表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/117

14(最終話) 終わらない冒険へ

 冥は目の前の、巨大な黒い龍王機を見据えていた。


「ユナ、シエラを魔法で運んで」


 敵から視線を外さず、かたわらの少女に告げる。


「ちょっと狭いけど、三人でエルシオンの中に入ろう」

「分かりました。シエラ、行きましょう」


 ユナが短い呪文を唱えると、シエラの体がふわりと浮きあがった。

 運搬用の呪文だろう。


「いくぞ」


 シエラを運ぶユナとともに、冥は走り出す。

 背を向けて、全力で。


「逃がすか!」


 背後からコキュートスⅡが砲撃してきた。

 周囲が爆破され、地面が激しく揺れる。


 ──このままやられてたまるか。


 冥はぎりっと奥歯を噛みしめた。


 集中する。

 敵機の駆動音を、足音を、エネルギーの収束音を。

 大気の揺らぎを、熱の高まりを。


 龍心眼。

 未来予知にも匹敵する、冥の先読み能力。


 周囲の状況のすべてを感じ取り、その情報を頭の中で組み上げ、冥は予測の精度を高めていく。

 どこまでも鋭く、どこまでも研ぎ澄ませて──。


「ユナ、二秒後に右へ飛んで。砲撃が来る」

「は、はいっ」


 言葉通り、二秒後に砲撃が放たれた。

 タイミングを合わせ、直前に冥たちはその着弾点から逃れる。


 衝撃波に吹き飛ばされそうになりながらも、冥たちは走った。

 一直線にエルシオンへと向かう。


 間一髪──。

 敵が追撃を放つ前に、なんとかコクピットに入ることができた。


「ユナ、シエラと一緒に後ろへ。僕が戦う」

「冥……」

「大丈夫。コキュートスⅡを壊して、コーデリアもミレーヌもイレーヌも全員助けるよ。それからヴァルザーガを今度こそ倒す。ユナはシエラを見ていて」

「……分かりました。ご武運を」


 言って、ユナが身を乗り出した。


「ん……」


 二人の唇が重なる。


「シエラも」


 ユナが促した。


「冥を勇気づけてあげてください」

「勇者……さま……」


 ふらつきながら上体を起こすシエラ。

 冥は彼女に顔を近づけ、そっとキスをした。


 唇が、熱い。

 大切な二人の少女からの口づけで、力がみなぎるようだ。


「ありがとう」


 冥はユナとシエラに微笑み、シートに座り直した。


「勝ってくるよ、二人とも」


 告げて、エルシオンを前進させる。

 ばちっ、ばちっ、と機体から火花が散った。


 先ほどの戦いで、エルシオンは左腕を切断され、両翼も失っている。

 地面に落ちたままの剣を右手で拾い、構えた。


「ふん、龍王機に乗ったところで勝ち目などない」


 ヴァルザーガが哄笑した。


「機体は旧式の上に、先ほどの戦いで傷を負っておる。貴様とて同様だ。対して、こちらは最強の機体。そして乗り手もクレスティアの英雄たちだ」


 うおおおん、とコキュートスⅡが不気味な駆動音を鳴らした。


「万全ならともかく、消耗した貴様が英雄三人を相手に勝てると思うか?」


