7 竜ヶ崎冥の真実
「終わりだ、エルナ・シファー」
冥は静かに言い放った。
先ほどの斬撃で、アプサラスの四肢は切断されている。
残った胴体部に剣の切っ先を突きつけた。
勝負あり、だ。
「ふうっ……」
深々と息をつく。
全身の力が一気に抜けるような感覚があった。
すさまじい疲労感で視界がぼやける。
無我の境地ともいうべき『覇王の領域』に入った状態で、限界まで──いや、限界を超えて龍心眼を使ったのだ。
思った以上に消耗していた。
(そうしなければ、僕は負けていた)
間違いなく、冥が今まで戦ってきた中で最強クラスの相手だった。
第三層で戦った難敵アッシュヴァルトと同等か、もしかしたらそれ以上──。
守勢に回っていれば、確実にやられていただろう。
そうなる前に、相手の戦法を見極められたからこその勝利だった。
「ボクの負けだね。認めるよ」
アプサラスからエルナの声がする。
妙に爽やかな、晴れ晴れとした口調。
全力を出しきったゆえの、満足感のようなものがにじみ出ていた。
「いい勝負だったね」
「……ああ」
冥も、そう思う。
短い立ち合いの中で、濃縮された時間。
死力を尽くしてその時間を共有したからこそ、冥も同じ満足感を味わっていた。
──やはり君こそが最強だね、竜ヶ崎冥。
すぐ側でささやく声がした。
「っ……!?」
驚いて周囲を見回す。
エルシオンの狭いコクピット内には誰もいなかった。
「ここだよ、冥」
また声がする。
だが、その主はどこにも見当たらない──。
「……まさか」
冥はハッと気づいた。
見当たらないのも当然だ。
先ほどからの『声』は自分の内側から響いてくるのだから。
「僕は君だ。君は僕だ。今こそ──僕の望みを果たすとき」
「ぐっ……ああああぁぁぁぁぁああああっ」
冥は苦鳴を上げた。
体中を黒い稲妻のようなものが覆う。
「さあ、決めようか。真の『竜ヶ崎冥』はどちらなのか」
「何を……言って……!?」
「君はなぜ、二度目の召喚をされたと思う?」
「なぜ、って新たな魔王が……現れたから……」
そう、その魔王とは冥の中から響く『声』の主だ。
だが、何か違和感があった。
何か、嫌な予感がした。
「君はかつてこの世界を救い、そして元の世界に帰還した。だけど君は満たされなかった。クレスティアでの冒険の日々と日本での平穏な日々──君が望んだのは前者だった」
声が、響く。
「君は退屈と虚無の中で過ごしていた。クレスティアへの想いが、渇望が、その心が──やがてここまで届いた」
声が、続ける。
「クレスティアとは想念が力を持つ世界。君の想いは強い力を伴って届き、蓄積し──やがて僕を作り出した」
声が、さらに続ける。
嫌だ。
冥はぎりっと奥歯を噛みしめた。
声が告げようとしている真実を、直感的に悟って。
だが、これ以上は聞きたくない、と叫ぼうとしても声が出なかった。
喉がカラカラに乾いて、わずかな呼気が漏れるのみ。
やめろ。
もう、これ以上は──。
「僕は君だ。だから、君の望みを叶えたかった」
やめるんだ!
冥は心の中で叫んだ。
「僕は魔王となり、クレスティアを侵略した。君と同じ力を持つ僕には、たやすいことだったよ。何せ無双の勇者だからね」
僕は、そんなことは望んでいない。
「だけど、戦いの中で嫉妬が湧きあがったんだ。僕は、自分の本当の気持ちに気づいた。影ではなく──君自身になりたい、と」
だが冥の悲痛な気持ちを煽るように、もう一人の冥は続ける。
「だから勝負しようと考えた。僕か、君か──本当の竜ヶ崎冥を決めよう、と。敗者はかつての勇者の仮面をかぶり、勝者は勇者となってそれを討つ」
高らかに、声が響く。
「勝負はフェアにいきたいからね。君の力が最高に達するまで、何人もの刺客を送った。再生させた先代魔王ヴァルザーガ。最強の機体に乗るアッシュヴァルト。そして魔界一の乗り手であるエルナ・シファー……」
謳うように告げる『魔王』。
「君はそのすべてを打ち破ったね。見事だよ。それでこそ、僕と戦う価値がある」
そして。
「さあ、今こそ──僕らの戦いを始めるときだ」
冥の意識は、闇に沈んだ。
※
「勝ったのですね、冥……!」
ユナは勝利を収めた勇者の龍王機に熱いまなざしを向けた。
とうとう敵軍最強の戦士を打ち倒したのだ。
残る敵は魔王のみ。
そして、これを討てばクレスティアに平和が戻る──。
「冥……?」
様子がおかしかった。
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ。
咆哮にも似た機関部の駆動音。
まるで魔物が吠えているかのような、不吉な音。
「冥……!?」
エルシオンが剣を振るう。
すでに動きを止めたアプサラスに向かって。
「一体、何を……!?」
ざぐっ、と音がして、アプサラスの胸部が切り裂かれた。
装甲が大きく裂け、その奥のコクピットが露出する。
操縦席にいるのは美貌の少女だった。
あれが魔族最強の乗り手だというのが意外なほど、清楚可憐な乙女。
そしてそんな彼女に、エルシオンの剣が向けられている──。
「意外と容赦がないんだね。ボクを殺すんだ、勇者さま」
少女は観念したように目を閉じた。
「いいよ。あなたに殺されるなら、ボクの戦士としての生もきれいに完結する……それもいいかもしれない」
「やめてください!」
ユナは思わず叫んでいた。
いくら敵とはいえ、すでに勝負はついたのだ。
追い打ちをかけたり、乗り手を殺そうとするなど、彼らしくない。
「やめて、だって? 随分と変わったね、ユナ」
エルシオンがこちらを向いた。
コクピットハッチが開く。
冥がこちらを見据えていた。
だが、何か様子がおかしい。
異様にぎらついた眼光。
身にまとう鎧が、なぜか漆黒に染まっていた。
禍々しい黒い鎧をまとった冥は、まるで別人のようだ。
「かつては僕に『魔族を殺せ』と言った君が」
その声は、ゾッとするほどの悪意に満ちていた。
いつもの冥とは、まるで違う。
だけど、やはり彼そのもの声。
「冥、どうしたのですか……?」
ユナは不穏な胸騒ぎにうめいた。





