表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

109/117

6 神域の心眼、超越の機動

 まもなく決着のときが訪れる──。


 エルナ・シファーはアプサラスのコクピットの中で、高揚感に包まれていた。


 魔界最強の乗り手である彼女には、長らく好敵手と呼べる存在がいなかった。

 唯一、自分に匹敵するレベルにいるのはアッシュヴァルトくらいだろう。


 だが、しょせん彼は味方である。

 何度か模擬戦をしたが、心の底から昂ぶることはなかった。


 自分を倒そうと──あるいは、殺そうとする『敵』とギリギリの命のやり取りがしたい。

 それがエルナの、武人としての願いだった。


 そして今、ついに現れた。


 彼女に匹敵する乗り手が。

 もしかしたら、彼女を打ち倒すかもしれない敵が。


「嬉しいよ、勇者さま」


 エルナは微笑んでいた。


 邪気はない。

 殺意もない。


 純粋な──一点の曇りもないまでに純粋化された、闘志。


「さあ、次で仕留めてあげるっ」


 喜色に満ちた声とともに、エルナはフットペダルを踏みこみ、アプサラスを前進させた。


 翼の形をしたバインダーを広げ、バーニアの出力を全開。

 アプサラスの推進力を最大にして突進する。


 ごうっ!


 一瞬で音速の壁を越え、衝撃波をまき散らしながら、黄金の機体が純白の機体に肉薄する。


「──虚空跳(ムーヴ)


 エルナは呪文を唱えた。

 超短距離を空間転移(ワープ)する魔法だ。


 覇王の領域(エンペラーギア)を使いこなし、機体性能を限界まで引き出すエルナの操縦技術。

 最強レベルのパワーとスピードを備えたアプサラスの動き。

 それに加えて、空間転移によって相手を幻惑し、予測不可能な機動を繰り出す──。


 これこそがエルナとアプサラスの真骨頂だった。


 その動きに反応できる者はいない。

 たとえ、超絶的な先読み能力を持つという勇者であっても、空間転移まで予測することはできまい。


 そう、今も。


 アプサラスはエルシオンの背後へと出現した。

 当然、相手は反応できていない。


「ボクの勝ちだね」


 斧槍を振りかぶり、敵機の頭部に振り下ろした。




 今度は、エルシオンの姿が消えた。




「えっ……!?」


 呆然とした時間は、一秒の何分の一かに満たない時間。

 次の瞬間、横手から痛撃を受けてアプサラスは大きく吹き飛ばされた。


「そんな……!?」


 エルナはモニターに映る白い騎士を見つめる。


「ありえない──」


 信じられない思いで、見つめる。


 混乱する頭の中を必死で整理した。


 自分が絶対の自信を持って放った攻撃は、エルシオンに回避され──。

 こちらの死角に回りこむことで、モニターから消えたように錯覚させた。

 すさまじいまでの高速機動(マニューバ)


 単なる機体性能によるものではない。

 そもそもエルシオンの性能など、最低レベルである。


「これが……勇者の力」


 エルナがうめいた。


 機体性能を限界まで引き出す操縦技術と、予知に等しい予測能力。

 さらにこちらが攻撃した直後の隙をつくことで、容易に死角に回りこんだ。


 今のやり取りは、完全に勇者がエルナを上回っていた。


 彼女はあらためてモニターを見つめ直す。

 エルシオンは左右の手に剣を構え、アプサラスを待ち受ける構えだ。

 攻めてこい、と挑発しているのか。


「ふふ、面白いね」


 エルナは笑った。


 誘いかもしれないし、罠かもしれない。

 だが、あえてそれに乗ることにした。


 魔界最強の乗り手、というプライドにかけて。

 負けっぱなしでは終われない。


「だから、ボクは──」


 フットペダルをふたたび踏みこむ。


 ごうううんっ!