 確かに、不利な条件はそろっている。


 冥はごくりと喉を鳴らした。

 背後で、ユナとシエラが固唾を飲んでいるのが分かる。


「──絶対に、勝つから」


 冥は背中で告げる。


「勝って、平和を取り戻して、みんなで笑顔で──この戦いの結末を迎えたいんだ」


「冥……」

「勇者さま……」


 ユナとシエラの声が震えていた。


「私は信じています、あなたを」

「あたしも。勝ってね、勇者さま」


「ああ、これで最後だ──いくぞ、エルシオン」


 ヴン、と愛機のカメラアイが輝く。


 フットペダルを踏みこみ、エルシオンを突進させた。

 ばちっ、ばちっ、と機体からさらに火花が散る。

 ダメージは思った以上に大きいようだ。


 それでも、冥が最後に命運を託せるのは、やはりこの機体しかない。

 たとえ、性能では他の機体に劣っていても、長い戦いをずっと一緒に潜り抜けてきた愛機──そして戦友。


「力を、貸してくれ」


 エルシオンに告げる。


 ──速攻で、決める。

 相手の動きを予測し、フェイントをかけながら、敵機との距離を詰めていく。


 勝機があるとすれば、一つだけ。

 試せるのは、おそらく一度だけ。


 だから──冥は初撃に賭けるつもりだった。


 そこを外せば、魔王の勝ち。

 そこを決めれば、僕の勝ち。


「勝負──」


 壊れかけた背部バーニアを噴射し、エルシオンを一気に加速させた。


「消耗した貴様らに勝ち目はない! 今度こそ──勝つのはこの魔王ヴァルザーガだ!」


 黒いオーラに包まれたコキュートスⅡから魔王の哄笑が響く。

 同時に、無数の砲撃が放たれた。


「逃げ場はないぞ!」


 叫ぶ魔王。


 だが、冥には見えていた。

 前後左右から迫る砲撃群。


「逃げ場なら、ある」


 そこに一本だけ回避可能なルートがある。

 前もって相手の攻撃を先読みし、どこに着弾するのか、すべての軌道を把握できるからこそ、冥には見える。


「三人とも、あいかわらずだね。いい腕だ。だから──」


 つぶやき、スラスターの推力を調整する。

 エルシオンを二歩、横に移動。


 フットペダルを踏みこむ。

 三秒後、斜め前へ前進。


 翼上のバインダーを開いて減速。

 そこから、いったんバックステップ。


 そして、ふたたび突進。


 傷ついた機体からは信じられないほどの、流れるような機動。

 すべての砲撃をやり過ごしたエルシオンが、コキュートスⅡに肉薄する。


「何っ!? あれをすべて避けただと……!」

「コキュートスⅡの操縦者はコーデリアやミレーヌ、イレーヌ──僕の仲間たちだ」


 冥が静かに告げる。


「彼女たちを操り人形として選んだのがお前の敗因だよ、ヴァルザーガ」

「ほざけ、勝つのは余だ!」


 振り下ろされる巨大な剣。


 ──視える。


 斬撃の軌道も、タイミングも、強さも、スピードも。


 それを正面から受ける愚は選ばず、冥は剣でいなした。


 狙いを外された敵機の剣が地面に突き刺さる。

 カウンター気味にエルシオンが剣を突き出す。




 ざしゅっ……!




