14(最終話) 終わらない冒険へ
冥は目の前の、巨大な黒い龍王機を見据えていた。
「ユナ、シエラを魔法で運んで」
敵から視線を外さず、かたわらの少女に告げる。
「ちょっと狭いけど、三人でエルシオンの中に入ろう」
「分かりました。シエラ、行きましょう」
ユナが短い呪文を唱えると、シエラの体がふわりと浮きあがった。
運搬用の呪文だろう。
「いくぞ」
シエラを運ぶユナとともに、冥は走り出す。
背を向けて、全力で。
「逃がすか!」
背後からコキュートスⅡが砲撃してきた。
周囲が爆破され、地面が激しく揺れる。
──このままやられてたまるか。
冥はぎりっと奥歯を噛みしめた。
集中する。
敵機の駆動音を、足音を、エネルギーの収束音を。
大気の揺らぎを、熱の高まりを。
龍心眼。
未来予知にも匹敵する、冥の先読み能力。
周囲の状況のすべてを感じ取り、その情報を頭の中で組み上げ、冥は予測の精度を高めていく。
どこまでも鋭く、どこまでも研ぎ澄ませて──。
「ユナ、二秒後に右へ飛んで。砲撃が来る」
「は、はいっ」
言葉通り、二秒後に砲撃が放たれた。
タイミングを合わせ、直前に冥たちはその着弾点から逃れる。
衝撃波に吹き飛ばされそうになりながらも、冥たちは走った。
一直線にエルシオンへと向かう。
間一髪──。
敵が追撃を放つ前に、なんとかコクピットに入ることができた。
「ユナ、シエラと一緒に後ろへ。僕が戦う」
「冥……」
「大丈夫。コキュートスⅡを壊して、コーデリアもミレーヌもイレーヌも全員助けるよ。それからヴァルザーガを今度こそ倒す。ユナはシエラを見ていて」
「……分かりました。ご武運を」
言って、ユナが身を乗り出した。
「ん……」
二人の唇が重なる。
「シエラも」
ユナが促した。
「冥を勇気づけてあげてください」
「勇者……さま……」
ふらつきながら上体を起こすシエラ。
冥は彼女に顔を近づけ、そっとキスをした。
唇が、熱い。
大切な二人の少女からの口づけで、力がみなぎるようだ。
「ありがとう」
冥はユナとシエラに微笑み、シートに座り直した。
「勝ってくるよ、二人とも」
告げて、エルシオンを前進させる。
ばちっ、ばちっ、と機体から火花が散った。
先ほどの戦いで、エルシオンは左腕を切断され、両翼も失っている。
地面に落ちたままの剣を右手で拾い、構えた。
「ふん、龍王機に乗ったところで勝ち目などない」
ヴァルザーガが哄笑した。
「機体は旧式の上に、先ほどの戦いで傷を負っておる。貴様とて同様だ。対して、こちらは最強の機体。そして乗り手もクレスティアの英雄たちだ」
うおおおん、とコキュートスⅡが不気味な駆動音を鳴らした。
「万全ならともかく、消耗した貴様が英雄三人を相手に勝てると思うか?」
確かに、不利な条件はそろっている。
冥はごくりと喉を鳴らした。
背後で、ユナとシエラが固唾を飲んでいるのが分かる。
「──絶対に、勝つから」
冥は背中で告げる。
「勝って、平和を取り戻して、みんなで笑顔で──この戦いの結末を迎えたいんだ」
「冥……」
「勇者さま……」
ユナとシエラの声が震えていた。
「私は信じています、あなたを」
「あたしも。勝ってね、勇者さま」
「ああ、これで最後だ──いくぞ、エルシオン」
ヴン、と愛機のカメラアイが輝く。
フットペダルを踏みこみ、エルシオンを突進させた。
ばちっ、ばちっ、と機体からさらに火花が散る。
ダメージは思った以上に大きいようだ。
それでも、冥が最後に命運を託せるのは、やはりこの機体しかない。
たとえ、性能では他の機体に劣っていても、長い戦いをずっと一緒に潜り抜けてきた愛機──そして戦友。
「力を、貸してくれ」
エルシオンに告げる。
──速攻で、決める。
相手の動きを予測し、フェイントをかけながら、敵機との距離を詰めていく。
勝機があるとすれば、一つだけ。
試せるのは、おそらく一度だけ。
だから──冥は初撃に賭けるつもりだった。
そこを外せば、魔王の勝ち。
そこを決めれば、僕の勝ち。
「勝負──」
壊れかけた背部バーニアを噴射し、エルシオンを一気に加速させた。
「消耗した貴様らに勝ち目はない! 今度こそ──勝つのはこの魔王ヴァルザーガだ!」
黒いオーラに包まれたコキュートスⅡから魔王の哄笑が響く。
同時に、無数の砲撃が放たれた。
「逃げ場はないぞ!」
叫ぶ魔王。
だが、冥には見えていた。
