13 降臨
魔王──黒い冥は、冥の想いがクレスティアに流れこみ、実体化した存在だった。
彼は冥の望みを叶えるため、自ら魔王となった。
魔王が現れれば、それを討つ勇者──すなわち冥がふたたび召喚されると踏んだからだ。
もちろん、冥以外の者が召喚される可能性もあったが、彼には可能性に賭けることしかできなかった。
やがて目論見通りに冥が召喚される。
三年ぶりの──この世界にとっては十年ぶりの、勇者召喚。
冥の魔王討伐二周目が始まった。
そんな中、黒い冥の中に変化が起きた。
自分こそが本物だという思い。
本物になりたいという願い。
最初は衝動に過ぎなかったそれは、いつしか確固たる信念となり、すべてを懸けて叶えるべき執念となった。
そして今、彼の執念はあっけなく終わりを迎えた。
上空からの、突然の砲撃によって──。
彼の存在は、霧散した。
※
冥の目の前で、黒い冥が倒れ、無数の光の粒子となって消滅する。
「今のは、一体──」
「ヴァルザーガ様を差し置いて『魔王』を名乗る不届き者は成敗したわ」
上空から声が響いた。
「この声──コーデリア!?」
驚いて視線を上げる。
そこには巨大な龍王機の姿があった。
かつての魔王ヴァルザーガの乗機──堕天の魔導王によく似たデザイン。
全身を黒いオーラに包んだ、禍々しい龍王機だ。
「ひさしぶりね、冥くん。この『コキュートスⅡ』の力で、冥くんを乗っ取ろうとした愚か者は始末したわよ」
コーデリアの笑い声。
「私の冥くんに成り代わろうとするなんて……許せない許せない許せない……ふふふふ、跡形もなく消してやって、さっぱりしたわ……あははははははは!」
冥に対する妄執にも似た恋心は、第二層で再会したときと変わっていないようだ。
さらに、
「後は勇者さまを手に入れるだけだね」
「やっと愛しい勇者さまが私たちのものに──」
続けて響いた声は、いずれも聞き覚えのあるものだった。
「まさか──」
忘れるはずがない。
コーデリアと同じく四英雄の少女たち。
双子の女戦士ミレーヌと女僧侶のイレーヌの声だ。
「二人とも、どうして……」
コーデリアも含め、三人とも様子がおかしいのは明らかだった。
突然の事態に混乱しながら、冥は必死で思考を整理する。
なぜ黒い冥を撃ったのか。
なぜ今、このタイミングで現れたのか。
なぜ、前の魔王ヴァルザーガの乗機によく似た機体に乗っているのか。
そして、彼女たちの目的はなんなのか。
おそらく、彼女たちの背後にいる者は──。
「その前に、一緒にいる邪魔な女を殺すね。ユナ殿下──いえ、ユナ。冥くんにまとわりつく、この泥棒猫めっ!」
コーデリアの怒声とともに、コキュートスⅡが降下してくる。
嫌な予感が走り抜けた。
「離れよう、ユナ!」
「は、はい」
両足を失ったディーヴァの中にいたら狙い撃ちにされる。
冥はユナの手を引き、急いでコクピットから降りた。
直後、閃光がまたたく。
コキュートスⅡの放った砲撃が、ディーヴァの全身を貫いた。
頭部が、両腕部が、四枚の翼が。
次々に吹き飛び、爆散するディーヴァ。
「これで、あなたたちはもう戦えない」
冥とユナの前に、黒い龍王機が降り立った。
コクピットハッチが開き、三人の少女が顔を出す。
おそらく複数で操縦するタイプの龍王機なのだろう。
三人分のシートに、それぞれが座っていた。
中央にはゴスロリドレスの美少女──コーデリアが。
左右には、赤い髪をショートヘアにした女戦士ミレーヌと、青い髪を長く伸ばした女僧侶イレーヌが。
彼女たちは、いずれも全身に黒いオーラをまとっていた。
「ようやく──このときが来た」
三人の少女が異口同音に告げる。
禍々しい雰囲気を備えた声は、彼女たちのものではない。
「まさか、お前は──」
体が震える。
馬鹿な、と思った。
だが、これこそ忘れようのない声だ。
かつて二度に渡って、冥と激闘を繰り広げた──魔王の声。
「また会えたな、勇者よ。そうだ、こやつらは余が操っておる。この魔王ヴァルザーガが!」
響いた声は、コキュートスⅡから発せられていた。
正確には、その機体を包む黒いオーラから。
「十年前にクレスティアで、そして今回は星天世界で、勇者に二度も討たれるという屈辱を味わわされた」
第一層を進む途中、冥は星天世界──つまり現実世界に戻されたことがあった。
そこを襲っていたのが魔王ヴァルザーガだ。
黒い冥の力で再生された、ということだったが、最終的には冥がこれを打ち倒した。
「生きていたのか……」
「余は不滅なり」
ヴァルザーガが厳かに告げる。
「星天世界でかろうじて存在の一欠片だけが消滅せずに済んだ。そしてクレスティアに戻り、機会を待っていた。憎き勇者の貴様と、我を消滅させたもう一人の貴様に復讐するために」
「復讐……」
冥は三人の少女を見据える。
いずれもその瞳は焦点を失い、明らかに己の意志を失っている様子だ。
「勇者に想いを寄せる三人の少女を利用することにした。いずれも貴様への恋心とやらに捕らわれ、嫉妬心から堕血懸けていた。それを利用させたもらった」
「嫉妬心……?」
「人の心はもろい。誰かを大切に想う心は、他者への嫉妬へと容易に堕する」
「好きな人がいるなら、嫉妬はつきものでしょう」
ユナが告げた。
「私だって、冥に恋しています」
「ユナ……」
「だ、だから、他の女性に嫉妬することだってあります。それは決して堕落などではありません」
「人の心の機微など知らぬ。興味もない」
断ずるヴァルザーガ。
「だが、この少女たちは負の心を抱えていた。勇者への執着ゆえであろう。嫉妬、独占欲、他の女への敵意……そんな負の心を」
コーデリアたち三人から、ひときわ強いオーラが立ち上った。
ぎらついた目は冥ではなく、ユナを見ている。
ユナに、嫉妬しているのか。
あるいは敵意を向けているのか。
「負の心に付け入り、この少女たちを操ることに成功した。そして余の手足として動かした。肉体を失った余の代わりに最強の龍王機を与えてな」
それがコキュートスⅡというわけか。
冥は事態を理解する。
「もう一人の貴様は先ほど消滅させた。後は貴様だけだ、勇者よ」
ヴァルザーガが憎々しげにうなった。
「貴様を倒し、余はふたたび魔王として君臨するとしよう」
「──魔王討伐、三周目か」
冥はつぶやいた。
「冥……」
不安げなユナがぎゅっと彼の袖をつかむ。
その手に自分の手を重ね、冥はうなずいた。
いや、三周目じゃない。
これで最後の周回だ。
「終わらせよう。魔王との戦いの、すべてを」
次話で最終回です。