 コキュートスⅡの頭部が、宙を舞った。


「馬鹿な……これほど、簡単に……」

「言ったろ。コキュートスⅡの操縦者は僕の仲間たちだって」


 エルシオンが返す刀でコキュートスⅡの四肢を切断する。


「一緒に戦ってきた、大切な仲間だ。だから普通の敵が相手よりも、ずっと読みやすい」


 凛と告げる冥。


「それだけの時間を一緒に過ごしてきたから。密度も、長さも、そして想いの強さも」


 彼女たちも、冥の大切な仲間なのだから──。


「勇者……さま……」


 コーデリアたちの声が重なる。


 負の執念に捕らわれていたという、彼女たち。

 自分の声は、そんな彼女たちにどの程度届いただろうか。


 冥は小さく息をつく。


 捕らわれていたものから、簡単に解放されることはないかもしれない。

 だけど、その一歩くらいは刻めたかもしれない。


「おの……れ……」


 ダメージを受けたからなのか、コキュートスⅡの中から黒いモヤが……ヴァルザーガの残滓が抜け出す。


「最後だ、ヴァルザーガ!」


 エルシオンの斬撃が、そのモヤを断ち切った。


 絶叫とともに、魔王ヴァルザーガは消滅した──。


    ※


 魔王に操られていたコーデリアたち三人は、ユナの力で解き放たれた。

 その前に、冥との戦いを通じて、多少なりとも心が解放され始めていたのかもしれない。


 とはいえ、魔王に与したことは事実だ。

 三人はその償いをする、と冥たちの前から去っていった。


「いつか、もう一度会いに来るね。償いをすませたら」

「あたしも……」

「私もです」


 短く、それだけを言い残して。


 そして──クレスティアは解放された。

 魔王城は消滅し、残った魔族たちはエルナやマリーベルなどの幹部クラスに率いられ、魔界へと逃げ帰っていった。


    ※


「僕の戦いは終わったんだ……」


 冥は静かにため息をついた。


 ここは第八層の中央部。

 魔王城の跡地に建つ、壮麗な宮殿のバルコニーだ。


 魔法王国である第八層の象徴ともいえる場所だった。

 ユナはその王女として、クレスティアを治めることになるのだろう。


「王女じゃなくて、これからは女王かな?」

「そうですね。まだまだ忙しい時間が続きそうです」


 かたわらで微笑むユナ。


「あたしも手伝えることがあれば、なんでもするね。ユナちゃ……じゃなかった、女王さま」

「今は『ユナちゃん』でいいですよ、シエラ」


 ユナがにこやかに言った。


「あなたにも色々としてほしいことがあります。クレスティアの守りの要として」

「えへへ、がんばる」


 グッと拳を握るシエラ。


「そして、冥にも。この世界を二度も救った勇者さま──」


 ユナが冥を見つめる。


「お礼の言葉しかありません。望むものがあれば、なんでも言ってください」

「僕はこれからもユナやシエラと一緒にいたい」


 告げて、小さく息をもらす。


「でも元の世界のこともあるし……」


 そう、冥にとっての故郷だ。

 前回の戦いでは、魔王を倒した直後、元の世界に戻されてしまった。


 冥の意志とは無関係に。


 そのせいで、ユナたちにお別れの言葉を言うことすらできなかった。


「私も、これでお別れなんて絶対に嫌です」


 ユナが冥に抱きついた。


「ずっとそばにいたいです」

「あたしも……勇者さまがいなきゃ、いや」


 シエラが反対側から抱きつく。

 二人を抱きしめ、冥は願った。


 ずっと一緒にいられますように、と。




 ──次の瞬間、目の前には見慣れた町の景色が広がっていた。




「えっ……!?」


 突然のことに驚いて周囲を見回す。


 何が起きたのか、分からなかった。

 何が起きたのか、脳が理解を拒んでいた。


 またか。

 またなのか──。


 ここは、日本のとある都市。

 冥が住んでいる場所だ。


「あ……ああ……」


 冥は夢遊病者のようにふらふらと歩き出した。


 頭の中が真っ白だ。

 家に帰る気力も湧かない。


 数時間ほどさ迷い、やがて夜になった。

 ひと気のない公園にたどり着いたところで、ぷつっと糸が切れたように、その場に崩れ落ちる。


「結局、前回と同じだ……」


 また戻ってしまった。


 離れたくなかったのに。

 もっと、みんなと一緒にいたかったのに。


「なんで……また……」


 嫌だ。


 胸が苦しい。

 吐きそうだ。

 寂しさと、苦しさで。

 絶望と虚無感で。


 ユナに会いたい。

 シエラに会いたい。

 みんなに会いたい。

 クレスティアでもっと過ごしたい。




 ──そう悲観することもないんじゃない?




