必死に言い募る。
「私のせいです! 私が足を引っ張ったから!」
垂れ目がちの瞳には悔し涙がにじんでいた。
シエラがゆっくりと首を振る。
「負けは負けだよ。あのまま続けていても、あたしはタイタンに勝てなかったと思う」
「いいえ、先輩こそが最強の乗り手です。魔族にだって、勇者さまにだって劣りません!」
どうやらシエラをかなり慕っているようだ。
「あはは、ルイーズは王立アカデミーの後輩で、そのころから仲良かったんだ。いつもあたしを気遣ってくれるの」
シエラはにっこりと彼女の頭を撫でた。
「ありがと、ルイーズ」
「先輩……」
瞳をウルウルとさせてシエラを見つめるルイーズ。
なんというか、運動部でエースを務める先輩に憧れる後輩の少女といった趣きだ。
「お話の腰を折ってしまい、すみませんでした」
ルイーズが頭を下げて、背を向ける。
「あ、えっと……ルイーズ」
冥がその背に声をかけた。
「はい、勇者さま」
「僕もシエラと模擬戦をしたから知っているよ。彼女は強いって」
「ですよねっ。ほら、見てください先輩。勇者さまも、先輩が最強だって認めてくれましたよ?」
振り返ったルイーズが我が意を得たりとばかりに笑う。
「いや、勇者さまはあたしが最強だなんて言ってないような」
「では、私は任務に戻ります。失礼しましたっ」
元気よく叫び、今度こそ少女兵士は去っていった。