前後左右から迫る砲撃群。
「逃げ場なら、ある」
そこに一本だけ回避可能なルートがある。
前もって相手の攻撃を先読みし、どこに着弾するのか、すべての軌道を把握できるからこそ、冥には見える。
「三人とも、あいかわらずだね。いい腕だ。だから──」
つぶやき、スラスターの推力を調整する。
エルシオンを二歩、横に移動。
フットペダルを踏みこむ。
三秒後、斜め前へ前進。
翼上のバインダーを開いて減速。
そこから、いったんバックステップ。
そして、ふたたび突進。
傷ついた機体からは信じられないほどの、流れるような機動。
すべての砲撃をやり過ごしたエルシオンが、コキュートスⅡに肉薄する。
「何っ!? あれをすべて避けただと……!」
「コキュートスⅡの操縦者はコーデリアやミレーヌ、イレーヌ──僕の仲間たちだ」
冥が静かに告げる。
「彼女たちを操り人形として選んだのがお前の敗因だよ、ヴァルザーガ」
「ほざけ、勝つのは余だ!」
振り下ろされる巨大な剣。
──視える。
斬撃の軌道も、タイミングも、強さも、スピードも。
それを正面から受ける愚は選ばず、冥は剣でいなした。
狙いを外された敵機の剣が地面に突き刺さる。
カウンター気味にエルシオンが剣を突き出す。
ざしゅっ……!
コキュートスⅡの頭部が、宙を舞った。
「馬鹿な……これほど、簡単に……」
「言ったろ。コキュートスⅡの操縦者は僕の仲間たちだって」
エルシオンが返す刀でコキュートスⅡの四肢を切断する。
「一緒に戦ってきた、大切な仲間だ。だから普通の敵が相手よりも、ずっと読みやすい」
凛と告げる冥。
「それだけの時間を一緒に過ごしてきたから。密度も、長さも、そして想いの強さも」
彼女たちも、冥の大切な仲間なのだから──。
「勇者……さま……」
コーデリアたちの声が重なる。
負の執念に捕らわれていたという、彼女たち。
自分の声は、そんな彼女たちにどの程度届いただろうか。
冥は小さく息をつく。
捕らわれていたものから、簡単に解放されることはないかもしれない。
だけど、その一歩くらいは刻めたかもしれない。
「おの……れ……」
ダメージを受けたからなのか、コキュートスⅡの中から黒いモヤが……ヴァルザーガの残滓が抜け出す。
「最後だ、ヴァルザーガ!」
エルシオンの斬撃が、そのモヤを断ち切った。
絶叫とともに、魔王ヴァルザーガは消滅した──。
※
魔王に操られていたコーデリアたち三人は、ユナの力で解き放たれた。
その前に、冥との戦いを通じて、多少なりとも心が解放され始めていたのかもしれない。
とはいえ、魔王に与したことは事実だ。
三人はその償いをする、と冥たちの前から去っていった。
「いつか、もう一度会いに来るね。償いをすませたら」
「あたしも……」
「私もです」
短く、それだけを言い残して。
そして──クレスティアは解放された。
魔王城は消滅し、残った魔族たちはエルナやマリーベルなどの幹部クラスに率いられ、魔界へと逃げ帰っていった。
※
「僕の戦いは終わったんだ……」
冥は静かにため息をついた。
ここは第八層の中央部。
魔王城の跡地に建つ、壮麗な宮殿のバルコニーだ。
魔法王国である第八層の象徴ともいえる場所だった。
ユナはその王女として、クレスティアを治めることになるのだろう。
「王女じゃなくて、これからは女王かな?」
「そうですね。まだまだ忙しい時間が続きそうです」
かたわらで微笑むユナ。
「あたしも手伝えることがあれば、なんでもするね。ユナちゃ……じゃなかった、女王さま」
「今は『ユナちゃん』でいいですよ、シエラ」
ユナがにこやかに言った。
「あなたにも色々としてほしいことがあります。クレスティアの守りの要として」
「えへへ、がんばる」
グッと拳を握るシエラ。
「そして、冥にも。この世界を二度も救った勇者さま──」
ユナが冥を見つめる。
「お礼の言葉しかありません。望むものがあれば、なんでも言ってください」
「僕はこれからもユナやシエラと一緒にいたい」
告げて、小さく息をもらす。
「でも元の世界のこともあるし……」
そう、冥にとっての故郷だ。
前回の戦いでは、魔王を倒した直後、元の世界に戻されてしまった。
冥の意志とは無関係に。
そのせいで、ユナたちにお別れの言葉を言うことすらできなかった。
「私も、これでお別れなんて絶対に嫌です」
ユナが冥に抱きついた。