 からかうような声が聞こえた。


「えっ……?」


 驚いて振り返ると、そこには黒い鎧を着た冥が立っていた。


「お前、なんで……?」

「僕はもう君の中にいる。君の一部に戻ったらしい」


 と、黒い冥。


「覚えてるかな? 僕の力で、君はクレスティアからこの世界までやって来たことがある」


 そう、第一層で突然、ここへ──星天世界へ飛ばされたときのことだ。


「その力は、今は君の中に宿ってるんだよ、冥」

「えっ……?」


 まさか、と思った。


「ま、これからの君の行く道に幸あることを祈っておくよ。僕はもう君の中で眠る。過去のことは忘れて、ね。じゃあ、おやすみ」


 黒い冥は微笑み、消え去った。




「冥!」

「勇者さま!」




 そして、二人の少女が目の前に現れる。


「あ……ああ……」


 自然と涙があふれ出た。


 夢じゃない。

 確かな、現実。


 ユナとシエラが、冥の前にいる。


 これが、黒い冥が言っていた力なのか。

 冥が呼び寄せたのか、それとも彼女たちが何かの方法でやって来たのか。

 今はどうでもいい。


 ただ、二人に再会できたことが嬉しい。


「また……会えた」


 彼女たちも異口同音につぶやき、涙を流した。

 だが、二人はすぐに涙をぬぐい、告げる。


「感動の再会と行きたいところですが──そうもいきません」

「そうそう、大変なんだよ、勇者さま!」


 二人は冥を見つめた。


「えっ?」

「実は、また魔界から魔王が現れたんです。冥がいなくなってから半日もしないうちに──」


 と、ユナ。


 ……いや、魔王って。

 僕はさっきクレスティアから戻って来たばかりなんだけど?

 頭の片隅で、そんなことを冷静に考える。


 そして、すぐに間違いに気づいた。

 この世界とクレスティアでは時間の流れが違う。

 冥が日本で三年を過ごしている間に、クレスティアでは十年の歳月が流れていた。

 だとすれば、冥がさ迷っていた数時間も、向こうでは半日前後ということか。


「新魔王ヴォルザーガ──かつての魔王ヴァルザーガの弟のようです」


 説明するユナ。


 それって、まさか。

 冥は息を飲んだ。


 もしかして二人がやって来た理由って──。


「だから、また一緒に戦ってほしいの。勇者さまさえ、よければ」


 シエラが手を差し出す。


「本当に……?」


 こくん、とうなずくユナとシエラ。


 じゃあ、またクレスティアに行けるんだ。

 また、ユナやシエラたちと一緒に──。


「お願いです、冥……どうか、私たちの世界を救うのに力を貸してください」


 ユナも手を差し出した。


 答えは、言うまでもなかった。

 喜びが、心の底から湧きあがる。


 冥は二人の少女の手を取り、力強くうなずく。


「行こう、クレスティアに」


 冒険は、終わらない──。



                【完】

これにて本作は完結となります。

途中、何度か中断などがありましたが、どうにか最後まで書き切ることができました。

終盤はちょっと駆け足気味ですが……(汗

読んで下さった方、本当にありがとうございました。

また、なろうやノクタなどの別作品、あるいは商業での別作品でお会いできましたら幸いです。


【読んでくださった方へのお願い】

ページ下部にある『ポイントを入れて作者を応援しましょう!』のところにある☆☆☆☆☆をポチっと押すことで★★★★★になり評価されます。

「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ぜひポチポチっとしていただけましたら励みになります!


「面白くなかった!」ときは(ごめんなさい……)★1でも結構ですので、ポチっとしていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋人を寝取られ、勇者パーティから追放されたけど、EXスキル【固定ダメージ】に目覚めて無敵の存在に。さあ、復讐を始めよう。
Mノベルス様から書籍版1巻が10月30日発売されます! 画像クリックで公式ページに飛びます
et8aiqi0itmpfugg4fvggwzr5p9_wek_f5_m8_5dti

あらすじ

クロムは勇者パーティの一員として、仲間たちともに魔王軍と戦っている。
だが恋人のイリーナは勇者ユーノと通じており、クロムを勇者強化のための生け贄に捧げる。
魔力を奪われ、パーティから追放されるクロム。瀕死の状態で魔物に囲まれ、絶体絶命──。
そのとき、クロムの中で『闇』が目覚める。それは絶望の中で手にした無敵のスキルだった。
さあ、この力で復讐を始めよう──。


   ※   ※   ※

【朗報】駄女神のうっかりミスで全ステータスMAXになったので、これからの人生が究極イージーモードな件【勝ち組】
(新作です。こちらもよろしくお願いいたします)


あらすじ

冒険者ギルドの職員として平凡な生活を送っている青年、クレイヴ。
ある日、女神フィーラと出会った彼は、以前におこなった善行のご褒美として、ステータスをちょっぴり上げてもらう。
──はずだったのだが、駄女神のうっかりミスで、クレイヴはあらゆるステータスが最高レベルに生まれ変わる。
おかげで、クレイヴの人生は究極勝ち組モードに突入する!
大金ゲットにハーレム構築、さらに最高レベルの魔法やスキルで快適スローライフを実現させていく──。



小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