 先ほど以上の速度でアプサラスが駆けた。


 覇王の領域で愛機の性能を限界まで引き出す。

 さらに空間転移を併用し、エルシオンの側面から不意をついて襲いかかる。


「これなら──っ!」


 裂帛の気合を込めて繰り出した斧槍は、しかし空を切った。


 さらに上段から、中段から、下段から。

 打ち下ろし、薙ぎ払い、突き上げ。


 嵐のような連撃に次ぐ連撃。


 そのすべてが──まるで当たらない。


 エルナとアプサラスの何もかもを予知されているようだ。

 彼女がどう動くのか、どこから攻撃するのか……そのすべてを前もって知っているかのようだ。


「まさか……単純な予測だけでなく、空間の揺らぎさえも読んでいる……!?」


 信じられないほどの精度で──もはや、神の領域とさえいえる予測で。

 エルナは戦慄した。


「くっ……まだだぁっ!」


 限界まで魔力を振り絞り、ピンポイントでの空間移動を連発する。


 大気が激しく揺らぎ、黄金の機体がエルシオンの死角から、あるいは不意をついて正面から、側面から、頭上から、足元から──あらゆる角度で打ちかかる。

 そのすべてが、易々と防がれた。


「仕組みさえ分かれば、見える──覇王の領域(エンペラーギア)龍心眼(ドラグーンアイ)を併用すれば」


 勇者の声は静かで、澄み切っていた。


「僕が見切るのは、単純な機動じゃない。乗り手の思考と感情。機体の能力と癖。そのすべては戦いを通じて伝わってくる」


 エルナは急加速でアプサラスを後退させた。

 次の瞬間には、背後にエルシオンが回りこんでいる。


 離脱して、今度は前進。

 やはり、結果は同じ。


 スピードでは圧倒的に勝っているはずのアプサラスが、旧式のエルシオンを振り払えない──。


「そして、唯一分からなかった仕組み──空間跳躍も種が割れた。データがそろった今、もう君の機動は僕には通用しない」


「くっ……!」


 エルナは空間転移を併用した機動で仕掛ける。

 だが、それも無駄だった。

 こちらが動くより早く、こちらが動く場所にエルシオンがいる。


「見えている。すべて」

「こ、このぉっ!」


 エルナの心に初めて焦りが生じた。


 反射的に突き出した斧槍は、エルシオンのカウンター斬撃で切り飛ばされてしまう。

 さらに返す刀で、胸部装甲を大きく切り裂かれた。


「きゃぁぁっ……」


 小爆発と火花を散らしながら吹き飛ばされるアプサラス。


「強い……」


 機体を必死で立て直しつつ、エルナはうめいた。


 これではどんなパワーもスピードも無意味だ。

 龍王機の性能でどれほど上回っていても、無意味だ。


 やられる──。


 ただ一方的に。

 魔界最強と称された自分が。


 これが、勇者の力──。


 アッシュヴァルトと戦ったときよりも、さらに成長している、ということか。

 エルナの予想すら超えて。


「これが、勇者の──いや、『人間』の成長速度……か……!」


 エルナは、生まれて初めて絶望した。


 生まれて初めて味わう、敗北感だった。

 しかしその敗北感は、どこか甘美な味がした。


「ああ……」


 うっとりとした心地で、彼女は喘いだ。

 いつしか心地よい快感が全身を満たしている。


「強いね、勇者さま……」


 微笑み、つぶやいた次の瞬間。


 エルシオンの左右の剣が閃き、アプサラスの四肢を断ち切っていた──。


    ※


「時は、来た」


 クレスティアの第八層、魔王城。

 玉座に腰を下ろしている魔王──竜ヶ崎冥そっくりの姿をした少年が微笑んだ。


「やっと僕の目的を果たせる」


 少年は玉座から立ち上がり、まっすぐに進んだ。


「行くか。彼に、会いに」


 目指す先は、勇者が戦っている場所──。


 第七層だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋人を寝取られ、勇者パーティから追放されたけど、EXスキル【固定ダメージ】に目覚めて無敵の存在に。さあ、復讐を始めよう。
Mノベルス様から書籍版1巻が10月30日発売されます! 画像クリックで公式ページに飛びます
et8aiqi0itmpfugg4fvggwzr5p9_wek_f5_m8_5dti

あらすじ

クロムは勇者パーティの一員として、仲間たちともに魔王軍と戦っている。
だが恋人のイリーナは勇者ユーノと通じており、クロムを勇者強化のための生け贄に捧げる。
魔力を奪われ、パーティから追放されるクロム。瀕死の状態で魔物に囲まれ、絶体絶命──。
そのとき、クロムの中で『闇』が目覚める。それは絶望の中で手にした無敵のスキルだった。
さあ、この力で復讐を始めよう──。


   ※   ※   ※

【朗報】駄女神のうっかりミスで全ステータスMAXになったので、これからの人生が究極イージーモードな件【勝ち組】
(新作です。こちらもよろしくお願いいたします)


あらすじ

冒険者ギルドの職員として平凡な生活を送っている青年、クレイヴ。
ある日、女神フィーラと出会った彼は、以前におこなった善行のご褒美として、ステータスをちょっぴり上げてもらう。
──はずだったのだが、駄女神のうっかりミスで、クレイヴはあらゆるステータスが最高レベルに生まれ変わる。
おかげで、クレイヴの人生は究極勝ち組モードに突入する!
大金ゲットにハーレム構築、さらに最高レベルの魔法やスキルで快適スローライフを実現させていく──。



小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