「ずっとそばにいたいです」
「あたしも……勇者さまがいなきゃ、いや」
シエラが反対側から抱きつく。
二人を抱きしめ、冥は願った。
ずっと一緒にいられますように、と。
──次の瞬間、目の前には見慣れた町の景色が広がっていた。
「えっ……!?」
突然のことに驚いて周囲を見回す。
何が起きたのか、分からなかった。
何が起きたのか、脳が理解を拒んでいた。
またか。
またなのか──。
ここは、日本のとある都市。
冥が住んでいる場所だ。
「あ……ああ……」
冥は夢遊病者のようにふらふらと歩き出した。
頭の中が真っ白だ。
家に帰る気力も湧かない。
数時間ほどさ迷い、やがて夜になった。
ひと気のない公園にたどり着いたところで、ぷつっと糸が切れたように、その場に崩れ落ちる。
「結局、前回と同じだ……」
また戻ってしまった。
離れたくなかったのに。
もっと、みんなと一緒にいたかったのに。
「なんで……また……」
嫌だ。
胸が苦しい。
吐きそうだ。
寂しさと、苦しさで。
絶望と虚無感で。
ユナに会いたい。
シエラに会いたい。
みんなに会いたい。
クレスティアでもっと過ごしたい。
──そう悲観することもないんじゃない?
からかうような声が聞こえた。
「えっ……?」
驚いて振り返ると、そこには黒い鎧を着た冥が立っていた。
「お前、なんで……?」
「僕はもう君の中にいる。君の一部に戻ったらしい」
と、黒い冥。
「覚えてるかな? 僕の力で、君はクレスティアからこの世界までやって来たことがある」
そう、第一層で突然、ここへ──星天世界へ飛ばされたときのことだ。
「その力は、今は君の中に宿ってるんだよ、冥」
「えっ……?」
まさか、と思った。
「ま、これからの君の行く道に幸あることを祈っておくよ。僕はもう君の中で眠る。過去のことは忘れて、ね。じゃあ、おやすみ」
黒い冥は微笑み、消え去った。
「冥!」
「勇者さま!」
そして、二人の少女が目の前に現れる。
「あ……ああ……」
自然と涙があふれ出た。
夢じゃない。
確かな、現実。
ユナとシエラが、冥の前にいる。
これが、黒い冥が言っていた力なのか。
冥が呼び寄せたのか、それとも彼女たちが何かの方法でやって来たのか。
今はどうでもいい。
ただ、二人に再会できたことが嬉しい。
「また……会えた」
彼女たちも異口同音につぶやき、涙を流した。
だが、二人はすぐに涙をぬぐい、告げる。
「感動の再会と行きたいところですが──そうもいきません」
「そうそう、大変なんだよ、勇者さま!」
二人は冥を見つめた。
「えっ?」
「実は、また魔界から魔王が現れたんです。冥がいなくなってから半日もしないうちに──」
と、ユナ。
……いや、魔王って。
僕はさっきクレスティアから戻って来たばかりなんだけど?
頭の片隅で、そんなことを冷静に考える。
そして、すぐに間違いに気づいた。
この世界とクレスティアでは時間の流れが違う。
冥が日本で三年を過ごしている間に、クレスティアでは十年の歳月が流れていた。
だとすれば、冥がさ迷っていた数時間も、向こうでは半日前後ということか。
「新魔王ヴォルザーガ──かつての魔王ヴァルザーガの弟のようです」
説明するユナ。
それって、まさか。
冥は息を飲んだ。
もしかして二人がやって来た理由って──。
「だから、また一緒に戦ってほしいの。勇者さまさえ、よければ」
シエラが手を差し出す。
「本当に……?」
こくん、とうなずくユナとシエラ。
じゃあ、またクレスティアに行けるんだ。
また、ユナやシエラたちと一緒に──。
「お願いです、冥……どうか、私たちの世界を救うのに力を貸してください」
ユナも手を差し出した。
答えは、言うまでもなかった。
喜びが、心の底から湧きあがる。
冥は二人の少女の手を取り、力強くうなずく。
「行こう、クレスティアに」
冒険は、終わらない──。
【完】
これにて本作は完結となります。
途中、何度か中断などがありましたが、どうにか最後まで書き切ることができました。
終盤はちょっと駆け足気味ですが……(汗
読んで下さった方、本当にありがとうございました。
また、なろうやノクタなどの別作品、あるいは商業での別作品でお会いできましたら幸いです。
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